第33話

火を灯す。

双子のお店で買った、濡れたいまつに。


「もったいないな、いつものランタンでいいだろ」

普通のたいまつを左手にガジュマルが言う。猫の目の彼が灯りを持つのは珍しい。


「せっかく買ったんですし、こういうのは使わないと覚えません」

ゆゆねは反論した。それに、と続ける。

「私の下手な剣より、こっちの方が強そうです」


「自分でベストだと思うなら、それでいいわ。確かに、光源の扱いは覚えた方がいい」

ヤシャは杖先に魔術の光を灯す。

「でも採算も考えてね。あなただけのお金ではないのだから」


三つの灯りが、石の通路を照らす。

ガジュマルは一度外の明かりを見てから、奥の闇に向いた。


「じゃあ頼むぜ、シーフ。先導してくれ」

「はい」うなずいて、ゆゆねは一歩出る。「そういえば、見張りとかはいませんでしたね。アンデッドは……」

「ええ。そういう知性がないことも多い。特に下級のゾンビとかウィスプは」とヤシャ。「本能のみ。食欲に似た憤怒と。性欲に似た悲嘆。それだけよ」

「親玉がいなければな」ガジュマルが言う。「リッチ、ワイト、ヴァンパイア……一番多いのは、ネクロマンサー」

「ネクロマンサー」ゆゆねはステイタスの図鑑を思い出す。「悪い魔術師ですよね。死霊術師、死人使い」

ヤシャが杖を立てる。「別に悪いとは限らないわ。正しく死者と語り合う者もいる」まあでも、と続けた。「そうね。今では己のことしか考えないものばかりだわ」


三人は歩く。

小さな石室に出た。


ゆゆねは濡れたいまつを振る。

壁には棚のように四角い穴が掘られ、その多くには大ぶりなツボが置かれていた。


「これは……骨壺?」お墓にある壺。ゆゆねはそう推測した。

「そうね、棺の一種よ。灰の民の埋葬方法ね。彼らは火葬を好んだから」ヤシャは壺をのぞく。「本来は、遺灰が収められている」

本来は、と聞いてゆゆねも中を見た。「ない……空っぽです。どれも」

「起きてしまったのよ。眠るべきものが、眠らずに」

「アンデッド」


命なく、心なく。

死ぬことを忘れた魔物。

死者、亡者、死人。


この世界にきて、短いながらも色々見たゆゆねだが。

骨や幽霊が動き回っているのはまだ信じ切れなかった。


「そんなにこわばるな、ゆゆね。奴らはのろい。ここの汚染具合なら、前のゴブリンと大差ない難易度だ」ガジュマルが励ますように言う。

「は、はい」ゆゆねは出来るだけ明るく応じる。とはいえ、お化けはホラーで怖い。


石室を出る。

細長い通路が続く。

一列で歩かなくてはならない。


「こういう道では」真ん中のガジュマルが先頭のゆゆねに言う。「オレが先頭のことが多かった。不意打ちに慣れてるし、夜目も効く」

だが、と続けた。「ずっとそれじゃ、お前はシーフになれん。だから、任せる」

「はい。任されました」ぎゅっと、ゆゆねは濡れたいまつを握った。

「やばかったら、しゃがめ。お前を飛び越えて、オレが出る」

「しゃがむ……しゃがむのは得意です」ゆゆねは微笑んだ。歩きキノコとの戦いの秘策だった。

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