第4話 聖なる都に流れる鎮魂歌




「……これが記念すべき百本目! 綺麗にできたとは思うけど、どうかな?」


 アナスタシアは両の手に乗せた魔法杖を嬉しそうに掲げた。

 彼女の呼びかけに応えるように、ルルを含めた精霊たちがわらわらと魔法杖を取り囲んだ。


「また聖愛クラナスをくれるの?」


 完成したばかりの魔法杖を取り囲んだ精霊たちは、きらきらと輝く光を魔法杖に纏わせた。

 光はするりと魔法杖に取り込まれるようにして消えてゆき、アナスタシアは優しげな笑みを仮面の奥に浮かべながら感謝を述べる。


「ありがとう。せっかくみんなが聖愛をくれるのに、私は魔法杖を使うことができないけれど。本当にうれしい」


 聖愛――クラナスとは、精霊が与える清らかな愛、祝福と呼ばれるものだった。

 たとえば魔法を扱える者に聖愛が付与されれば、その者の能力は最大限に引き出され、爆発的な力を手に入れることも可能だ。

 また、世界共通の歴史書の一つである精霊史によると、聖愛を受けた民が生涯病気知らずになったり、絶えることのない幸運を掴んだりと、様々な逸話を残している。

 それほど未知数の威力がある聖愛を、精霊たちはアナスタシアが生成した魔法杖に惜しみなく与えていた。

 皆、アナスタシアが好きなので役立ちたいのだ。


 しかしながらアナスタシアは魔法を扱えない。

 父親に言いつけられている仮面の効力もあるが、仮面がなくとも魔法が使えないのである。

 その原因は、十年前の事件が関係していると教えられた。そして同じように、アナスタシアの双子の妹であるエレティアーナも魔法が使えなかった。


 ……それもこれも、自分が犯したという罪のせい。



「もう、百本もあるよ。先生がいなくなって五年……結局あれから会えてないね、ルル」


 いつの間にか部屋を飛び回っていた精霊の光はすべて消え、残っているのはルルだけとなった。

 アナスタシアは手に持った魔法杖を長机へ丁寧に寝かせ、ぼんやりと考える。


 アナスタシアに魔法杖の生成に関する知識を教えてくれた男は、彼女が11歳の頃にいなくなってしまった。

 どこか焦った様子で「国に帰らないといけなくなった」といって、挨拶もそこそこにこの工房を出ていってしまったのだ。


 そして、男はこうもいっていた。


『工房はお前に任せる。好きに使っていいぞ』

『お前が一丁前に魔法杖を作れるようになったら、その出来栄えを確かめてやってもいい』


 最後まであいかわらずな言い草ではあったが、アナスタシアは五年が経過した今でもその言葉を忘れずにいた。

 男と過ごしたのは、たった数ヶ月という短い時間であった。けれどアナスタシアに大切なものを残していってくれたのだ。


 ――魔法杖を作ること。

 それはすでに、アナスタシアの生活の一部となっている。


「うーん。今日はこれくらいにして、そろそろ街の方に行こっか」


 集めた素材も底を尽きてしまった。

 また街に出て“いつものように”収集するとしよう。


「おいで、ルル」


 アナスタシアは立ち上がると、ルルに声をかけて工房を後にした。


 ***


 城下。聖なる都『アッシェンデ』

 ラクトリシア王国の中心部は、今日も柔らかな陽射しが降りそそぎ、春の花の香りに包まれている。


 聖女クリスタシアの故郷、そして時代の聖女が生まれた都として、ここは年中に渡り賑わいを見せていた。

 なかでも今季は聖女クリスタシアが逝去されて十年、また浄化の旅から二十年の節目を迎えるため、国全体の意識が『聖女クリスタシア』に向けられている。


 そして同じくらいに、アナスタシアの話題も取り上げられていた。


「聖女様が亡くなられて、もう十年になるのか……なんともお労しい事件だった」

「実の母を殺してしまうなんて、ああ……恐ろしい」

「父君である公爵様が魔力を封じる道具で今も隔離しているらしいが、やはりやるせないな」

「本当よ。聖女様はこの国の光であったのに……なぜ死ななければいけなかったの」

アナスタシアあの子がいなければ、聖女様は死ななかったのでしょう?」


 聖女クリスタシアは、民から愛されていた。

 王女であった頃は街へ下りて民に寄り添い、民が不自由のない暮らしを送るための提案書をまとめあげて王に進言したこともある。

 孤児が絶えない修道院へ出向いては、炊き出しをおこなったり、傷ついた子どもの心を癒し文字を教えてやっていた。

 それが後に、孤児でも通える学習施設を作るためのきっかけにもなったという。


「もし、聖女様が生きていたら」

「命を落としていたのが、娘のほうであったのなら」


 幼きころの聖女クリスタシアを知る大人たちは、そんな淡い思いを口々にこぼす。

 さらに聖女を敬う志を持った年配者の中には、アナスタシアを悪しき子として嫌悪を表す者も少なくはなかった。

 そんな大人たちを見て育った未来ある子どもたちも、聖女クリスタシアを女神とし、その娘のアナスタシアは悪者として位置づけていたのだった。


「こころやさしい聖女さま〜」

「そのこころねはいつまでも〜」

「わたしたちとともにある〜」


「……」


 その歌は、この時期になるとより一層に至るところから聞こえてくる聖女の鎮魂歌だった。

 無邪気に歌いながら広場を駆けていく子どもの横を、アナスタシアは通り過ぎる。


「だいじょうぶだよ、ルル。だって、仕方がないんだから」


 顔の仮面に手を当て、外れないようにぎゅっと押しつけた。

 ローブの頭巾も深く被り、下を向きながら歩行を続ける。

 ルルはアナスタシアの周りを飛び、まるで「気にしちゃダメ」と伝えるように光をポポポと強くさせていた。


「うん、私は、大丈夫」


 偉大なる母、偉大なる聖女。

 民の絶対的な存在を奪ってしまった自分には、胸を痛めることも、悲しむことも、涙を流す資格すらありはしない。

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