第51話

「ここが本命か」ガジュマルが言った。


場所はゆゆね達の宿のある街の郊外。

空き屋とさら地、廃墟の多い荒んだ地区。


三人の前には大きな建物がある。

ゆゆねは小さめの学校に似ていると思った。

武骨で頑丈。実利を中心に造られた施設。


「ここにミーファちゃんの首輪が落ちていたんですか」

探している猫は普段、バンダナを巻かれていたらしい。それがこの建物の入り口で見つかったという。見つけたのは依頼人の女の子だ。


「すごいですよね、あんなに幼いのに。猫、大事だったんでしょう」

ゆゆねは周囲を見る。割れた窓に欠けた瓦。子供が一人で探しに来るには、怖い雰囲気だった。


「でも」ゆゆねは言う。「わかります。私も小さいころ、あの女の子と同じくらい小さいころ。飼ってた猫がいなくちゃったことがありました」

「そう……それは見つかったの?」ヤシャが訊く。

「いいえ、いいえ。お姉ちゃんも手伝ってくれたけどダメでした。まあ、もともと半分野良の子でしたし……仕方ないのかも」

でも、とゆゆね。

「今回は。この世界では。あの女の子には。見つけてあげたい」


「ああ、過去は取り戻せない。だが、似た未来は救える」ガジュマルがかっこつけた。

「ふふっ」ゆゆねが笑う。「その、いなくなった野良の子ですけど。ちょっと、ガジュマルさんに似てたんです。だから……うん。あの時、初めてガジュマルさんに会った時。すこし救われました、私」

「……そうか、そりゃよかった。だがな。一応言っておくが、動物の猫と、ヒト種の猫人。つまりカランカは別物だからな」

「そうなんですか? 進化したとかじゃ……」

「ない。まったくぜんぜん別の生き物だ。だいたい、似てない」


むすん、とガジュマルは息を吐く。

ヤシャが笑った。


「らしいわ。少なくともカランカはそう信じてるみたい。ゆゆね、嫌がるから猫と猫人を一緒にしちゃダメよ」

「は、はい」


「さて、猫探しよ。建物をぐるっと回って、他にも出入り口がないか調べてみましょ」

「調べる。私の出番ですね」


ゆゆねを先頭に、建物の脇を歩く。

細い雑草の道。ゴミも多い。


「この建物は、なんなんでしょう? 結構前に廃墟になったみたいですが」

「記録では」ヤシャが言う。「海溝牢の分院ね。大書庫が管理する牢獄よ」

「かいこーろー?」ゆゆねが繰り返した。

「大書庫は魔術師の一団。海溝牢は海の底にある牢屋、あるいは本棚」

「牢屋が本棚なんですか?」

「特異な魔術師や魔法生物……とにかく異常物を納める牢よ。それは封印すべき罪であると同時に、知識の宝庫でもある」


「ゾンゾでも言ったが」後ろからガジュマル。「ゆゆね。お前たち召喚人もそうだ。代表的な異物。大書庫は召喚人を管理したがっている」

「異物、管理」

「あるいは利用ね」ヤシャが言う。「あなた達は次元(プレーン)を渡ってこの世界に来た。その次元を渡る、裂く、開く力を大書庫は解析したいの」

「次元を渡る……行って。帰って」

「なんだ、故郷が恋しくなったか?」ガジュマルが訊いた。


ゆゆねは足を止める。

「いえ」冷たい声だった。「いいえ。決してそれはない」ゆゆねは言った。


「? かーちゃんとかとーちゃんは? 友達だって……」


「ガジュマルさん」ゆゆねは言った。「入り口は正面だけみたいです。戻りましょう」


ゆゆねはすたすたと、二人を置いて歩いて行った。


「えーっと。そーか」耳をかき、ガジュマルは続く。


「はぁ」ヤシャは一人、ため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る