第18話 魔法杖のゆくえ



 コットに招き入れられ、アナスタシアたちは素材店にお邪魔することになった。


「いやぁ、驚いた。初めは女の子が男どもに絡まれているのかと心配したんだ。シアちゃんの知り合いだったのか」

「少しいろいろあって。ごめんなさい、お店の後ろで話し込んでしまって」

「なあに言ってるんだ。シアちゃんが困ってなかったならいいんだよ」


 はじめコットは、ルムとバーンを見て不審そうにしていた。

 普段あまり人と関わりを持たないアナスタシアが、見かけない男ふたりに絡まれていると勘違いしたのだ。


「誤解がとけて助かった。ところで旦那とシアさんは顔なじみのようだけど」

「ああ、そうとも。この子のことは、背がこーんな小さいころから知ってるんだ」


 ルムの問いにコットは得意げだった。

 たしかに街の住人のなかで、アナスタシアシアを長く知っているのは、コットかもしれない。

 ナナシの男に教えられコットの素材店に足を運ぶようになったときから数えると、もう五年になる。

 

「にしても珍しい。シアちゃんが誰かと一緒にいるなんてな。あのナナシ以来じゃないか?」

「ナナシ――?」


 あまり他人と距離を縮めたがらないアナスタシアを察してか、コットはこれまで彼女とほどよい関わり合いを保っていた。

 まだ背丈が小さかったアナスタシアを知っているコットとしては、ひとりの子どもの成長を見守っていたような感覚なのである。

 そんなアナスタシアが、ナナシの男以来に誰かを連れていた。周囲との線引きを欠かさなかった、あの子が。

 その驚きと嬉しさで、コットの口がつい軽くなってしまう。


「コ、コットさん! それより、この魔法杖のことで聞きたいことがあって」


 コットがいったナナシという言葉に、ルムは少なからず興味を持っていた。

 そんな彼の様子に気がついたアナスタシアは話をそらす。

 急いで自分の腕に抱えていた魔法杖をコットの前に取り出した。


「これは……立派な魔法杖じゃないか! 長さはぎりぎり大杖に入るか? これは水属性で、こっちの二本は炎と雷だな」


 長年に渡り素材店を営むだけあって、コットは魔法杖に嵌められた魔光石や装飾を見てすぐにどの属性の魔法杖かを言い当てた。


「ここまでの出来栄えのものは、しばらくお目にかかれなかったが……ん? 生成者の魔力印サインが見当たらないな。シアちゃん、こんな上等品をいったいどこで手に入れたんだい?」


 じっくりと魔法杖を観察していたコットが顔をあげる。

 後ろに立って様子を見ていたルムとバーンは、アナスタシアをじっと見つめた。


「実は……」

「ま、まさかシアちゃんがこれを!?」

「そうなの……私が作ったんだ」


 おずおずとうなずいたアナスタシアは、なんだか照れくさくなって視線を魔法杖が横たわるテーブルに落とした。

 あんぐりと口をあけたコットは、ふたたび魔法杖を一本ずつ丁寧に鑑定する。


「あくまでも俺は素材屋という立場だが、それでもこの魔法杖の価値なら一目でわかる。シアちゃん、これはすごい代物だよ」

「そんなに……」


 ルムとバーンにも良い魔法杖だと言われていたが、改めてコットにいわれると驚きが勝ってしまった。


「ああ、知り合いの目利きから教わったにすぎないが。俺もずっとここで店を構えているから、それなりに出来はわかるんだよ。この魔法杖は、それぞれ取り付けられた魔光石がどの角度から見ても曇りなく輝いている。無駄に魔力の量や濃度を間違えると、取り付ける際に多少の濁りが出てしまうものなんだが、この三本には一切それがない」


