第55話

沸騰。

スライムの内部で気泡が生じ、表面があわ立つ。


「ゆゆね!」溶かされている、直感したヤシャは持てる限りの魔力を練る。

多少巻き込んでも、魔力の衝撃で粘液を払おうとした。

が、構えた杖をガジュマルの剣が制す。


「いや、様子が変だ。苦しんでる、スライムのやつ。あいつ、またなんかやったぞ」


スライムの中央が盛り上がる。煙としぶきがあがる。


――ボボボボボボボ!


それは嘔吐だった。

スライムは腹の内をぶちまけた。


「げほ、げほ」


血みどろの泥の中で、悶える人影。

ゆゆねだった。


ゆゆねは震えながらも、両手に持った何かをガジュマルたちに見せる。

それは周りの血よりも赤く黒い玉だった。


「こ、これ。核、本体。スライムの……」ゆゆねは自らの胃液とともに言った。


「スライム・コアか!」ガジュマルが短刀を捨て、大刀を両手で持つ。


振りかぶり、ゆゆねが掲げた玉を、彼女の手を傷つけずに両断した。


――キョオオオオオオオ!


部屋が震える。

もはや床と一帯なったスライムは、波立ち、渦巻き、そして大きく盛り上がる。

天井さえ覆い、津波のようになり三人に――


「折り紙! 影は編む!」ヤシャが吠える。


ヤシャは練り上げた魔力を別の形に変換した。

いつもの影槍を無数にからめ、三人をかごのように覆った。


津波が落ちる。

スライム最後のあがき。

それは槍の隙間をわずか染みることしかできなかった。


「はぁ」

「はー」

「ふぅ」


それぞれのため息。安堵、疲労、驚嘆。

理由はそれぞれだったが、みな終わったことを理解していた。


―――――――――


「まったく、今度はなにしたの?」


ヤシャはゆゆねの体に傷薬をかける。

一行は一旦地下から出て、階段の上にいた。


「いてて。えっと、冒険者基本道具を使いました」

「基本?」

「ロープ、たいまつ、傷薬。……それに」ゆゆねは笑う。「解毒剤」


ヤシャは困惑したが、だんだんと飲み込んだようだ。


「そう。あなた、スライムの腹の中で解毒剤をぶちまけたのね」

「はい。スライムは毒性の魔物です。このブラッド・スライムもそうなのかは確信がなかったんですが……」

「正解、だったと」


はい、ともう一度言い、ゆゆねは笑った。


「太陽玉のときもそうだが、お前は自爆が得意だな」ガジュマルも笑った。「痩せっぽちだが、変に頑丈だ」

「私、たぶん。すごく死ににくいんだと思います。一回、死に損なってるから」

「そうなのか? まあ、何度か修羅場は越えてるもんな」

「違うんです。もっと前、始まりに一度。いいえ、あれは本当に死んでいたのかも」

「始まり? たまごの前か?」

「はい。……もっと落ち着いたら、ちゃんと話します。今は」依頼を、とゆゆねは言った。


地下室に戻る。

スライムの死骸は粘性を失い、床を満たす血の水になっていた。


「こいつはなんだったんですかね? 大書庫の人たちが作ったんですか?」ゆゆねがヤシャに訊く。

「わからない。血を溜めたのはそうだろうけど、街の真ん中でモンスターを育てるとは思えない」

「スライム。汚いところには自然発生することもあるみたいですが。……私、スライムって弱いモンスターだと思ってました」それはゆゆねが昔好きだったゲームの影響だった。

「スライムは厄介よ。確かにスピードには欠けるから対処法は多いけど、倒すとなると面倒。不潔な毒、様々な変異、耐久性……特に外皮を持たないゆえ、肥大化に制限がないからね」

ヤシャが言うには、沼や湖を満たすサイズになることもあるという。


「神域に至ったスライムもいるわ。山喰らいと呼ばれ、文字通り山を飲むほどの大きさだったというわ」

「まるで津波ですね」ゆゆねは幼いころにみた災害の映像を思う。

「津波? そうね、そう表現してもいい」


部屋を見終わる。やはり、血しかない。


「先に進みましょう。ねこがいるかはわかりませんが」ゆゆねは目的を自覚するために言った。正直、ねこの捜索からはだいぶ脱線してしまったと感じていた。


扉を調べる。施錠はあった。

が、難度は低く、ゆゆねでも一分ほどで開けられた。


「ご苦労、シーフ」ガジュマルがおだてた。

「えへへ」そうだ私はシーフだ、とゆゆねは頭をかいた。立派な役割、居場所がある。


「先行します。敵がいた場合は頼みます、戦士さん」

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