第20話 謎




「精霊が見えるといっても、俺の親交力はそこまで高いものじゃないんだ。はっきり認識できるのは、俺に聖愛を与えてくれる精霊と、同じように人との干渉を持っている比較的見えやすい精霊たちぐらいかな」

「見えやすい……親交力……?」


 この世は、ひと握りの者が精霊を目にすることができる。

 それは書物で学んでいたことだが、親交力という言葉をアナスタシアはこれまで耳にしたことがない。


「ああ、そうか。親交力っていうのは、帝国独自の言葉だった。シアさんが聞き慣れていなくて当然だ」

「帝国、独自の……」

「なに、そう難しい話じゃない。簡単にいえば精霊との関係性を表す言葉だと思ってくれればいい。精霊と心を通わせること、その強い結びつきを、帝国では親交力と呼んでいるんだ」

「それは、私が聞いても大丈夫な内容なんですか?」

「大丈夫って?」


 心配そうなシアの声色を聞いて、ルムが一歩前に動く。


「私はラクトリシアの人間です。帝国独自の言葉なら、発言の制限があるのでは?」

「ああー……いや、そこまで厳しく定められてはいないよ。そもそも帝国は優秀な魔法師を育てるために自国以外からも多くの生徒を入学させているんだ。そんな状態でおおやけに伏せておくほうが難しいだろうからな。ただ……」


 ラクトリシア王国は少し特殊だと、ルムは小さく声に出す。

 特殊だといわれたものの、アナスタシアはさらに聞き返すことをしなかった。

 この国で精霊と聞いて、次に思い浮かべるのは「聖女」以外にない。

 親交力が浸透していない理由に、おそらくは聖堂の圧力が関係していると悟ったのだ。


「……親交力は、生まれてすぐにわかるものなんですか?」


 アナスタシアは興味本位で聞いてみる。

 このように自力で得た以外の知識を聞けるのは貴重だった。

 今までは極力他者との交流を避けていたアナスタシアだったが、もう街を離れるまで数日を切っている。

 相手が帝国の人間でも、ちょっとぐらい精霊について尋ねてもいいのではと考えたのだ。

 

「それは人によるとしかいいようがないな」


 精霊の姿が見える人間には、親交力が備わっている。

 ルムによると程度は人それぞれだが、通常は自分のそばに寄り添う精霊のみを目視できるという話だった。


 親交力というのは、先天か後天、遺伝にわけられる。

 ルムは実母からの遺伝で精霊との親交力に恵まれたらしく、両親のどちらかに親交力が備わっていると産まれてくる子にも影響が出やすいのだとか。


「……で、俺は親交力がまったくないから精霊は見えないんだけどさ、ルムの話によるとどうやら炎の精霊が聖愛をくれてるんだと」


 言いながらバーンは空中に視線を向ける。目を細くすぼめて見えもしない精霊を見ようと意識しているのだろう。

 精霊の姿を確認できなくとも、精霊に好かれる者というのは一定数いる。

 バーンの場合は、親交力はないが精霊から聖愛を与えられた人間、ということなのだろう。

 アナスタシアが「先生」と呼ぶナナシの男も、これに当てはまっていた。


「だめだ。普通は目を凝らしても見えるもんじゃないよな、精霊なんて」


 早々に諦めたバーンは、ちらっとアナスタシアの姿を横目に見る。

 なにか思うところがあるような面持ちの彼に不思議に思っていれば、ルムが小さく笑い声を漏らした。


「はは、それでもたしかに見えてるぞ。赤い光の玉と、精霊の道筋。いいことじゃないか。見える見えないは抜きにして精霊に好かれてるって証拠なんだからな」

「それもそうだな」


 たしかにありがたいことだと、バーンは歯を見せて笑った。


「ルムさん、精霊の道筋って?」


 さらに知らない言葉が出てくる。

 興味津々なアナスタシアに、ルムはこころよく教えてくれた。


「精霊の道筋っていうのは、精霊と人間を繋いでいる線のことだ。見た目は……光った糸に近いかな」


 ルムは目を細めて空中を見つめた。精霊の道筋がどんなものかを改めて確認しているのだろう。

 