 コットは水属性の魔法杖をそっと両手で持ちあげ、改めてアナスタシアたちにも見えるようにした。


「そしてこの重量。魔法杖には小杖、中杖、大杖と長さがわけられているが、これは大杖に入る。それなのにあきらかに軽い。素材が綺麗に融合している証拠だ。この魔法杖に使われているのは木材のようだが……いったいどんな種類のものなんだい? よく使用される青染めバランの樹木にしては色が薄いが、水染めコルポの樹木だと濃いような……」

「ええと、生成に使った素材は、全部コットさんから貰ったものだよ。そのなかにあった廃材を溶かして繋げて、一本分にして……」

「なっ、あの欠陥素材だけで!?」


 コットは仰天のあまりアナスタシアの言葉を途中で止めてしまった。

 尋常ではない驚きように、ルムとバーンの視線もさらに強くそそがれる。

 結果、居心地がとてつもなく悪くなってしまった。


「コットさん、あの、大丈夫?」

「あ、ああ。ごめんよシアちゃん。おじさん少し目眩が……」


 ゆっくりと魔法杖をテーブルに置いたコットは、アナスタシアを見つめる。

 いつもは気前がよく空気を読んで深く干渉してこないコットが、アナスタシアの魔法杖を前にして真剣な表情をしていた。


「……それでシアちゃん、聞きたいことっていうのはなんだい?」


 心なしか姿勢をよくしたコットに、ようやく本題に入れそうでほっとする。


「この魔法杖を引き取ってもらえるところを探しているの」

「それは……」


 すると、途端にコットは困ったような渋面をつくった。

 考え込むように腕を組んだ彼からは、小さな唸り声が漏れる。


「つまり、誰かに売るということだな。ううん、おそらくそれは難しいだろう」

「えっ、あんたついさっきはべた褒めしてたよな!?」


 バーンが拍子抜けしてコットに聞き返した。


「たしかにこれは素晴らしい魔法杖ではある。それは断言できる。だけどシアちゃんは、魔法杖職人ワンドクラフター許可証を持っていないんじゃないか?」


 コットは残念そうに尋ねた。

 魔法杖職人許可証は、魔法師団本部、または支部によって発行される証明証である。

 おおやけに魔法杖職人と名乗るためには、下級や中級、また一流といわれる上級であろうと許可証が必要だった。


「……うん。許可証は、持ってない」


 アナスタシアは弱々しく笑った。


 許可証を取得するには、順番として養成施設で学ぶか、上級魔法杖職人を師にして学ぶか、独学で魔法杖の生成を覚えるという方法がある。

 養成施設で学ぶ、また上級魔法杖職人を師にする場合、実力が定められた水準に達すれば魔法師団での試験、そして許可証発行の推薦状が与えられた。

 独学の場合は、推薦状を持たずに魔法師団で試験を受けることになる。

 独学の末に受ける者の試験は、養成施設で学び推薦状がある者が受ける試験よりも難易度が跳ね上がり、上級として合格することはほぼない。

 ほとんどが下級で、稀に中級が出るくらいだった。

 既存の杖に魔光石を嵌めるだけ程度の生成術しか使えない者は、もれなく下級魔法杖職人だ。


 それでも生成術が扱えるならば、下級だろうと魔法杖職人として認められる。

 初めは下級であっても実力をつけて昇級試験を受けることも可能であるため、とりあえず許可証だけを手に入れるというのも一つの手ではあった。

 しかし、そんな手すらアナスタシアには使えない。

 最低限の身分を明かさなければいけない試験。アナスタシアには一生できないものだった。


「シアちゃんが魔法杖を作る練習をしているのは知っていたが、まさかここまでのものだったとは……ああ、こんな時期でなけりゃまだ方法はあったんだが」


 使用感はわからないものの、アナスタシアが生成した魔法杖は、グリゴワーズで扱われている魔法杖と比べても抜きん出ている。

 長年の経験からそれが目に見えているからこそ、コットは悔しそうに眉尻を下げた。


「その、時期って」

