第29話

「おー! よちヨチよちヨチ!」

「あぅあぅ」


冒険者の宿『夢見るもぐら亭』

亭主がゆゆねの頭をわちゃわちゃと撫でる。


「がんばったー。エライヨー。もうレベルアップも目前だヨー!」

「レ、レベル?」


そういえば、とゆゆねは亭主から逃げ、ステイタスを開いた。


「ガジュマルさんが68。ヤシャさんが64」ちなみにゆゆねは5だった。

「ふつうのゲームだとお二人は十分高レベルに見えますけど、この世界の基準だとどれぐらいになるんですか?」


「れべる? らべる? なんだそれ?」

ガジュマルは知ってるか、とヤシャに訊く。

「わだつみ衆の言葉ね。強さを数字で表したものよ。私も詳しくは知らない」


ゆゆねは手で、メモリを表現する。

「ステイタスの機能にあるんです。仲間や、よく見た敵はレベルがわかります」

ゴブリンは3から10だった。歩きキノコは15あった。


「強さねぇ……そんなもん大体の勘でいいだろ」ガジュマルは耳をかく。「日によっても違うだろうし、数字でぴたっと決められるもんなのか?」

「ステイタスは万象を言葉で捉える技ヨ」亭主は言う。「でも言葉とはゆらぎを切り捨てて表現されるモノ。こんなモン、あんなモンの方が正確だったのに、10とか20、AランクBランクとかで括っちゃうネ」

「信用しすぎるのも危険ね」ヤシャはゆゆねを見た。「数字は数字。感覚は感覚として大事にしなさい。でもまあ、便利なものだわ。一定の目安にはなる」

「はい」ゆゆねはうなずく。「使いこなせるようにします」


ヤシャはゆゆねに、近くの客や冒険者のレベルを尋ねた。

それらを集め、だいたいの基準を計った。


「ふむ」ヤシャが唸る。「一般人から駆け出しの冒険者がレベル1から30くらい。中堅や熟練は40から60くらい。それ以上はここにはいないけど、達人や英雄は70から100と予想するわ」

「私のレベル5って低いですよね」とゆゆね。


「ただの女の子だもの。でも、あなたは装備が特別だから、見かけ以上の能力はあるわ」

装備。ステイタスやスフィアのことだろう。


ガジュマルが腕を組む。

「大事なのは場数だよ。お前はもう二度、依頼を成功させた。これは幸運なことだ。初めての依頼で命を失う冒険者は多い」

彼は続けた。

「レベルだのなんだのは知らんが、殺し合いを生き延びた回数ってのが、オレは一番でかいと思ってる」


そうね、とヤシャが言う。

「生き延びることよ、冒険者に最も求められる能力は。私たちは騎士ではない、英雄ではない。時には負けていい、逃げていい。まず死なないこと。惨めでも、馬鹿にされても、生きる」


「……生きる」ゆゆねは繰り返し、うんと頷いた。

「私。行けるところまで生きます。この世界では私……」

ゆゆねは眠っているスフィアを抱いた。


「あなたほどの魔物鑑定を持つものはそういない。存分に活用しなさい」

ポンと、ヤシャはゆゆねの額をついた。


ゆゆねは苦笑した。

「はい。ずるですけど、チートですけど」

「いいのよ。みんな大小なりずるしてるわ。私の瞳も、ガジュマルの足も、努力だけでは得られない」


ゆゆねはずっと訊きたかったことを口にすることにした。

「ヤシャさんはダークエルフですよね。それで……ステイタスにはお姫さまだって。その、本当なんですか」

ちなみにガジュマルは奴隷騎士とあった。これもよくわからない。


ヤシャは目を細める。

「ええ。ええ。本当よ。そうね、もうチームだものね、簡単になら話してあげる」


ヤシャは黒い指を組む。

「私は西方の影の国の姫だったわ。けれどね、その国は奴隷の反乱が起き、滅んだ。私は命からがら逃げて、この風の国に来た。ダークエルフの大半は、その時に死んだ。たぶんもう、数えるほどしか残っていない」

悲しいわ、と彼女は言った。

「反乱者たちは小石の裏さえ確認して、ダークエルフを殺していったわ。彼らの憎悪から逃げるのは、大変だった。だからお姫さまというのは事実だけど、間違ってるともいえる。私を王族とする民は、もういないのだから」


「まあ一人……」ヤシャはガジュマルを見た。「いまだにご主人さまだとか言って、ついてくる猫はいるけど」


言われた猫人はそっぽを向いた。

「別にオレは姫とか王とかは知らん。守りたいものに守られるため。自分の気分のいい場所を選んだだけだ」

「そう」と言って、ヤシャは目を閉じた。「そうね」


ゆゆねはそんな二人を見て、クスリと笑った。

二人だけが知る暖かいものの欠片に触れられた気がした。

互いを堅く思うこの二人になら、私はついていっても大丈夫だと思えた。


「愛……なんですかね」

「はぁ?」

「はい?」

「いえいえ、なんでもないです!」


ゆゆねは睨んできた二人に手をぱたぱたと振った。


そうだきっと、この世界なら。

私は大丈夫だ。


ゆゆねはスフィアを優しくなでた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る