第39話

しねしねしね。

ああ、だから言われた通り。

ぶすぶすぶす。

知ってるよ、自分が一番。

ごみごみごみ。

うん、安心して。ゴミ箱にいるから。


「ぐぅぅぅ……!」


ゴーストがぶつかる度、心が軋んだ。

魂にヒビが入っていく。


トラウマは生々しく何倍にも。

絶望が、恥辱が、悲嘆が、憎悪が。

人格がマイナスで満ちる。


――これが汚染か。


すさまじい。

精神が切り刻まれる、脳が犯される。


ゆゆねは知らず、地に伏した。


寸前の覚悟も決意も、まったく足りなかった。

これは気持ちの問題などというレベルではない。

肉体の拷問と、なんら差はない。


でも、と。どこか遠くにいるもう一人の自分はつまらなそうにしていた。


――こんなの大したことないじゃない。


私は勇気で抗うつもりだった。

マイナスが襲うなら、プラスで。

温かさで、冷たさを。


けれど違う。

まだ私が理性を保てているのは、私の本体がマイナスだからだ。

がらんどうの穴。

穴をいくら罵ろうと、意味はない。


苦しくて、恥ずかしくて、悔しくて。

それで死ぬなんて。

ええそんなの、もう知ってるわ。


アンデッド。死にぞこない。


そうね、まったく。本当に、そっくりだわ。


しねしねしね。

ぶすぶすぶす。

ごみごみごみ。


リピート。リプレイ。

怨念がナイフになって身を抉る。


「……うるせぇよ……」ゆゆねは地にうめいた。「何度も何度もよぉ!」


ぞぉん、すべてのゴーストがゆゆねを抱いた。

それをしっかりと確認してから、ゆゆねは右手に持ったアイテムを地面に叩きつけた。


光あれ。

はじまりの陽が、部屋に満ちる。

すべてが白になる。


「チィィィィィィイイィィ!!!」


ゴーストたちは焼け、もがき、消える。

わずかな灰が、宙に残って、落ちていく。


「ざまぁみろ!」

ゆゆねは地べたで、砂をかみながら叫んだ。


使ったアイテムは太陽玉。

もっとも清浄な明かり、曙光を封じた爆弾。

祈りの業、セインライトやホーリーボムに近い。


「ギィィィィィィィ!!!」


まだ悶えるものが、一人。

ダークエルフの老人だ。

顔を庇ったのだろう腕から、白い炎が燃えている。


「影針、七つ裂き!」


ヤシャが吠える、杖を回す。

老人の足元で黒い煙が沸騰する。

それは編まれ実態を持ち、七本の槍となって老人を穿った。


「逝け、じじい!!!」


ガジュマルの手に、光るもの。

聖水瓶だ。

大きく振りかぶり、槍で縫われた老人に至近距離から叩きつける。


「ギィィイィィィィイ!!!」


老人の肌は煮え立ち、ボトボトとその身体から肉が落ちていく。

ついには、槍で固定されたわずかな胴体と頭だけが残った。


「アーニーアーヌーアー」


老人はあえぐ。

魔術を紡ごうとしているのか、ただ痛いのか。

それともなにかを呪っているのか。

ゆゆねにはわからなかった。


「はぁ。ここまでね、死人使い」

ヤシャが磔刑の老人に歩み寄る。左手を二人の目線に上げた。

「魔石を抜くわ。遺言はある? かつての王として覚えておいてあげる」


「あぁあぁあぁあぁ」

老人は目から鼻から口から、得体のしれない液を流す。

「憎いんだ、悔しいんだ、悲しいんだ」

彼は吐き出した。

「故郷。ぜんぶ在ったのに、ぜんぶ奪われた。妻が、娘が、友が、民が」

ぐっと顔をあげる。小さくなった体で、ガジュマルを精一杯にらむ。

「お前たちが。貴様らが。猫ども、猫ども、猫ども」


「そう、そうね」

ヤシャは銀髪を流した。

「わかった。うん、わかるよ。憎いだろう。ええ。私も、許したことはない」

彼女は腕を水平に、老人の胸に向ける。

「眠りなさい。我が臣下よ。この間違いは、私が引き継ぐ」


ぐさり。

ヤシャの手が、老人の胸に沈む。

そして力がこめて中の臓器を握り、引き抜かれた。


「あぁあぁあぁあぁ」老人が崩れていく。最後に「姫よ。ミティアに栄光を。カランカに滅びを」と託し、滅んだ。


ヤシャは引き抜いた手を見る。

赤黒い宝石が握られていた。

ヤシャはそれに小さくなにかを呟いたあと、懐にしまった。


「……勝った」


ゆゆねは安堵し、緊張を解いた。

そのまま、地面に身をあずける。

HPもMPも空っぽだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る