(精霊の道筋……! そっか、そんな名前だったんだ。この途切れ途切れに見える光の線は、そういうことなんだ)


 アナスタシアは胸の内にあふれる興奮を静めながら、自分にも見えているルムとバーンの精霊の道筋を目で追った。


(五年も前のことだけど、先生もそうだった。稀に街で見かける人のなかにもいたし)


 意識したり、自分から呼べば、精霊はいつだってアナスタシアの瞳に映る。

 そうでなくとも街を見渡せば、自然や人々の生活に溶け込んでいる精霊の気配を感じた。

 なかには通行人とうっすら光の線で繋がっていた精霊を見かけることも。

 その線は、人間に聖愛を与えることで干渉を得た精霊と人間を繋ぐ道筋だったのだ。


(いまここで空中を漂っている精霊のなかにも……ルムさんや、バーンさんと精霊の道筋で繋がっている子たちがいる。これは聖愛をその人に与えているという意味でもあったんだ)


 薄々気づいていたし、なんとなくそういうことなのだろうと思ってはいた。

 けれど二人の会話でようやくそれが揺るぎない確信へと変わっていく。


 ラクトリシア王国で取り扱われている書物には、精霊に関する記載がかなり少ない。

 書物では補えないことをこんな形で知ることができるのはアナスタシアにとっても喜ばしく、嬉しくもある。


(……あれ? だけど……おかしい)


 そこでふと、アナスタシアに疑問が生まれた。

 これまでの話を当てはめると、ルムには「ルル」が見えているということになるのではないだろうか。


「シアさん? 急に俺の顔をじっと見て、どうしたんだ?」

「いえ、その……」


 今まさに――ルムの眼前には、ルルが飛んでいた。

 しかし彼は一切ルルを目で追っていない。見えていないのだ。


(ルルが見えていないのは……どうして?)


 自分に聖愛を与える精霊、自分以外でも他者と干渉する精霊が見えやすいというのなら、なぜルルは可視されないのだろう。


 工房にいるほかの精霊が見えないのは理解できる。

 彼らはどこにでもいる精霊と同じで、いつもアナスタシアのそばにいるわけではない。

 基本的には縛られることなく自由に空中を漂い、アナスタシアが呼びかけたときだけ力を貸してくれて、ついでに聖愛を与えてくれているのだ。

 そのため、彼らとアナスタシアの間に光の線が表れるのは、いつもそのとき限りのものだった。


 だが、いつもアナスタシアの周りを飛んでいるルルと自分の間には、消えることのない繋がった精霊の道筋がある。

 それはルルがアナスタシア自身に深く干渉し、なおかつ聖愛を与えてくれているから……ではないのだろうか。


「ルムさんは、精霊の道筋で繋がった人の近くにいる精霊は、目に見えているんですよね?」

「一応は……そうなるかな。これまでの旅でも、かなり見てきたとは思う」

「そうですか……」

「とはいっても未だに精霊は謎が多い。俺の得ている知識が本当に正解かどうかを知るには、精霊と言葉を交わすほかないだろうな」

「言葉を交わせたらの話だけどな。さすがにそんな人間はいないだろ」


 バーンの言うとおり結論からいって不可能である。

 つまりは人々が解明してきた精霊に関することも、実は違っているということだってありえるのだ。


(……本来、精霊は未知なる存在)


 なぜルルの姿が、精霊との親交力のあるルムに見えないのか。

 それは帝国が調べあげてきた精霊に関する記録に、ただ自分たちが該当しないだけなのかもしれない。

 たまたまルルが見えないだけなのかもしれない。


(――……)


 アナスタシアは、そうだと思うことにした。

 

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