第21話 聖女の魔法杖


 ***


 ディートヘルムは、歩みを進めながら昼間のことを思い出していた。


 シアと無事に再会を果たした彼は、経緯あって彼女の魔法杖を引き取ることになった。

 工房に案内されしばらく話していたが、昼の十二時の鐘が時間を告げる前に、シアはまた慌てて家に引き返していった。


 精霊の話に気を取られていたこともあり、魔法杖の譲渡に関する話し合いはあまり進められずに終わってしまった。


 また後日、会う約束を取りつけられたはいいものの、ディートヘルムはシアに対して違和感を覚えていた。


(素材店の店主も言っていたな。彼女ほどの実力ならば、魔法師団本部で魔法杖職人の試験を受けることもできると)


 実のところ、ディートヘルムもそう思っていた。

 なんらかの理由があってこれまで独学を続け、試験を受けなかったのだとしても、いまの彼女の実力ならば確実に中級以上……つまりは上級と判断されるだろう。


 しかし、シアは試験を躊躇していた。

 おそらく受ける気もないのだと、彼女の声色からして伝わってきた。


(……なぜだろう。魔法杖に対して、あれほど深い情を注いでいた。それどころか自分が生成した魔法杖をはじめて使われ、あれだけ嬉しそうにしていたにも関わらず)


 決して見えることのないシアの顔を思い浮かべてみる。

 ローブに取りつけられた深い被り物のせいで、一度たりともシアの顔を拝めたことはない。

 覗こうとすれば避けられるので、本人も見られたくないのだろう。

 ごく稀に覗き見えたとしても、それは鼻先程度で、しかも仮面のようなものが取り付けられていた。


 ディートヘルムの知人にも、凝った造りの仮面を収集するもの好きがいる。

 シアが知人と同類かはわからないが、被り物に仮面と徹底されては、ディートヘルムも諦めるほかなかった。


 これまでディートヘルムは、自分の役目を果たすために多くの人々と関わってきた。

 けれどシアのような女性に出会ったことはない。ふとしたときに影を見せ、なにかの拍子に消えてしまいそうな、そんな儚さが垣間見える人だった。


(どちらにせよ、これで決まりだ。あの四季テゾンの木の工房にいたシアさんは――)


 四季の木。主な生息域は、ゼナンクロム帝国にそびえ立つ山脈の頂上。

 それは誰かが人為的に植えなければ、このラクトリシアの大地で育つことのない樹木だった。


(……切り替えろ。焦らずとも彼女とはまた明日に会えるんだ)


 ディートヘルムは一つまばたきを落として、この状況を冷静に捉える。


 シアと工房の前で別れヴァンベール公爵邸に戻った彼は、休む暇もなく国王に呼び出されていた。

 何事かと思い当たる節を考えながら遣いの人間に連れてこられたのは、魔法師団本部である。


 さきほどからディートヘルムは、ラクトリシア魔法師団本部の廊下を足早に移動していた。

 四つの棟から成り立つ魔法師団の本部。そしていまディートヘルムがいる場所は、本部第四棟の魔法杖職人の職場兼宿舎だった。


 彼の前を歩くのは、先日の晩餐以来となっていた王太子の姿がある。

 王太子の血相を変えた様子を一目見れば、ただ事ではない事態が起こっているというのは察しがつく。

 長く続く廊下は薄暗く、荘厳たる空気に包まれ、人の気配は一切ない。

 おそらくは特定の者だけが立ち入ることを許される場所なのだろう。


「こちらだ」


 王太子によって案内されたのは、第四棟の最奥の間だった。

 人の二倍はある大きな扉には、ラクトリシア王家の紋章が描かれている。

 そして王太子が扉に触れれば、紋章に光が走りゆっくりと押し開かれた。


「おお、大使殿。御足労いただき感謝する」

「……国王陛下に、拝謁いたします」

「どうか楽にして欲しい。貴殿には、一つ頼みがあってこの場に呼び立てたのだ」

「それは一体どのようなことでしょうか」


 礼を解いたディートヘルムの目に飛び込んできたのは、べニート国王並びにヴァンベール公爵の姿だった。

 そのすぐ近くには、いかにも気弱そうな若葉の髪の丸眼鏡の男が立っている。

 魔法師団所属の魔法師や治癒師が支給されるマントを着用するように、魔法杖職人も魔法杖の生成に適した制服が支給されていた。

 丸眼鏡の男が袖を通しているのは、まさに魔法師団に所属する魔法杖職人の制服である。

 だが、ほかの者とはあきらかな違いがあった。

 丸眼鏡の男の左胸には、権威を示す金色のバッジが輝いていたのだ。


(……彼が魔法師団にいる魔法杖職人の統括長か)


