第53話

「ねこ。ミーファちゃんはいなかったですね」


二階の牢獄も回り、最初の警務室に戻ってきた。


「うぅむ」ガジュマルが喉を鳴らす。「しかし、ほかに手がかりもないしな。ワナでも仕掛けるか?」


「ワナですか」

そういうえばワナの活用もシーフの仕事だったな、とゆゆねは思った。

「どういうワナがあります? カゴみたいのなら」

「トラバサミなら、知り合いが持ってるぞ。貸してもらうか?」

「トラバサミ!? いやいや、そんな乱暴なのダメですよ」


わいわい。

猫人と人間が騒ぐ横で、ヤシャは黙って地面にかがんだ。


「お馬鹿さんたち、いいかしら? まだ調べていないところがあるわよ」

「えっ」


ヤシャはトントン、と地面をブーツで打つ。

ゆゆねは寄って、その叩かれた石の床に触れる。


「なにか仕掛けが」と。ステイタスも使って調べたが、なにもわからなかった。


「金の約定を騙すとはね、高度だわ。ガジュマルのひげも反応しないわけね」ヤシャはこめかみに指をあてる。金の一つ目が光彩を増す。


「床に」ヤシャが言う。「偽装魔法がかけられている。なにかが、隠されている」

「偽装……ニセモノの床ってことですか」

「ええ。高度だけれど、よく使われる手だわ」


むっ、とゆゆねは唇をかむ。。

自分はシーフを任され、ちょっとは得意だとも思っていた。

だが、ここは剣と魔法の世界。

当然、魔法のカギも、ワナも、ウソもある。

私はそれに、手も足もでない。


「悔しい? ふふっ」ヤシャが輝く目を細める。「いいコトよ。これは自分の仕事だと思えるのは。成長したじゃない」

「茶化さないでください。そうですよ、私は属性も魔石もない。ええ、魔法はどうにもなりません」

「なら道具を使えばいい。最適な物を、最適な所へ。――ゆゆね、前の依頼で得たものがあるでしょ?」


あっ、とゆゆねは思い出した。

「さとり首輪。魔力感知、マナセンスのアクセサリー」

「ええ。使ってみなさい」


ゆゆねは首にかけたままだったそれを外し、二対の突起を耳に入れた。


さーさーざーざー。

しりしりしりしり。


さざ波のような、すり合う枝葉のような自然のふるえ。

ささやきのような、影口のような人の声。

ゆゆねの耳が捉えたのはそんな音だった。


特に人の声に近い音は、脳を揺らすような不快感があった。


「うっ」


双子の店主は言った。

マナなきお主は、酔うかもしれないと。

属性のない私は、ささいな魔力干渉にも抵抗できない。


視界にも変化があった。

特にヤシャが叩いた地面。蜃気楼のようにぶれている。

二重の映像。

石床と木板が重なって見える。


「……なかった木の板が見えます。これが」偽装の術。魔法のウソ。


「ええ、正しいわ。石の床がニセモノ。木の板がホンモノよ」

ヤシャはゆゆねの背後に回り、ゆっくりと座らせる。

「いい、ゆゆね。あなたに偽装魔法を解除してもらうわ」


「解除? そんなアイテムは持ってないです」もちろん技も術もない。

「金の約定を活かすのよ。あなたが強く観測すれば、それは深く解析され、いずれ嘘をあばく」

「ステイタスが?」

「認識とは魔法なのよ。極まったものは魔眼と呼ばれ、一級の魔術とさえなる」

「……魔眼」かっこいい、とゆゆねは思った。

「偽装魔法は本来、疑って見られるだけで効果が弱くなる。それがステイタス。看破の魔眼に晒されれば耐えられない」


「見る」本当に見るだけで? と疑う。だが反面どこかわくわくしながら、ゆゆねは目に力を入れた。


観察。認識。注視。意識。

石床は嘘だ、木板が真だ。

情報を、眼球と脳髄と金の約定で咀嚼する。


「おっ」ガジュマルの声。彼は離れた位置で様子を見ていた。「見えるぞ、オレにも。木の板きれだけになった」

「ほんとうですか? ――うっ!」


突然の吐き気。ゆゆねは口を抑えて前に。

ヤシャが後ろから抱いて止める。


「大丈夫? 成功よ。さとりは外すわ」

「……うぅ。平気です、もう」


ゆゆねは口をぬぐう。幸い、胃液が口の中を汚しただけで済んだ。


「集中してて、気付かなかったです。突然、めまいみたいな」


ヤシャが外したさとり首輪をゆゆねに渡す。

「魔法存在の認識は、体内に微量のマナを通すことになる。本来はそれくらいでどうってことはないんだけど、あなたの場合は……ね」

「魔法への抵抗力ですか」それがゼロ。ゆゆねは弱点を痛感した。

「落ち込まないで。マナセンスを使い、かつ金の約定を酷使した結果よ。これまでのステイタスの運用では、大丈夫だったじゃない」

「でも」

「危険とはいえ、あなたは手段をひとつ得た。敵のいない状況で試せたのは幸運よ」


そうだ、とゆゆねはさとり首輪を首に戻した。

前の世界では危険なことはしてはいけなかった。

だが、この世界では危険とわかっていても、時には選んでいい。

私は一人の冒険者なのだから。


「んじゃ見破ったわけだし」ガジュマルが割って入り木の板を掴む。「どっせい!」


かけ声とともに板を引っぺがした。


「……これは」ゆゆねがつぶやく。


穴。

小さく急な階段が口を開けていた。

光を嫌う、陰気な造り。


「怪しいぜ。チビねこの捜索だけに来たんだがな」

「昔から」ヤシャが語る。「迷い猫を探すとね、なぜか大きな事件にぶつかる。……冒険者がよく言う冗談よ」

「事件」イベント。エンカウント。


「気を引きしめて。シーフ。探索は大詰めよ」ヤシャはランタンをゆゆねに渡した。

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