第48話

「よくやった」ガジュマルが褒めた。

「たいしたものよ」ヤシャが褒めた。


「えへへ」ゆゆねは照れた。


小船の上に三人。

空と湖は赤い、日が沈む間近だ。


「あれがさとりの巨人か」


ガジュマルが100メートル先の小山を見る。

巨人だ。

巨人は動きをとめ、丸まっていた。

微動だにしない。


「死んじゃいないよな、息してるか?」

「生きてるわ。マナは動いてる」ヤシャは金の目を光らせる。「でも衰弱しているようには思える。肉体的になのか、精神的になのかはわからないけど」


ゆゆねはさとりの首輪と、巨人を交互に見た。

「見えないんですもんね、聞こえないんですもんね。あのままじゃ、いずれ」死んじゃうんじゃ。

ヤシャが笑った。

「あなたは優しいわね。今では、巨人は魔物と変わらないと考える人ばかりなのに」

「近くで触って思ったんです。大きいけれど、幼い子供みたいだって。迷子の……」

「私もエルフよ。巨人には敬意を持っている。だからこの依頼を受けた」


ヤシャは遠くを見た。

水平線の先、沈む太陽の下を。


「? あれ、なにか」


のしのし。

ゆゆねは最初、人影だと思った。

だが、大きすぎる。

でもやはり人影だった。


「あれ、あれも」


こちらに向かう影。それは巨人だった。

さとりの巨人とは別の、もう一体。


「な、仲間がいたんですか、ヤシャさん」

「違う。さとりは孤独よ。血族もいない」

「じゃ、あれは」

「別の。遠い、遠い赤の他人」


巨人はあっという間に、船の横にきた。

汚れた簡素の布を頭からかぶり、荒縄で腰を縛っている。

布からのぞく目は銀色で獣じみていたが、理性を感じた。


「「ごくろうであった。冒険者」」


その背から、歌うような二重の声。


「あっ。双子さん?」


巨人が伏す。

ぴょんとその背から、赤と青が飛び降りた。

間違いない。

あの双子の商人だった。


「「感謝する。闇姫、灰猫。そしてなにより」」

双子は四つの瞳で、ゆゆねを見た。

「「マナなき子。異界の迷い子よ」」


ゆゆねは大きな巨人と、小さな双子を見比べる。

「双子さん。ど、どうしてここに。その巨人さんも」

「「オオビトとコビトは盟友なのだ。もうみな、忘れてしまったがな」」

「盟友」

「「さとりは我らのためにあの力を得た。否、押し付けられた」」

双子は船に入り、首輪を撫でる。

「「見張り塔だ。魔族を、不死を、機械を。なにより人間どもから、コビトを守るため」」

だが、と二重の声。

「「コビトが豊かにになると、強くなると、気難しいだけのさとりは捨てられた。理のない獣だと」」

赤と青は歌う。

「「祖父の罪だ。父の怠慢だ。だから我らの責だ。ゆえ、今救う。オオビトはすべて、我らが救う」」


コビトは二人で首輪を持つ。掲げるように。

「「しかと受け取った。マナなき子。この依頼、主が成し遂げた」」


ゆゆねは唾を飲み、うなずいた。

「はい。冒険者ゆゆね、依頼完了です」

でも、と続けた。

「あの巨人さんはどうするんです。その」可哀そうだ。


双子はパン、と互いの手を合わせる。

「「安心せよ。さとりの力は戻す。もっともっと、扱いやすい形にしてな」」


双子は首輪を、乗ってきた巨人に渡す。

ごぉーごぉーどぅーどぅー。

双子と巨人はよくわからない言葉でやり取りをはじめた。


「休みなさい」ヤシャがゆゆねの背に触れた。「双子はまだ時間がかかる。あなたはへとへと。じき日も暮れる」

「は、はい」

「目をつむって。起きたら、夕飯にしましょ。湖を出るのは、明日になってから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る