第28話
「さて。探索再開だ」
ガジュマルがゆゆねを見る。ゆゆねの傷を。
「だが。しんどかったら、残りはオレが……」
ゆゆねは首を振った。
「大丈夫です。やれます。やらさせてください」
「そうか」
なら任せた、とガジュマルはうなずいた。
貯水槽を調べる。
防水の施された空間はのっぺりとただ白く、調べるものもなかった。
「一本だけですね、奥は」
そこは戦いのとき、光球が発射された地点だ。
敵はたぶん、水が引いたのを見て、この奥から出てきたのだろう。
「ガジュマルさんたちの相手は、あの死体だったんですか?」
ゆゆねは後ろを見る。
灯りの端が、横たわる3匹を照らしている。
「2匹は……大きいですね、人間の男の人よりあります。これもゴブリンなんですか?」
「ああ」ガジュマルが応じた。「ホブゴブリンっていう。古い血が濃くでた個体だ。同じ群れに2匹以上いるのは珍しい」
「もう1匹は。体は普通ですが、ローブなんか着てますね」
「こっちはシャーマンだ。ゴブリンシャーマン。呪術を扱える。もっと珍しい」
「まだ上位のゴブリンはいるけど」ヤシャが言う。「この規模の群れだったらシャーマンが首領で十分よ。十分すぎるぐらい」
ふむ、とゆゆね。あとでステイタスの図鑑をよく読んでおこうと思った。
念入りに貯水槽をもう一周し、奥への道の前に戻る。
「見落としはなさそうです。先に進みますね」ゆゆねは二人に伺った。
「ああ」
「ええ」
奥は階段だった。上る。
乾いた地面に触れた。小部屋だった。
ライトをかかげ、見渡す。
「もう先はなさそうですね……あっ」
思わず、ゆゆねは踏み出す。
そして壁にいくつも吊るされたそれに触れた。
「スフィアだ。いっぱい」
ハンガーのように並んだ白いボール。
上下二列。奥の壁一面に20を超える数。
ゆゆねの背にあるスフィアと同じものだ。
「おお、すげぇな。古代機の卵みたいだ」ガジュマルが言った。「ゆゆね。お前はこいつらを使えるんだろ。一気に強くなれるじゃねぇか」
「……いえ」ゆゆねは首を振った。「死んじゃってるみたいです。どれも装備欄に補足できません。高度汚染のすえ、自壊した……と」
「汚染」ヤシャが呟く。「汚染のことは教えてなかったわね、ゆゆね」
「はい。それは――」
ヤシャはローブを整える。
「古代機はね、ねねかに従い、ある使命を帯びた。死王と戦うと。死王は極北の端切れにいた半神の王よ。ある時、自国民を食らい尽くして亡者となった。呪いの群れとなった彼は、生者の領地を襲った。ねねかはそれに立ち向かった。その際に古代機を兵として使った。生者は亡者の呪いに弱い。だから最適な選択だったわ」
けれど、とエルフは言う。
「呪いはいつしか、機械さえ狂わすようになった。人のために数多の亡者を倒した古代機は、汚染されてしまう。暴れ狂う怪物に成れ果てる。今では正常な古代機の方が珍しわ。――悲しいわね、彼らはとても優しい種族だったというのに」
「優しい……じゃあ、ここの機械たちは」ゆゆねはスフィアの亡骸たちを眺める。「自分で回路を焼いたみたいです。それって」
「ええ」ヤシャはうつむいた。「自決したのよ。まだ理性のあるうちに、人の害にならないよう、自らを殺した」
「自決」ゆゆねはぐっと、唇を咬んだ。「自殺」
するり。ゆゆねは背中のスフィアを前で抱く。
「この子は……じゃあ一人、死んだ仲間たちに囲まれて……」
「後期の古代機に、感情はない。汚染への耐性を高めるためにね。そのボールがどうなのかは、わからないけれど」
ぎゅっと、ゆゆねは頬をスフィアに押し付けた。
確かにわからない。だが、私を助けてくれた。
単なる装備とは、思えなかった。
「ゴザが何枚かあるな」ガジュマルが話を変えた。「さっきの3匹。丁度、シャーマンとホブの分だ」
「は、はい。他に道もありません。だから」ゆゆねはスフィアを背負い直す。「これで、この遺跡は完了です」
ゆゆねはステイタスの地図を確認する。
彼女の視界に、遺跡の図面が表示される。
隅々まで見てうなずいた。うん、不自然なところはない。
「大丈夫です。100%です」
「オレの鼻と耳もそう言ってる。ヤシャは?」
「異論はない。このタイプの遺跡なら、妥当なサイズだわ」
ゆゆねはヤシャを見る。彼女がリーダーだ。言葉を待つ。
「では、じゃあ」ヤシャが言った。「ゴブリン討伐完了よ。依頼人の村に戻りましょう」
「は、はい!」
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