第34話

通路を進む。


げっげっげっげっげっげ。

げっげっげっげっげっげ。


なにか聞こえる。

進むごとに、はっきりと。


ゆゆねは開きかけた口を閉じた。

後ろの二人に伝えようかと思ったが、余計なことだ。

私が聞こえているのだ、ずっと強い二人が捉えていないわけがない。

ここは隠密を重視すべきだ。


腰を下げ、ぬき足さし足しのび足。


通路が終わる。

また石室。前よりは大きい。

部屋は四隅の燭台に照らされていた。

中央に石のテーブル。

いや、ゆゆねにはベッドに見えた。

だってその上では人が。


「オレが出る」そっと声、そっと背が引かれる。


げっげっげっげっげっげ。


ゆゆねは、性交しているのかと思った。

黒衣の女性が、横臥した巨体の上で悶えている。

だから、交わっているのだと。

でも、違うとわかった。

辺りに散る黒いもので。

それは肉で、骨で、毛で、血で。


「……食べてる……」


ゆゆねの喉が酸っぱくなる。

しかし耐えた、飲み込んだ。


私は冒険者だ。ガジュマルさんとヤシャさんの仲間なんだ。

歩き、見て、越えていける。

それを思い出し、怯える本能を叱咤した。


ガジュマルに引かれた背を前に出す。

私がやる、と動きで伝えた。


ゆゆねは部屋に入った。


観察する。

テーブルの上の女性は人ではなかった。


変色した灰色の顔。抜けたまだらの髪。ただ黒い眼孔。

理性のかけらとして黒衣をまとていたが、それ一枚で、下は全裸だった。

ボロ布からのぞく全ての肉は、ひからびていた。


これが亡者か、死人か、死者か。

アンデッドというものか。


人間が、なれ果てたもの。


「うん」


ゆゆねは目を細めた。

嫌悪はあった。

グロテスクでホラーで、気持ち悪い。

当然だ。

けれど、同じくらい。いえ、もっと。


「可哀そう……」


そう思った。

死は悲しいけれど、どこか逃げ道であってほしかった。

救いがあるのだと、もう頑張らなくていいのだと。

眠れるのだと。


けれど目の前の女性の有様は、その全てを否定しているようだった。

なにかに怒って肉を食い、泣きながらそれを飲み込んでいる。


ゆゆねは濡れたいまつを構えた。


「塵は」背後に忍ぶ。「塵に」

ぐっと、息を溜めた。

「灰は」振りかぶる。そして吠えた。「灰に!」


「アアアアアアアアアアア!!!」


炎上。石室が揺らぐ。

ゆゆねの濡れたいまつが、亡者の胴を打った。

朽ちかけだった黒衣はすぐ落ち、亡者は裸になった。

一撃、二撃、三撃。

ゆゆねは濡れたいまつを何度もその体に突き出す。


あの双子の店主が言ったように、濡れたいまつの火は、打撃した場所に残り続けた。

打つ。

まだ火の点いていない場所を、炎で覆い尽くすように。


「ガアアアア!!!」


ゆゆねが転倒する。亡者に殴られた。

いや亡者に攻撃の意図はなかったのかもしれない。

悶え暴れ狂い。振り回した腕が、ゆゆねを打っただけだ。


濡れたいまつを突き出しながら、ゆゆねは立つ。

まだだ、もっと燃やさないと。


「十分よ、ゆゆね」前に急くゆゆねを、ヤシャが引いた。「観察して、あなたの権能で」


ゆゆねははっとして、ステイタスを開いた。

敵の状態を読む。


「……5、4、3」


敵の残りライフだ。

真っ赤な表示。滅びのカウントダウン。


「……1、0」


亡者はぴたりと暴れるのをやめた。ぱたん。膝を折り、倒れる。

あとはいくら炎がその体を焼こうと、痛がることはなかった。


「よくやった」ガジュマルがゆゆねの肩を打つ。「不意打ち、暗殺。シーフの大手柄だ」

「大手柄」


ゆゆねは燃えるものを燃やし尽くし、小さくなっていく火を見る。

素直には喜べない。

歩きキノコ、ゴブリンときて、今度は元人間だ。

ひとつ境界を越えてしまった気がする。

だが。


「はい。……お手柄、ですよね」


そうだ。

傲慢であろうと、決めたのだ。

この世界では、自分のために他を踏み越えると。


ゆゆねは笑った。

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