第19話 聖愛を与えられた青年
名乗り出たルムの目は本気だった。
アナスタシアが作り上げた魔法杖を百本、冗談ではなく引き取る気のようだ。
「シアさんには言っていなかったが、俺の故郷はゼナンクロム帝国なんだ。帝国なら
ルムとバーンは帝国人だった。
魔法の発展において近辺諸国のどこよりも抜きんでた力がある、ゼナンクロム帝国。
昨今は帝国立魔法学園に優秀な人材を在籍させるため、各国に視察員を派遣しているとも耳にした。
「なんだ君たち……帝国出身だったのか。たしか帝国も今は大切な時期じゃなかったか。皇帝の戴冠記念祭があっただろ?」
「あったなそんな祭事も。まあ、俺は各地を転々とする旅人なんでね。帝国民の一人や二人、皇帝陛下に忠義を尽くさなくてもバチは当たらないさ」
ルムは面白おかしく言ってのけた。
なかなか際どい発言のような気もするが、本人はいたって平然としている。
「ははは、発言が大物だなぁ。ここは王国だからいいが、帰国したら気をつけるんだぞ」
「ああ、もちろん。肝に銘じておくよ……で、シアさん」
「はい」
「俺なら魔法杖を引き取ってゼナンクロム帝国まで持ち帰ることができる。それなりにツテもあるから、使用者も見つけられる。どうだろう、この提案は」
言ってしまうと、願ってもないことだった。
もしアナスタシアが上級魔法杖職人ならば、他国の人間にそうやすやすと魔法杖を渡すことはできないだろう。
けれど、アナスタシアはなにものでもない。
許可証を持てない自分は、ルムに魔法杖を譲っても許されるはずだ。
「――ルムさん」
「うん?」
「私の魔法杖……引き取ってもらっても、いいですか?」
分解してしまうくらいならば、誰かの手に渡って欲しかった。
その相手が自分の生成した魔法杖をはじめて使ってくれた人ならば、それもいいかとアナスタシアは思う。
「ああ、よろこんで」
彼の銀の瞳が、嬉しそうに輝きを放った。
***
さっそくアナスタシアは、ルムとバーンを工房に案内することになった。
去り際にコットが「シアちゃんになにかあったら、帝国人だろうが許さないぞ」とふたりに釘を指していた。
そんなコットの発言に驚きつつも、心配してくれているのだとアナスタシアはありがたく思った。
そうしてグリゴワーズを出たアナスタシアは、二人を連れて工房のある区画までやって来る。
目印の薄桃色の花が咲く樹木を指さしたアナスタシアは、目的地に着いたことを知らせた。
「あそこが工房です」
「へー、あれがシアさんの工房なのか」
「私のではないですけど、知り合いから自由に使っていいと言われていたんです」
「おお……年季が入ってるな。いっそ味があるっていうか」
さらに近づいてルムは楽しげに工房の外を眺め、アナスタシアは遠慮がちに説明を挟む。
お世辞にも綺麗とは言いがたい古びた平屋を前に、バーンはなぜかごくりと喉を鳴らした。
「たしかに古いですよね。あ、ここに少し段差があるので、おふたりとも気をつけて――わっ」
誰かを工房に招くことがなかったアナスタシアは、言ったそばから緊張のあまり階段を踏み外しそうになってしまう。
「ん、平気?」
後ろにいたルムが、さりげなくアナスタシアの二の腕を掴んで支えた。
「あ、ありがとうございます」
軽くお礼を言ったアナスタシアだったが、内心では大慌てである。
(どうしよう、どうしよう……引き取ってくれるって言われて、お願いしちゃったけど。工房に誰かを連れてくるなんて、はじめてで……)
素材店のコットからも心配されたくらいだ。一応は知り合いだけれど、自分が使う工房に招くにはかなりの勇気がいった。
心を落ち着かせようと、アナスタシアは顔の横を飛んでいるルルを見つめる。
(ルルはいつも楽しそうに飛んでるな)
変わりないルルの動きに、アナスタシアは少しだけ気が楽になった。
「シアさん、これは……夏に水色の花、秋に黄色の花、冬には赤い花を咲かせる樹木種?」
ルムは工房の外に植えられた木を凝視する。
春には可愛らしい薄桃色の花が咲く樹木は、ルムの言うとおりそれぞれの季節ごとに違った色の花が咲く。
「はい、そうです」
「……」
「この木が、どうかしましたか?」
「……。いいや、なにも。きれいな花を咲かせるなと、思っただけだ」
少しだけ溜めたあと、ルムは静かに笑う。
アナスタシアも特に気にすることはなく、二人をなかへ案内した。
広くない工房内を進むのは、ものの数秒とかからない。
吊るされた仕切りのカーテンを横にずらせば、そこはもう作業場だ。
新鮮な空気が入るように、入口の扉を開けっ放しに。工房内にある木製窓も開けると、日差しがなかに入ってくる。
小さな窓でも壁や棚に置かれた数多くの魔法杖を確認するには十分だった。
「実際に目にするとなんというか、すっごい数だな」
バーンの圧倒された声が狭い室内に響く。
こうして人に工房を見せるのは、やはり慣れない。
それでも魔法杖を無事に引き取ってもらうためだと、アナスタシアは平静を装った。
「……! この中杖には、魔光石が三つ嵌っているんだな」
ルムの関心を示したのは、壁に飾られた三十センチほどの魔法杖。
黄、緑、橙の魔光石が取りつけられている。それは雷、緑、風の属性がある魔法杖だった。
「それは一本の魔法杖にどれぐらい属性が集約できるかを試したもので……そのときは三属性が限界でした」
生成したはいいものの、そもそも魔法とはひとりの体に一つの属性しか適さないため、属性を組みあわせた魔法杖の生成はその一本しかおこなっていない。
(そういえば……ルムさんは)
バーンの話によると、ルムは全属性を使えるという話だった。
本当にそんなことありえるのだろうか。
「あの、ルムさん。街でルムさんが火を消しに行ったとき、バーンさんが言っていたんですけど。ルムさんはどの属性の魔法も使えるんですか……?」
「バーン、言ったのか」
「言ったぜ? だってシアさん、かなり心配してたんだぞ。ルムが風の魔法しか使えないと思ってたから。それに厳重に隠してるわけでもないくせに」
それもそうだな、とルムは肩をすくめる。
「バーンから聞いていたとおり、俺は全属性が使えるんだ。赤ん坊のころに精霊が聖愛を俺に与えてくれたおかげでな」
「精霊が……!」
「限定はされるが、少しなら見ることもできる」
精霊が人間に与える聖愛の効果は、その者によって違ってくる。
身体が丈夫になったり、特殊な力を授かったり、病知らずになったりと、さまざまな記録があるわけだが。
ルムは全属性の力の所持。それは誰が聞いても、歴史的に残る強大な部類の力だった。
(お母様以外に……精霊の姿を確認できる人と会うのははじめて。そっか、ルムさんは聖愛を……)
どんなに善人を装っていても、その心の奥深くに邪な思いを宿した者に、精霊は近寄ろうとしない。
聖愛を与えられ現在もその恩恵を受けているということは、ルムは例に漏れず愛されるべくして愛された人間なのだろう。
(もともとお願いする気ではいたけど、きっとルムさんになら魔法杖を譲っても……大丈夫、かな)
単純だとは思うものの、アナスタシアは彼らに対して一気に親近感が湧いてしまった。
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