 考えていれば、丸眼鏡の男はディートヘルムの前に出てくる。

 そして目の前にしたとき、ディートヘルムは気がついた。

 男の近くに風の精霊がいることに。

 それも聖愛を与えられているのか、精霊の道筋でしっかり繋がっているようだ。

 

「はは、はじめまして、アステレード大使様。わ、私はモンド・ウィンタークと申します。まま、魔法師団本部にて第四棟の統括長を任されております」

「お会いできて光栄です、モンド殿」

 

 ディートヘルムの予想どおり、男は統括長だった。


(風の侯爵家がウィンタークだったな。モンド殿は、その血縁だろう)


 べニート国王、ヴァンベール公爵、王太子、そして統括長のモンド。

 この中ではもっとも若輩者に位置づけられるディートヘルム。

 いよいよ彼は、ここに呼ばれた理由が掴めなかった。


「へ、陛下より、私から話を進めるようにといわれております。ま、まずは、こちらをご覧いただきたいのですが」

「……?」


 モンドが指し示したところには、四本の柱礎によって立てられた台座があった。


 光魔法による照明で点々と光が帯びる台座の上には、一本の魔法杖が横にされ置かれている。

 全体が白金色で統一された魔法杖は、優に100センチを超えているだろう。


 丁寧な細工はすべて聖銀という素材で作られているのか、練り込まれた光沢は照明に反射して美しい。

 上部にある石座には、丸型の大きく透明な共鳴水晶が配置されていた。


(共鳴水晶……力を反響させ効果を増大させるものだったか。聖女の魔法杖にも使われていたっていうのは、有名な話だったな)


 つづいてディートヘルムは石座の側面に注目する。翼を生やしたような装飾が左右に伸びており、滲みでる気品のなかにある力強さがひしひしと感じられた。


「もしや、こちらの魔法杖は……」

「せ、先代聖女様がお使いになられた、聖女の魔法杖です」


 モンドの声が耳からすり抜けそうになる。

 共鳴水晶や全体の作りでまさかとは思ったが、本当に実物だったのは驚きだ。


(ラクトリシアの国宝杖と同等以上の価値がある、聖女の魔法杖……)


 魔法という概念は、世界に国が生まれるより前からあったという。

 そして長い年月の経て魔法を司る力のある者が王となり、それぞれの国を築きあげた初代の王、建国王の魔法杖は、別名『国宝杖』と呼ばれていた。


 その名のとおり宝として相応しい魔法杖に用意された称号だが、国宝杖にはほかの魔法杖にはない役割が存在していた。

 それが――王の選定である。

 すなわち国宝杖とは、どの国においても次世代の主君を決める特別なものだった。


 礼をあげるならば、べニート国王も国宝杖によって選ばれたひとりである。

 歴代の国王によって受け継がれてきた国宝杖は、いわばラクトリシア王国の象徴。

 重要国家財産として扱われ、魔法師団のマントに縫われたエンブレムも、国宝杖がモチーフとなっている。



 そんな国宝杖と同じくラクトリシア王国で重要国家財産に認定されているのが、聖女クリスタシアが使用していた魔法杖だった。


 聖女クリスタシアが亡くなって以降、遺品である魔法杖は聖堂によって管理されている。

 けれど聖女の慰霊式である式典、またその期間中は、一時的に聖堂の管理から外れて王家に返還されることになっていた。

 そして式典当日、聖女の魔法杖が置かれた王城にある聖堂の間には、来賓及び多くの国民が集うのだ。


 聖女クリスタシア亡きいま、聖女の魔法杖に拝礼できる機会を国民は喜ばしく思っている。

 だからこそ管理に厳しい聖堂側も、この日ばかりは目をつむっているのだという。


「……なぜ、部外者である私をこのような場所に?」


 ディートヘルムはモンドに問いかける。

 聖女の魔法杖が保管される場所となれば、ラクトリシア王国でも入室できる者は数少ない。

 だというのに、ゼナンクロム帝国の大使として参じたディートヘルムを招き入れるのは、あきらかに異常だった。


「あ、あの、アステレード大使。こ、こちらの魔法杖をご覧になって、どう思われますか?」

「どう、とは……」


 危機迫った様子のモンドにせっつかれ、ディートヘルムはもう一度聖女の魔法杖に目を落とした。


(精霊だ)


 ディートヘルムの目に映ったのは、間違いなく精霊の光。

 それも七色、すべての属性の精霊が聖女の魔法杖を囲むようにしていたのだった。

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