第36話

「ヤシャさん、加勢に行ってください。ガジュマルさんの」ゆゆねは立ちあがった。


ヤシャは前を睨んだまま「まだ無理よ。もう少し敵が減らないと」と強く言った。


「攪乱します」ゆゆねは半ばどなった。「アンデッドを、怖がらせます」


ヤシャはやっと後ろを見た。

「考えがあるのね」

「はい」

「よく考えた? 無鉄砲じゃない?」

「はい、考えました」

「なら、信じる」


ヤシャはさっと、杖を地面から離す。

ベールが薄れていく。守りが消える。


ゆゆねは深く吸い、肺をいっぱいにする。

ヤシャの動きを見る必要はない。

彼女は前へ出る。伴侶を守るため。


私は、横だ。

走れ。


ベールがなくなるきわ、ゆゆねは駆けた。

低く、走る。


歩くのさえ、やっとの私だ。

みっともなく、不格好なフォーム。

手足が、上半身と下半身の連携が悪い。

でも、覚えろ。ここは死地だ、きっと経験値も多い。


駆けてすぐ、腕をさげた。

濡れたいまつで、地面を撫でる。


走る。

矢がかすめる。

死が、数センチ横を抜けていく。

怖い。

だから、お前たちも怖がらせてやる。


火のラインができる。

濡れたいまつが燃える線を描いていく。


ゆゆねは壁にぶつかった。

もっとだ。

ターンして、もっと燃やすんだ。


「ぐぅ!」


矢が刺さった。ゆゆねの左肩に。


ぶらぶらと異物の不快感、痛み。

ゆゆねは顔を歪ませる。

だが、下は見なかった。


幸いだ。肩はまだ防具が厚い。

それに左なら、これからの仕事に支障もない。


ぐっと、ゆゆねは歯を食いしばる。

抜け、これは邪魔だ。痛みより、重さが邪魔になる。

抜け。


左肩に刺さった矢を、左手で抜く。

脳が、スパークする。

経験のない電気信号、なんなら刺さった時より激しい。


だが、走るのだ。

その激痛を起爆剤に、ゆゆねはまた駆けた。

また横へ。炎のラインを走らせろ。


二重に、三重に。

部屋を燃やせ。輝かせろ。


「はぁはぁ」


気付けば、矢は止んでいた。

火炎の威嚇が効いたのか、それともガジュマルたちの戦いが終わりに入ったのか。


わからない。

ゆゆねはがくっと、せめて火炎の壁が目隠しになると祈って、倒れた。


―――――――――――――――――


「お前は無茶するな」


頬を叩かれる。

ゆゆねが目を開けると、ガジュマルとヤシャが見下ろしていた。


「済んだんですか」息を吸って吐いて。やっとゆゆねは言った。

「ああ、お前が無茶苦茶したからな。だいぶ倒しやすくなった」

「ふふっ。明るくなったでしょう」


「ええ」ヤシャが言った。「助かったわ。魔術は距離。こと暗闇では、効果が半減する」

「そこまでは考えませんでした」私はただ、とゆゆね。「びっくりさせてやろうって」


「アンデッドは火を恐れる。ステイタスで読んだの?」

「いえ。このたいまつを買ったときに、双子さんに」


ゆゆねは起き上がり、自分の武器を見る。

濡れたいまつはもう、か細くくすぶっているだけだった。


「効果切れ、ですね」


ゆゆねは濡れたいまつを捨てる。

うん、奮発したかいがあった。


ガジュマルの笑い声。

「ああ、ビビった。なにごとかって。オレもガイコツどももポカーンとしちまった」

「ガイコツ。敵はガイコツだったんですか」

「スケルトン兵だ。奴らはアンデッドの中では芸達者でな。剣、槍、弓。なんでも使う」

「弓」


すごいな、とゆゆねは思った。

私はどの武器も、まだ全然使えない。

剣もたいまつも、振り回しているだけだ。

弓なんて、とてもとても。


「私も飛び道具は欲しいです。まだ役立てそうです」

「人間は投擲に優れる。物を正しく遠くに投げれる」ただ、とガジュマルは言う。「お前の体躯だと、限界があるな」

「鍛えます」

「もちろんだ。だが、高い領域には至れない」


ガジュマルははっきりと言った。

ゆゆねは下を向きそうになるが、こらえ「考えます」と答えた。


「そうね」ヤシャが呟く。「あなたは指先は繊細だし……そうね」

「えっ。やっぱり魔術を」ゆゆねは希望を持って、ヤシャを見た。

「それは無理。前も言ったけど、魔石が体内にない」

魔石。魔術行使の核になるという臓器だ。

「うぅ、ファンタジー世界なのに」

「でも。考えておくわ。あなたの飛び道具については」

「は、はい」


軽く手当てをする。

ゆゆねは自分で気づいた以外にも、2本の矢を受けていた。

運よく、防具(ハードレザー)のおかげで軽傷だった。


ヤシャとガジュマルも傷を負っていたが、こちらも軽いものだった。


ゆゆねは作業しながら「ヒーラーが欲しいですね」と言った。「回復役ですよ」

ついでに、出来ればかわいくて優しい女の子がいいなと思った。


「祈り手か」ガジュマルは包帯を口で締める。「大半は聖会に属するからな。冒険者になる奴は少ない」

ヤシャがうなずく。「補助として修めている人は多いけど。専属は少ないわね」


しかし、ゆゆねは夢見てみた。

戦士のガジュマル、魔術師のヤシャ、まだ見ぬ聖職者の女の子、そして盗賊の私。


「うふふ」


まるで魔王に挑む勇者のパーティだ。

いつか、いずれ、きっと。

理想のパーティで、お姉ちゃんを。


妄想に近いものだったが、勇気が出た。

よし。


「行きましょう」


ゆゆねはガジュマルから、通常のたいまつを受け取った。

シーフはいつだって、先頭なのだ。

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