第40話

「あなたはまったく」

ヤシャが倒れたゆゆねの横に座る。

「濡れたいまつで走り回ったり、太陽玉で自爆したり、滅茶苦茶ね」


えへへ、とゆゆねは笑った。

「私、へっぽこですから。頭も腕もない。なら、出せるものは絞り出さないと」

体に力を入れる。ダメだ、まだ立てそうにはない。

「汗でも、涙でも、血でも」


ガジュマルが鼻を鳴らす。

「いい肝だ。しかしよく耐えらえたな。ゴーストにあれだけ憑かれたら、ふつう廃人だ」

「なんか、行ける気がしたんです。それに、聖水も浴びておいたし」


「ふむ」ヤシャが金の目を光らせる。「確かに、汚染は軽いものだわ。これくらいなら時間で治る」

「ふむ」また唸る。「魔力抵抗力が違うせいかしら。マナの加護がないから……」

まあいいわ、とヤシャは首を振った。


「討伐は済んだ。死王の部位も回収」

ぱん。ヤシャは手を叩いた。

「依頼完了。帰還しましょ。もうお墓はうんざりよ」


ゆゆねは倒れたまま、拳を上げた。

「やった」うなずく。「やったー!」


「オレも気が滅入ってたところだ。早く帰ろう」ガジュマルはゆゆねの脇にかがむ。「で、どうする。まだ歩けないだろ」

「ムリっす」

「プランは二つだ。気付け薬を飲んで騙して歩く。恥はないが、あとの疲労は倍だ」

「それはちょっと。えっと、恥のある方は?」

「仲間に担がれる。前みたいに、オレがおぶる」


おんぶ、とゆゆねの頬が熱くなる。

だが、その熱さが嬉しかった。

ゴーストに冷やされた心が、温まっていく。


「じゃあその」ゆゆねはもじもじした。「悪いんですけど、仕方ないですよね」

「おぶるか」ガジュマルが言った。

「はい。ぜひ。つつしんで」


―――――――――


地下墓地をあとにする。

外は夕焼けだった。


「あっ、晴れましたね」ゆゆねはガジュマルの上で、空を仰いだ。

「本当ね。やなぎ谷で雨が引くのは珍しい」後ろのヤシャが言う。

「幸いだな。濡れんのは嫌いだからよ、猫は」ガジュマルがよいっと、ゆゆねを背負い直す。


「……」

その背の上で、ゆゆねは考えた。

今回の敵の老人。ダークエルフの死人使い。

彼は猫人を憎んでいた。

憎んで呪って、あんな化け物になっていた。


前にヤシャから聞いたことを思い出す。

ダークエルフは奴隷の反乱に遭い、全滅したと。

つまり、だから。


「ねこさんは」ゆゆねは言う。「ヤシャさんは」

「ん?」ガジュマルが応じる。

「なに」ヤシャが応じる。

「二人は……いえ」思った言葉を、ゆゆねは変えた。「すごく仲良しですよね」


「ああん、なんだそりゃ」

「大丈夫? 疲労が大きいの?」


いえ、いえ、とゆゆねは繰り返した。

「うん。私たち、パーティです」


ゆゆねは顔を、ガジュマルの背に埋めた。


かつて、おぶってくれた人が一人いた。

たくましく優しい姉。ねねか。


私は常に守られ、温かくて、甘えていた。

きっと重荷だった。

だからあの人は、……去ってしまった。


けれどここでは違う。

私は守ってくれる人を、守る。

今回の依頼。

どこまで出来たかはわからないが、少しは頑張れたと思う。


初めてガジュマルさんに背負われたときより、私はちょっとだけ変わったと信じたい。

良く、変化したのだと。


ちょっと、ちょっとずつ。強くなろう。


姉に再び会った時、どうだ!と胸を張れるように。


「……待っててね、お姉ちゃん」


ゆゆねは太陽の匂いのする背で、眠りについた。

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