「聖女様の慰霊式のことだよ。それも当日まであと数日しかない。だからダメなんだ。シアちゃんの魔法杖は、おそらくどの商人も受け取れない。売りにも出せない」


 時期といわれてどこか予想がついていたアナスタシアは、心の中で「ああ……」とつぶやいた。


「なあ、それどういうことだ? 慰霊式が近いと、なんでシアさんの魔法杖は売りに出せないんだよ?」


 バーンが前のめりで聞いた。隣にいるルムは、心あたりがあるのか沈黙している。


「ああ、君たちは旅人だから知らないのか。このラクトリシア王国ではな、聖女様の慰霊式がもっとも重要な式典なんだ。その日は王家も魔法師団も聖堂も協力して式を進める。ちょっとした騒ぎも厳禁だ」


 そしてこの街もより一層に魔法師団や兵士たちの巡回がおこなわれ、問題事が起こればすぐに対処するようになっていた。

 すべては慰霊式を滞りなく迎え終わらせるため。

 そのために国は一丸となって動く。


「この魔法市街も慰霊式が終わるまでは魔法師団の連中がたくさんいてね。期間中はほぼ毎日、魔法市街の店には検閲が入るんだよ」

「検閲だって?」

「ああそうさ。聖女様がお亡くなりになられたのは、娘のアナスタシア様による魔力暴走の結果だ。どんな形であれ、期間中に少しでも魔力暴走を起こそうものなら一大事になるってことだ」

「……つまり魔力暴走を未然に防ぐために、魔力が通ったものは片っ端から調べるってことなんだろう」


 ルムの言葉に、コットは深くうなずいた。

 バーンはルムに向かって「お前知ってたの?」と言っている。


「まあ、正直にいうと手間でいくらやってもきりがないとは思うが、上の連中が必死になるのもわかるよ。聖女様のことは、国民が胸を痛めている問題だからね」


 アナスタシアは自分の腕をきゅっと掴んだ。

 ダメもとで尋ねたものの、やはり引き取り手を見つけるのは容易ではない。


「そっか、それなら……しかたないね」

「本当にごめんな、シアちゃん。見た目の出来具合からして、この魔法杖なら文句なしに欲しがる者はいる。いっそ魔法師団に行って許可証発行の試験を受けるっていう手も……あるにはあるんだ」

「……」


 口ごもったコットの言葉に、アナスタシアは横に首を振る。

 アナスタシアの事情を深く知らないコットだが、彼女が顔を隠して身元を明かしたがらないのは察していた。だからこそコットも、強くすすめることができなかった。


「……いつもならなぁ。許可証がなくとも、裏の市場に流すこともできたんだろうが……」

「いいの、コットさん。慰霊式があるんだから、それも難しいのはわかってる」


 慰霊式と、そして節目の年。

 例年よりも人々の気が立っているのは、アナスタシアも肌で感じている。父と兄からもそのような空気が伝わっていた。

 それでもどうにか良い方法はないか、魔法市街でも一目置かれているコットの素材店を頼りにしたが、残念な結果に終わりそうだ。


(……持っていくことは、できない)


 だからといって工房に置きっぱなしにすることもできない。

 アナスタシアに残された手段は、魔法杖を溶かして分解し、元の欠陥素材としてコットに引き取ってもらうことだった。


(せっかく精霊たちが、聖愛を惜しみなくくれたのに。ルムさんに、魔法杖には心があるなんて、大きな口を叩いていたのに)


 それをいま、壊さなければいけないという選択しか自分ができない状況を、アナスタシアは悔やんだ。


「……ありがとう、コットさん。とりあえず少し考えてみるね」


 落ち込んだ素振りを見せまいと、アナスタシアは声を弾ませて礼を述べた。

 一度、工房に戻ってどうするかを決めよう。

 アナスタシアはテーブルに乗った三本の魔法杖を抱えようと手を伸ばす。


「シアさん」


 伸ばした腕は、さらに後ろから伸びた手によって掴まれる。

 振り向くと、ルムはわずかに口角をあげていた。


「この魔法杖も、ほかにある魔法杖も。百本すべて、俺が引き取っても構わないか?」

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