第57話

「ミーファいたって、ホント?」


女の子はどこなのどこなの、と扉をくぐる。

場所は『夢見るもぐら亭』酒場。

テーブルのひとつに、見つけた猫が寝ていた。


「ミーファ! ホントにミーファだ」


イスに登り、少女は猫を抱く。

そして異常に気付いた。


「……あっ。おててが」ない、と。


ガジュマルは髭を、ヤシャは杖を無意味にいじった。

だから、ゆゆねが喋ることにした。


「はい。見つかりました。ミーファちゃんです」

「こ、これ。お姉ちゃん」

「怪我をしてました。だから、お医者さんには行った。もう命の危険はないはず」

「おてては……ないの?」戻らないの、と少女は訊いた。

「ええ、悲しいけれど。そのままです」


少女は再開の喜びと、思わぬ事実に震えていた。

多くの感情を、どう処理すればいいのかわからずにいるようだった。


「あたし。見つかって嬉しい。もう会えないかもって、思ってたから」

でも、と泣く。

「どうしてこんな痛そうな……可哀そうな……」


ぽろぽろ。少女は泣いて、抱いていた猫をテーブルに戻した。

事実が重すぎて、少しでも目をそらしたかったのかもしれない。


「依頼は成しました」ゆゆねは事務的に言った。同情の言葉を押し殺して。「報酬を」


うぐうぐ。少女は懐から、おもちゃのような財布を出す。

そこから300銀を卓上に置いた。


「確かに。これで依頼は終わりです」

「……」


少女は黙り、下を向く。

こんなはずじゃなかった。楽しくまた遊べるはずだった。

悲しみで停止し、怒りでぐずっていた。


「もし」ようやくゆゆねが言った。「もしも、この子を育てられないと思うなら。……いいですよ、このまま帰っても」

「えっ?」

「私も猫は好きです。安心してください、ちゃんと面倒みます」

「……えっ、えっ」


少女は悩んだ。悩んでしまった。

重荷になるだろう、ただかわいいだけではなくなってしまった猫を、自分の人生から切り離せる。

辛いけれど、魅力を感じてしまった。


「私……でもでも」それを体が否定したくて、少女は猫に触れた。テーブルに乗せたまま、覆うように抱いた。


「どちらでもいいです。誰もあなたを責められない」悪かったのは災害のような魔物で、つまりはよくある不運だ。


少女は顔を猫にうずめる。

「ミーファ。ミーファの匂いだ」と言って、体をふるわせた。


にゃあ。にゃあにゃあ。


鳴き声。

ねこが起きた、気付いた。

最愛の飼い主がそばにいることに。


「ミーファ」


少女は体を離す。

つたなく、なんとか立とうとする猫がいた。


にゃあ。ぽて。にゃあ。ぽて。


だが新し形になった自分の体を扱えないのか、何度も転んだ。

けれど、その度にまた立ち上がろうとした。


「ミーファ……!」


少女はたまらず猫に手を伸ばし、胸で固く抱いた。


「私が面倒見ます! だってだって」この子は家族だから、と少女は言った。


ゆゆねは小さく微笑む。が、目は厳しいままだった。

「今は、そう思うでしょう。偽りは、ないでしょう。でも、きっと後悔する日が来ます。別のねこにすればよかったと。なんでこんな面倒な子を、と」

「……そんなことない!」

「いいえ、違いません。必ず思う」けれど、とゆゆねは呟いた。「ふと静かな日に……その子を膝に乗せて……暖かくて。一緒に眠ってしまう日もきます」

「お姉ちゃん……」

「その痛さと、暖かさがほしいなら。一緒に生きてみてください」

「……私は」


うん、と少女は猫をもう一度強く抱く。

そしてゆゆね達におじぎをすると、ゆっくりと歩いて、酒場から出ていった。


ふぅ、とガジュマルが息を吐く。

「ひやひやしたぜ。ちびねこ、飼うことになるんじゃないかって」

「ガジュマルは苦手だからね。猫のくせに、猫が」ヤシャが笑った。

「カランカと猫はカンケーねぇ。何度言えばわかる」

「はいはい」


ゆゆねは猫がいたテーブルのあとに目を落とす。

「あの子。あの猫。大丈夫でしょうか」

「あら、かっこいいこと言ってたのに、自信ないの?」

「奇麗事だってわかってます。後悔して、面倒で、それだけってことも当然あります。幼いし、新しいおもちゃが見つかったら、そっちの方が大切になる」

「そうかもね。でも、そうじゃないかも」わからないわ、とヤシャ。「私たちは他人よ。だから、せめて。祈りましょ。あの女の子とあの猫が、良くあるようにと」

「祈る……」


曖昧な言葉だ。

だが剣と魔法の世界なら、確かなものなのかもしれない。

いや。ゆゆねが知らなかっただけで、前の世界でも固く思う人たちはいた。


「ねこ」と、ゆゆねがぽつり。「見つかってよかったです。それに、魔術師のおじいさんも」

「そうね、依頼の成功を喜びましょう。報酬は少ないけど、大書庫に恩を売れたのは大きい」

「ふふっ。解毒剤、買い直しておきます」


得たのは一人100銀。

懐は寂しいままだったが、心は。ゆゆねの胸は暖かくなった。

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どん底で召喚されたら猫に拾われた 植木直木 @ueki_naoki

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