第42話
「さとりの巨人?」
ガジュマルがなんだそれ、とヤシャに訊く。
「さとりの巨人」ヤシャが応じた。「かがみ湖の巨人ね。風の国では最後の一体だわ」
「はい。その巨人から」ゆゆねは説明した。
双子から頼まれたクエスト。
それは巨人からの泥棒だった。
「巨人の宝を、盗んできてほしいと」
「神器を?」
「ええ、さとりの元となる首輪を」
ヤシャは腕を組む。
「そう。巨人を見つけ出す気なのね、双子は。理由は聞いた?」
「我らがため。彼らがため。それだけしか」
「誤魔化されたのね」
「さとりの巨人だが」ガジュマルが横から訊く。「オレはよく知らん。巨人がなんで人の領域に残ってるんだ? 大半は逃げたか討伐されたろ」
「さとりは卵戦争では人間側についた。だから見逃されていた。領地も得た」けれど、とヤシャ。「さとりの力が高まってね、自から湖に逃げてしまった」
「さとりの力って?」
「他者の思念がわかるという力。たぶん、高位の魔力感知、マナセンスが変化したものだと思う」
「便利じゃねぇか。うまく生きられそうだが」
「みんなあなたみたいに図太くないのよ。他者の思念がわかるのは、地獄よ。世界は嘘つきばかりだと知り、いつしか自分と他者の境界がわからなくなる」
「ふぅん。でも、逃げてんだろ。巨人は怖いが、害はなさそうだが」
なんで今さらちょっかい出す? とガジュマルが言った。どこか不満そうだった。
「双子はたぶん……まあいいわ。とりあえず、巨人は嫌われているし、法で守られてもいない。盗みに入っても罪はないわ」
「それもわからん。神器を持つなら狙われるだろ。なんでまだ人の地にいられる?」
「さとり。湖一帯を覆うマナセンスよ。害意を以って近づくものからは、逃げてしまう」
「でけぇ隠者だな。しかしじゃあ、見つけようがないだろ」
ゆゆねが姿勢を正す。
「だから主だ、と。マナなき子のお主なら、さとりに気づかれぬ、と」
「なるほど」ヤシャがうなずいた。「なるほど」
「あの。マナがないって、どういう意味ですか?」
「この世界のものは」ヤシャが言う。「人でも魔物でも、時には物も。マナの加護を受けている」
「マナ。よく、魔法とかのエネルギーになるものですよね。この世界でも」
「魔法を使わなくとも、マナの加護は受けているわ。ゆゆね、ステイタスを開いて」
「は、はい」
ゆゆねはまばたきする。それだけで、チートを展開できるようになっていた。
「前に」ヤシャが言う。「私が土と水がどうとかいってたわね」
「はい。私の感覚では、属性と呼びます」
「属性。そう、私たちは生れた時から、なんらかのマナの色に属する。光と闇。そこから分かれた火と風と土と水」
「ぜんぶで六色なんですか?」
「火風土水の小四素から、さらに分かれたものもある。けどまあ、大別では六色よ」
属性。ゲームみたいだ。なんとなく、馴染んだ話題だ。
ゆゆねはステイタスをめくっていく。
やはり、ヤシャは土と水だった。
ガジュマルは――
「ねこさんは、火ですね」
「そうなのか?」ガジュマルは怪訝そうだった。
「知らなかったんですか?」
「知らん。カランカは魔法を使わんからな」どうでもいいよ、と猫は言いたげだった。
「そう、ガジュマルは火よ」ヤシャは言った。
「大半は小四素のうちの、一つの属性を持って生まれる。魔法ではそれが得意な分野になる。魔法以外でも、性格や才能に影響するという説もある」
「じゃあ、ヤシャさんの二属性って……レア?」チート? とゆゆねは訊く。
「珍しいわ。特に土と水を持つものは、疑似的に闇も持つ」自慢気でもなく、ヤシャが答えた。
「あー、三属性」お姫さまだもんね、とゆゆねは口に出したがったが黙った。
「確かに珍しいわ。でも血を重ねれば、至れるものよ。ゆゆね、あなたは別格よ」
「私が?」
「自分の属性を見てみて、なんて書いてある?」
「えーっと……あれ?」
あれっと。ゆゆねはパチクリする。
「なんというか。バグってるというか。その」ゆゆねは怒られないかと思った。「なにも書いてないです」
ガジュマルは火。ヤシャは土と水。
同じ項目に、ゆゆねはなにもなかった。空欄。
「おかしくないわ。あなたはね、ないの。マナの加護が、属性が」
「それは……物理属性とかってことでしょうか?」
「いいえ、物理は極めて珍しいけど、この世界にもある」土属性から派生した、鉱物の属性だという。
ヤシャは金の目で、ゆゆねの瞳をのぞく。
「ないのよ。表現し難いけど、あえていうなら。ないがある。穴がある。虚無」
「……虚無」
「私たちからすると、どうしてそんな状態で形を保てるのかわからないけど、あなたは虚無を持つ」
「それは召喚人だからでしょうか」
「おそらく。でも召喚人でも属性を持つものはいたという。例外なのか普通なのかはわからない」
「虚無」
ゆゆねは胸を抑えた。
ないと。空っぽだと。お前の真ん中には燃える火も、吹き抜ける風もない。
ただ、がらんどうの穴がぽっかり。
たぶん、それは。
「それで」ゆゆねは首を振った。「マナの加護が、属性がないとどうなります?」
「負の面としては一番に。魔力抵抗がない。どんな人でも内に宿るマナで、外部からの魔法干渉には防御能力を持つ。あなたにはそれが完全にない」
「うっ。剣と魔法の世界でそれはきついですね。良い面はあるんですか?」
「ない、と思ってた。わたしもこの依頼を聞くまでは」
「さとりの巨人」あっ、とゆゆねは気づいた。
「そう。魔力感知、マナセンスにあなたは捉えられない。なにせ、気付くべきマナがないのだから」
ヤシャの金の目が輝きを増す。
「私の目もマナセンスを持つけど、確かにあなたの存在を読み取れれない」
「でも、見たり聞いたりはできますよね。さとりさんでも」
「さとりの巨人はほとんどの感覚を、マナセンスに頼っている。マナで見て、マナで聞き、マナで触れてる」
ヤシャは目を閉じた。
「彼からすれば、あなたはいないのよ」
ガジュマルが唸った。
「面倒な話だったが、わかったぞ。つまり、ピッタリってわけか」
「ええ。泥棒には最適」ヤシャも肯定した。
「よし、ゆゆね。盗め。シーフの、大仕事だ」
ゆゆねは戸惑った。
主に倫理的な理由で。
「で、でも。ドロボーは」
「さとりの巨人にも変化が必要よ。彼は100年逃げ回った。そろそろ、風向きを変えてあげてもいいんじゃない?」
「そんな」
「良い方か、悪い方になるかはわからないけど。さとりがない世界というのも、見せてあげても」
欺瞞だ、とゆゆねは思った。
だが。
依頼だ。冒険だ。
報酬と経験が得られるなら、君たちは進むべきだ。
「はい、盗みましょう」
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