第4話 悲しいわ

 やっとこれで、二人きりになれたね。

 あなたと落ち着いて話が出来る。

 何度も何度も何度も言ったけど、私、本当にあなたが好き。

 愛しているわ。


 こういう「好き」とか「愛している」っていう言葉は、言えば言うほど重みが無くなるんだよ、分母が増えるんだからねっていう人もいたけれど。

 あんたは「好き」を使い過ぎだとも言われたけれど。

 でも、あなたも最初は嬉しそうだったじゃない?


「やめろよ、こんな処で」とか言いながら、目が笑っていたの、私はちゃんと分かっていたんだから。

 それに、男の人って恥ずかしがるけど、女性ってそういうものなの。

 私はこの人が好きだって、世界中に教えたくなる。誰だって、宝物は自慢するでしょう?


 宝物は、仕舞いこんでいても、誰に見せびらかしても、その価値は同じ。じゃ、皆に自慢して、羨ましがられる方が良いに決まっている。

 ……でも、私バカだった。

 あなたはずっと、私の事を好きでいてくれるって思っていた。

 私はあなたに愛されていると思っていた。


 ねえ、どうしても分からないんだけど。

 あの子、私よりも美人でもないし、スタイルがすごく良いワケじゃないし、金持ちの娘でもない。私より、どこが良かったの? どうして、私に嘘ついてまで、あんな娘とデートしたりしたの? 手をつないで歩いていたの?


 すっごく、すっごく傷ついたんだから。

 あの日から、私の世界は壊れたの。

 吃驚し過ぎて、頭の中がおかしくなったのよ。

 あの娘を殴った事、あなたはすごく怒ったね。でもね、私にとっては正当防衛だったの。あの子を消さないと、私が死んでしまうってそう思った。


 その後から、あなたは彼女と一緒に私を無視するようになって、話をしてくれなくなって。

 携帯もつながらなくなって、メールもラインも全部無視。

 マンションの部屋に何度行っても会ってくれないし。

 ずっとずっと待っていたのよ。真夜中まで。


 ドアの前でつい寝ちゃって、朝になっていた事もあった。

 ひどいよ。

 お前とは、もう何の関係もないだなんて。

 消えてしまえ、だなんて。


 ……ああ、ゴメンね、つい恨み事言っちゃった。

 だって、こうやって、こうでもしないと、私の話を黙って聞いてくれないでしょう?

 あなたの顔、真っ青。というか、真っ白になっていた。

 仕方がないかな。

 ねえ、こういうのって、周りに言わせたら、サイアクのケツマツって言われちゃうのかな。


 でも、私には関係無いの。

 思想や場所が違えば、正義も悪も基準が違うでしょ。

「恋愛」って、当人同士の造り上げた世界なんだから、当然世界の決まりごとも当人同士が作ればいい事じゃない? 

 周りが何と言おうと、余計な御世話だよね。


 だって、こうなって私は幸せだし。

 あなたは、これでもう私のもの。

 あなたの目に、最後に焼きついたのは、私の姿。

 もう、あんな女なんか問題にもならない。きっと私以外の女など、思い浮かべることも出来ず、まぶたに浮かべることも出来ないでしょう。


 私とあなたは、これでずっと離れる事はないの。

 ……ぐずぐずと溶けていく、私の肉。

 溶けた肉と腐った体液が黒く混じり合って、緩やかに表へと滲みだしていく。

 蠅が、顔に飛んできた。


 目の奥に産みつけられた卵から、小さくて愛らしい蛆虫がくねくねと這いだし、ころりと床に落ちる。

 次々と、次々と羽化していく蠅の群れ。

皆、透明な羽を羽ばたかせて、外の光を求めて扉にへばりつくのよ。


私の手足を遠慮がちに齧るこの虫、なんていうのかしら?

まさか、アレじゃないわよね。


滲みだした私の体液の流れは、ゆっくりとクロゼットの床から、下の階の天井へと染み込んでいく。

 クロゼットのわずかな隙間から、可愛い蠅さんが嬉しそうに飛び出て行くわ。

 彼らは、私の甘い腐敗臭をあなたに届けるメッセンジャー。


 ただ一つ、残念なのは、あなたは私がいる扉の向こうで、首を吊って揺られていること。

 私の首を絞めた後、私の後を追うのではなく、私から逃げるように首を括ってしまった。

 私はこのクロゼットから出て行く事は出来ない。

 あなたは首の縄で縛められたまま、私のそばに来てくれない。


悲しいわ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る