第22話 それは忌むべき



「たた、大使様が全属性の精霊から聖愛を与えられ、精霊の姿を目視できることは、存じています」

「ええ、そのとおりです」

「わ、私も精霊を見ることができるんですが……こちらは、どのように見えていますか?」

「属性関係なく、精霊たちが魔法杖を取り囲むように飛び回っているようですね」

「や、やはり……!」


 モンドは肩を跳ねさせ、歓喜の声を滲ませた。

 そのままくるりと体を半回転させ、べニート国王のほうを見る。


「へ、陛下、間違いありません。わ、私のように元から精霊が見える者には、この現象が見えているようです」

「……そうであったか。同様の意見が二つあがるということは、間違いないのだな。統括長、疑ったことを詫びよう」

「い、いえ……滅相もございません」


 話が見えないディートヘルムは、ふたたび聖女の魔法杖を見つめた。


(モンド殿にも親交力が備わっているんだろうが、たしかにこの現象は不可解だな)


 そもそもの話、なぜ自分はこの魔法杖の近くに存在している精霊を可視できるのだろう。


 ディートヘルムが見える精霊の範囲は、人間と精霊の道筋で繋がる精霊たちだけだった。

 炎の精霊から聖愛を与えられたバーン然り、風の精霊から聖愛を与えられたモンド然り、見える精霊は人間との距離が近いものたちだけである。


 しかし、聖女の魔法杖を取り囲む精霊たちに道筋はない。

 だというのに、こんなにも多くの精霊が見えている。


「こ、こんなこと……はじめてなんです。な、なぜか数時間前に突然、聖女の魔法杖をたくさんの精霊がこうして囲み始めまして。じ、自分の目がおかしくなったのではと危惧しましたが……た、大使様にご意見を伺ってそうではないとわかりました」


 モンドもまた、大量の精霊が急に見えたことに不安を抱いていたようだ。

 親交力のある二人が同意見ということは、目の前に広がる光景は見間違いではなく起こっていることなのだろう。


「こちらに向かう最中、精霊の姿を目にすることはありませんでした。ということは、何らかの影響で聖女の魔法杖の周辺に存在する精霊だけが現時点で目視できるということなのでしょうか」

「そ、そうだと考えています。た、大使様をお呼びしたのは、一刻も早く確認をとりたかったからなのです。せ、精霊の姿が見える人は、そういませんので」


(まあ、たしかに。聖愛は与えられていたとしても、親交力があるかどうかは別だろうからな)


 ということは、ラクトリシア王国の魔法師団には、モンド以外に親交力のある人間がいないということだろうか。

 見たことがない異変が起こったからとはいえ、帝国大使のディートヘルムをここに呼ぶなど、得策とは思えない。

 たとえラクトリシア王国とゼナンクロム帝国が、条約により友好国の関係にあったとしても。


(それだけ焦りがあるということだろうが……聖女の魔法杖だから、余計なのか)


 ディートヘルムが目を凝らして見てみれば、聖女の魔法杖にある共鳴水晶に縦長の割れ目が入っていた。


「こちらの割れ目は、元からあったもので?」

「い、いえ、違います。十年前に一度、小さなヒビがついたくらいで。せ、精霊たちが囲みはじめてから、徐々に割れ目が大きくなっているみたいなのです」


 そう、モンドが答えた時。

 共鳴水晶の割れ目がピキピキと音をたてはじめる。


「へ、陛下! ま、また共鳴水晶がっ」

「なに、またなのか!?」


 モンドの慌てた声にべニート国王が台座に近寄った瞬間。

 パリンッ――と、悲痛な音が周囲に響き渡った。


「そ、そんな……」


 ディートヘルムの視線の先に見えたのは、石座を飾っていた共鳴水晶が真っ二つに砕け、片方がころんと台座の上で転がり動くさまだった。


「ま、まずい、まずい……聖女の魔法杖が。ど、どうしてこんなことに」


 モンドだけではなく、その場にいたディートヘルム以外の面々が信じられない光景に口をあけていた。


「失礼」


 皆が呆然としている隙に、ディートヘルムは魔法杖の石座に残っている半分の共鳴水晶を注意深く観察する。


(精霊たちが、執拗にこの部分を囲んでいる。それになんなんだ、この淀んだ色は……)


 ディートヘルムは共鳴水晶に中心部分に煤ばみを見つけるが、それがなんなのか答えにたどり着けない。

 魔法杖を生成する際に、魔力の加減や濃度で濁ることはある。これもその類のものなのだろうか。


「モンド殿。貴殿ならば、生成術の溶かしで修復が可能ではありませんか?」

「はっ! そ、そうですね! そうですよね、僕……いや私なら割れていたって直すことが……!」


 ある意味国の一大事にディートヘルムが発言するのはどうかと思ったが、モンドはすぐさま台座に駆け寄り両手を聖女の魔法杖に向けた。

 

