第31話

『ふたば屋』

カラフルな看板にはそうあった。


「こんにちはー……」


ゆゆねが扉を押して通ると、からんと鐘の音がした。


彼女は店内を見渡す。

小瓶、大瓶、紙片、本、ロウソク、草、花、根。


色とりどりの雑貨たち。秩序ある無秩序。

ゆゆねには元の世界の画材屋さんを思い出させた。


「「ようこそ。 お初の方」」


声がした。

正面のカウンターからだ。

だが、人はいない。


「あの」ゆゆねは戸惑い一歩。

「「珍しい。マナなき子。何者か」」


みょんと。カウンターからふたつの頭が現れる。

赤の帽子と髪、青の帽子と髪。

原色が囲う幼い顔。


「えっ」

ゆゆねは驚いた。

特徴となる色が違う以外、瓜二つの顔だった。

幼さで性別はわかりづらいが、ゆゆねには女の子に見えた。


「「その貌。東国の者とみる。しかし、風も火も纏わぬな」」


二人は卓の裏から出て、左右からゆゆねに迫る。

小さい。

初めて二人は全身を見せた。その体躯も動きも鏡に映したかのようだった。

双子なのだろうか、とゆゆねは思った。


「こ、こんにちは」ゆゆねは言い直し、「私。冒険者のゆゆねです。新入りです。ヤシャさんに紹介されて、このお店にきました」と一気に自己紹介した。


「「ほう」」双子は同時にうなずく。声さえ重なっていた。


「「闇姫の友か。これは大事にせねばな。して、何を求む?」」

「えっと」いきなり訊かれ、ゆゆねは停止してしまう。

「「我らは店。旅の万事屋。君は買い、我らは儲ける」」当たり前だろう、と双子は互いを見た。「述べよ」「語れ」


ゆゆねはそうだ、と頭を切り替える。

奇妙な子供たちに驚いたが、私はただ買い物にきたのだ。


「アンデッドです。今度、アンデッド退治の依頼を受けたので、役立つものを見せてくれますか」

「「死の徒か。あれは臭い。肉はもちろん、魂さえ濁って爛れて膿んで」」なあ、と双子は見つめ合う。「げーだ」「べーだ」


苦いものを噛んだように、双子はそっくりの表情をする。


「「相解った。品を用意しよう。お主は腰かけ待つがよい」」


双子は店内に散り、物をひとつ取ってはカウンターに置いていった。

どことなく、働きアリに似ていた。

ばらばらに動きながらも、言葉なくとも、互いの考えがわかっているような。


「「よいか。よいな。うんうん」」


双子はゆゆねを左右から挟んで椅子に座った。

てっきり向かいに座ると思っていたゆゆねは縮こまった。


「「お嬢さん。マナなき子。お主の場数はいかほどか?」」

「えっと、経験ですか? 依頼を2つだけ。キノコ狩りと、ゴブリン退治です」

「「ほう。初々しきな。だが第一歩は済んでいる」」双子は言う。「小さいが」「大きいな」


「「だがアンデッドは、森人とも小鬼とも違う。彼奴らは死王の子。濡れ呪われたもの。吐瀉物に、排泄物に」」

「汚染。ですか」

「「しかり。汚染は肉を、心を、場を、時を。腐らせる。どうしようもないほどに」」


双子は卓の左端、一つ目の品を指す。白い蓋の小瓶だった。

「「だからまずはこれ。初歩にして万能。聖水なり」」

「聖水」

「「己の身に降れば、呪いを遠ざける。刃に塗れば、ゴーストも斬れる。贅沢だが、そのままぶつけてもよい」」


なるほど、とゆゆねはうなずく。万能だ。


「「次は火だな。アンデッドは火を嫌う」」

双子は真ん中のたいまつの束を指す。

「「火は熱く動くもの。死は冷たく止まるもの。北と南。白と黒。相反す」」

右側。赤色の子が束の中から銀のラインが走ったたいまつを持つ。

「「ただのたいまつでも有効。だが、この濡れたいまつを勧めよう」」

「どう違うのでしょうか」ゆゆねは値札の違いから、尋ねた。濡れたいまつの方が5倍はする。

「「これはぬめり火を宿す。撫でて点いた火がまとわりつく。こと、実態あるアンデッドにはてき面」」

「ふむ。でもちょっと……」やはり値段が、とゆゆね。

「「高いのは承知。しかし良きたいまつは万能なり。アンデッド以外にも役立つ」」双子は言う。「一考せよ」「熟考せよ」


双子は左端の品を指す。

手のひらに収まるほどのガラス玉。中で粒子がキラキラしている。

ゆゆねは、スノードームに似ていると思った。


「「これは太陽玉。曙光の爆弾」」

「ば、ばくだん」爆弾とかあるのかこの世界、とゆゆねは引いた。

「「破裂すると、はじまりの朝日が周囲を裂く。並のアンデッドの郡れなら、一撃なり」」

双子は指で玉を転がす。

「「セインライト。聖会の祈りに近い。これは一回限りゆえ、より適格な判断が要るが」」双子が玉を突っつき合う。「慎重に」「大胆に」


並んだ品の説明は終わった。

双子はゆゆねの隣から離れ、ようやく卓の向かいに座った。


「さて」「はて」双子が互いの右手と左手を絡める。

「「お嬢さん。いかがかな。どれも良き品。きっと助けになる」」

「うーむ」


ゆゆねはポケットの中のお財布を握る。

中には500銀。

細かい物価は違うが、ゆゆねの元の世界でいえば5万円くらいになる。


「「よく考えよ。これが最後に買い物にならぬようにな」」双子の店主は笑った。


うーむ、ともう一度ゆゆねは唸った。


――――――――――――――――


「50点」


ヤシャは並んだアイテムを見て、ゆゆねに言った。


ゆゆねは手をこねる。

「ええと。それは何点満点なのでしょうか?」

「100でよ」

「ええと。それは高いのでしょうか、低いのでしょうか」

「真ん中」

「でも双子さんのおすすめですよ。備えよ、揃えよって」

「これは万端過ぎるわ。買いすぎよ。私たちはエクソシストじゃない。使うアイテムの方が報酬より高くてどうするの?」

「うっ。それはそうですね」

「まあいいわ。まずは経験を重視しましょ。採算は追々取り戻す」

「……はい」

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