第24話

竪穴のハシゴがあったところに戻ってくる。

左側には戦いのあった大部屋がひとつあるだけだった。


「残るは反対か。なんつーか、カビ臭いんだよな」

ガジュマルが鼻をならす。


ゆゆねを先頭に進む。

通路の両側に、扉が並び出した。


「ひとつひとつ見ていくわよ。施錠、罠、奇襲。すべてに注意して」

「はい」


計六部屋。

ゆゆねは集中して扉と相対した。

どの扉もカギはかかっておらず、罠もなかった。

それでも油断せず、中を確認していった。


すべて空だった。

空箱やゴザなど、意味をなさないものしかなかった。


「動きはよかったわ。音も少ない。やっぱりあなたは、細かいことが得意ね」ヤシャが褒めた。

「臆病ですから……」でも、とゆゆね。「いませんでしたね、さっきの戦いで全部倒しちゃったんでしょうか?」

「まだ道はあるわ。焦らないで」


通路の端にきた。

下り階段があった。

しかし。


「水が」ゆゆねは灯りをかざす。


階段は中ほどで、水没していた。

遺跡の闇をなお暗く、その内に溜めていた。


「どうする? オレは濡れんの大嫌いなんだが」ガジュマルがはぁ、と言う。


ヤシャが杖先で水面を叩く。

「私だって嫌よ。でも、調べないわけにいかないでしょ」

彼女も嫌そうにローブを脱いでいく。


ゆゆねも倣おうと装備を緩める。

が、壁になにかあるのに気付いた。

パネル、ボタン、エクスクラメーションマーク。


「これって」

読める、とゆゆねはパネルに近寄る。

裾でホコリを拭う。


この世界固有の言語や文字を、ゆゆねは最初から理解できる。

もちろん、本来は違う。

亭主によると、それは召喚時の付与効果のひとつらしい。

金の約定というものを介すことで、意味を受け渡しできているのだと。


だが、このパネルに書いてあるのは、正真正銘の日本語だった。

ゆゆねの故郷の言葉だ。


「どうしたの? あら、古代語ね」ヤシャがのぞき込む。「古代機たちの言葉だわ。訳すには高度な解読呪文が必要よ」


「私、これ」ゆゆねは文字をなぞる。「読めます」


「……それは初期機能によるもの? それとも――」ヤシャが目を細める。

「いいえ。エンチャントとかチートじゃないです。元の世界の言葉なんです、私の」


ヤシャが一歩引く。

どこか、その金の瞳には敵意のようなものが宿っていた。


「そう……あなたは本当にねねかの妹なのね」

「あの、私。なにか」

「ゆゆね。古代機や古代語を嫌悪するものは多い。逆に崇拝するものも。あなたがこの言葉をわかることは、秘密にしなさい。いらぬ争いを生むわ」

「は、はい」


いくつかの疑問はあったが、ゆゆねは飲み込んだ。

ヤシャの反応から、デリケートな問題なのだとはわかった。

今は敵陣の中。質問は、落ち着いた場所に帰ってからだ。


「とにかく。読めます。それで」

ゆゆねはパネルの隣のボタンを指す。

「水。階段に溜まった水ですけど、なんとかできるかもしれません」


「排水できるの? 遺跡の機能で? ……やってみて」


ゆゆねはパネルを読み直し、ボタンに指を置く。

押し込む。

たっぷり10秒、そのままホールドした。


階段の水に変化がおきる。

揺れ、泡立ち、そして水位が下がっていく。


ガジュマルが鼻を鳴らす。

「成功だな。お手柄だ、ゆゆね」

「は、はい!」


ガジュマルは行儀悪くしゃがみ、減っていく水を見る。

「猫人はな、特に濡れるのが嫌いなんだ。不快だってのも大きいが、戦力面でも害がある。毛は重く、髭は鈍り、耳は垂れる」

「乾かすにも時間がかかるからね。私たちの倍かかる」ヤシャが補足した。

「まあ毛皮種でも犬人はあまり気にしない。感情面のほうが大きいのかもしれん」

「犬……。犬の人もいるんですか」ゆゆねは見てみたいと思った。


話していると階段の水は完全になくなった。

よし、とガジュマルが立つ。


「さあ先導してくれ。我らがシーフよ」

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