第32話
やなぎ谷。
水害の多い、湿った土地。
その奥。
苔むし、ツタが這う穴。
墓所、霊廟。
失われた王国の、尊い墓。
まさに地下墓地(ダンジョン)。
「寒い」
ゆゆねは体を抱く。ローブをかぶり、てるてる坊主のような見た目になっていた。
天気は雨。
強くはないがじっとりと、ずっと。
この土地に入ってから、一度もやまない。
「休憩する? ゆゆね」
先頭をいくヤシャが振り返る。
「大丈夫です。まだ」ゆゆねは額につく髪を拭う。「なんだか動いてくれるようになったんです、私の足」
なぜだろう、とゆゆねは思う。鍛えたなんていえる時間は経っていない。
「体力、筋力も大事だが」後ろからガジュマルの声。「ボケてた手足が働くこと思い出したってのが大きい。脳みそが起きたんだよ」
「そっか、私。この世界にくるまで」いつもイスの上、ベッドの上だった。
「人間種は本来、持久力に優れる。長く遠く歩く者。他の誰もが疲れ果てても、お前たちは歩き続ける」
「適性……でも、ねこさんを超えられるとは思えません」
初めて会った時、自分を抱えて山を走ったガジュマルを忘れてはいない。
「オレは猫人の中では体が太いからな。体力はある」だが、とガジュマル。「良いことばかりじゃない。速さや身のこなしは犠牲になってる」
「私が貧弱だったからね」ヤシャが言った。「荷運びや追跡はガジュマルにやらせてきた。ずっと二人だったから」
猫は笑った。「なに。代わりにも本を読まなくて済んだ」
ゆゆねはなら自分が、と考えた。
私は鍛えたところで、読書も歩荷も二人には及ばないだろう。
でも、ちょっとずつ補うことはできるんじゃないか。
雨の谷を行く。
ゆゆねが雨合羽にしているローブは宿の冒険者のお古だ。
元は防水だったそれも、今はほころび、水がしみる。
でも、ないよりはいい。
強くなろう、ゆゆねは思った。
初めはお姉ちゃんに会うためだけだった。
でも今は、この世界をよく歩きたくなった。
ガジュマルさんとヤシャさんと共に。
鍛えよう、学ぼう、稼ごう、揃えよう。
私は冒険者だ。風の子だ。
お墓が見えた。
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