第50話

「猫」


ねこ、とゆゆねはもう一度言った。

言われた女の子は、うるんだ目でうなずいた。


「ミーファっていうの。いなくなちゃった」女の子は言う。「白くて、かわいくて、ふわふわ」


拙い口調。

ゆゆねには小学校低学年ぐらいの年齢に思えた。


場所は『夢見るもぐら亭』

ゆゆね達三人は女の子を囲み、話を聞いていた。


何度も聞き返し、大枠を捉え、細部を詰める。


「ふぅむ」ヤシャがうなる。「まとめると。飼ってた大事な猫が一週間前に消えた。自分で探したが見つからない。両親にも訴えたが、相手にされない。だから冒険者に捜索を頼む」


「ねこ探し」とゆゆね。「ええっと、こういう仕事もするんですか、冒険者って? ほら、ゴブリンとかゾンビをやっつけるのに比べると……」

「そうね、ささやかな問題ね。冒険者は害獣や危険のダンジョンを排除するのが大儀のひとつ。だから、武装を許されている」

でも、とヤシャ。

「私たちは本来なんでも屋なの。武力や体力に欠ける人が困っていたら、それを助ける。小さな子供が泣いていたら、一緒に考える。過去のそういうお節介な冒険者がいたから、私たちを愛してくれる普通の人たちがまだいるのよ」


「市民の支持は大事だ」ガジュマルが言う。「良きものと扱われなくなったら、その組織は滅ぶ。あるいは本当に悪きものになる」

「まあ」ヤシャが言う。「実際はチンピラだ、ゴロツキだと言われることも多いけどね。そしてその通りの冒険者も多い。……でも私は、違うんだと胸を張れる場所を守りたい」


ヤシャはゆゆねを見て、ガジュマルを見た。

「はぐれ者でも、変わり者でも。風の子であれば、己の道を恥じずに歩めるのだと」

「風」とゆゆね。

「冒険王はそれを願って、冒険者ギルドを作ったの」


冒険者ギルドを作った。

ゆゆねは思い出す。

確かそれは、自分と同じ召喚人で、確かおっさん――男性のはずだ。


「その冒険王というのは……」ゆゆねが言うが、ヤシャは遮った。

「待って。今は依頼を」ヤシャは目線を女の子に合わせる。「お嬢さん。受けるわ、この依頼。私たち三人が、あなたの小さな家族を見つける」

「ほ、ほんとう!?」女の子は濡れた目を、大きく開く。

「ええ。……と、リーダーである私は決めたけど、お二人さんは?」ヤシャがガジュマルとゆゆねに伺う。


「私はもちろんオーケーです!」とゆゆね。

「構わん。猫は苦手だが、家族は大事にすべきだ」とガジュマル。


「ありがとう! お姉ちゃん、お兄ちゃん」女の子はわっと、ゆゆねに抱き着いた。

「わわっ」


女の子の温かさに、熱さに、ゆゆねは驚いた。

姉のねねかを思い出す。

自分はよく、お姉ちゃんに飛びついていたなと。

過去の、現在の、未来の暗闇に潰されそうな夜。

私は姉の布団に忍び込んだ。

姉はなにも言わず、後ろから抱きしめてくれた。

私の不安は消え、一時ではあったが、安らかな夢を見れた。


「うん」ゆゆねは女の子の背に手を回す。「大丈夫。お姉ちゃんたちが、絶対に見つけるから」

「ぜったい? ほんとう?」

「うん。強いんだから、ヤシャさんもガジュマルさんも」


そうだ、とゆゆねは思った。

きっと私も、同じぐらいすごく、強く。誰かを守れるものになる。なれる。

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