「あ、あれ?」


 モンドが情けない声を出す。

 その原因がディートヘルムにはすぐわかった。


「どうしたのだ。聖女の魔法杖は、どうなっているのだ?」


 べニート国王は、モンドの肩に触れて尋ねる。

 モンドの眉尻は捨てられた子犬のように弱々しく垂れ下がり、さらによくない事態が起こっているのは明白だった。


「そ、それが……ま、まったく、びくともしなくて」

「……落ち着いて話せ。それはどういうことだ?」

「だ、団長……へ、変なんです。せ、生成術をかけようとした途端、精霊が一気に逃げてしまって。ま、魔法杖にも反応がなく」


 この状況を正確に理解できるのは、モンドとディートヘルムだけだろう。

 モンドの言ったとおり、彼が聖女の魔法杖に手をかざした瞬間、精霊は蜘蛛の子を散らすように消えてしまった。

 そしてモンドが手をおろすと、示し合わせたように集まり出している。


「では、統括長でも直せないということなのか……?」

「も、申し訳ございません、陛下!」

「謝ることはない。モンドがどうにもできないのなら、ほかの魔法杖職人にやらせたところで結果は同じはずだ」


 王太子はモンドに慰めの言葉をかけるが、だからといって事態が良くなることはない。


「なんということだ……なぜ魔法杖がこんなことに……」

「陛下、お気を確かに」


 べニート国王は顔に手を当て体をよろけさせた。

 それをヴァンベール公爵が、支えるように手を貸している。


「精霊たちの動きは、なにを意味しているものなのでしょう。モンド殿、どう思われますか?」

「う、動き、ですか?」


 ディートヘルムの問いかけに、モンドはさきほどの行動を繰り返しおこなってみた。


「……わ、私の生成術から、逃げているような。で、ですが……手を遠ざけると集まっている」

「生成術がびくともしないというのは、魔力そのものが魔法杖に干渉できないということですか。それとも、干渉はできるがそれでも反応していないのでしょうか」

「こ、後者だと、思います」

「となると……」


 べニート国王、ヴァンベール公爵、王太子は、親交力がないため精霊を確認できない。

 つまりいま物事の分析ができるのは、ディートヘルムとモンドだけである。

 厄介なことに巻き込まれたと思いながらも、ディートヘルムはできるだけ思考を深めた。


「……まさか、精霊の仕業ということは考えられないか?」


 ふと、王太子がおそるおそる口に出す。


「そ、そんな! で、殿下、精霊はとても優しい生き物なんです。わ、悪さをするなんて、そんなこと……」

「しかし、無いとも考えられないだろう? それ以外に原因が思いつかない」


 王太子の言葉に、モンドがぎゅっとくちびるを噛む。

 精霊が原因だとは、絶対に思いたくないのだろう。


「共鳴水晶の崩壊に精霊が関わっているかどうか、確実にないとは断言できません。ですが、その前に一つ気になったことがあります」

「そ、それはなんですか?」

「あくまでも憶測ですが……まず、生成術をおこなおうとして精霊がいなくなるというのは、モンド殿の魔力で、精霊が弾かれてしまっているからでは?」

「せ、精霊が、わ、私の魔力で弾かれている?」

「ええ。精霊の力とモンド殿の魔力が反発し合った結果、魔法杖はなんの反応も示さないのだとしたら……」


 そこで、ディートヘルムは聖女の魔法杖を一瞥する。


「……どうやら魔法杖に集まる精霊たちは、必死に魔法杖を支えているように見えます。そしてモンド殿が手をかざし精霊たちが一斉に離れたとき、魔法杖に残った共鳴水晶にふたたびヒビが入り始めていました」


 その動きが、ディートヘルムには精霊たちがまるで魔法杖を守っているように思えてならなかった。

 つまり、精霊たちが魔法杖を包み込むことで、崩れを遅らせているのではないか。

 モンドと同じように、ディートヘルムも精霊が悪さするとは微塵も考えていない。

 そのため精霊を庇護する偏った意見になっていることは、重々承知している。


「精霊たちがなにをしようとしているのか、それは私にもわかりませんが……精霊が魔法杖から離れた途端に、この淀んだ色も大きくなっているようなのです」


 ふたつに割れた共鳴水晶の中身を覗くと、先ほどよりも色の範囲が広がっていた。

 最初は顔を極限にまで近づけなければ見えなかったものが、たった数分でぱっと見ても色がわかってしまっている。

 聖女の魔法杖に異変が起こったことと関係があるか定かではないが、その色は妙に嫌な気配がした。


「淀んだ、色だと……?」


 するとヴァンベール公爵は、べニート国王のそばを離れ、耳を疑った様子で台座に近寄った。


「……! アーシアン、これを見ろ!」


 色を確認した途端、ヴァンベール公爵の目がカッと開かれ、同時に王太子の名を叫ぶ。

 呼ばれた王太子は台座に駆け寄ってすぐに、恐ろしいことを口にした。



「――なぜ、姉上の魔法杖に、穢れが?」


 膝から崩れ落ちそうな王太子のかすれた声は、いやに室内をこだました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る