第23話

部屋ではすでに戦闘が始まっていた。


武器を探すもの、そのまま自前の爪と牙で襲いかかるもの。

それぞれだったが、みな一様の結果を辿っていた。


腕が飛び、足が飛び、そして首が舞う。

二刀の猫人は、斬撃をまき散らし、ゴブリンを刈っていく。


あれに助けがいるのか、とゆゆねは思った。

ガジュマルの動きは、彼女が把握できる限界だった。

外から見てそうなのだ、正面に立つゴブリンたちはわけもわからぬだろう。


「ボケっとしない!」とヤシャがゆゆねの背を引く。

その眼前を、下からの刃が通り過ぎていった。


ゆゆねの前に、低くゴブリンが。

サビた剣を再び突き上げてくる。


「ひっ!」

ゆゆねは両腕で顔を覆う。

お粗末な防御。見なければ、いなくなるという幼稚。


「もう!」ヤシャの声。

ゆゆねが恐る恐る腕を下げると、目の前でゴブリンが歪な形で空中に固定されていた。

地面から生えた何本もの黒い槍で、貫かれている。

ヤシャの魔術だ。


「次は手助けしないわよ。己が身は、己で」

ヤシャが背を向ける。

彼女は跳ね、大きなテーブルの上に陣取る。

そこで登ろうとするゴブリンを杖で弾きながら、呪文の槍をばらまき始めた。


ゆゆねも剣を構え直す。

役に立つんだ、未熟な頭で考えた。

まずはヤシャさんを援護しよう。

ガジュマルさんは私が近づく方が邪魔になる。


ヤシャのいるテーブルに登ろうと、彼女の背後から迫るゴブリン。

ゆゆねには気づいていない。

チャンスだ。

無防備な背中に、ゆゆねは駆け出した。


躊躇はあった。自他への暴力の恐れ。

けれど森で歩きキノコを切り裂いた時の覚悟を思い出した。

――突け!

腰だめに、重さを乗せて。


ゆゆねとゴブリンは重なるように倒れた。


「いてて」

立ち上がる。停止した肉を押して。

地面には、ショートソードで腹を貫かれた死体があった。


「……やった」

剣を抜く、反応はない。やはり、死んでいる。


戦いが続く中、ゆゆねは死体を見る。

一秒か二秒の静止。


歩きキノコとは違い、ゴブリンは人に似ていた。

それを殺した。

心が少し濁った。重くなった。

内省にふけりたくなる。だが。


外界に意識を戻す。

ガジュマルさんが鉄の音を、ヤシャさんが魔の音を。

仲間が戦っているのだ。

仲間と呼べるものが、戦っているのだ。

なら、同じ重みを背負おう。


私は冒険者になったのだから。


――――――――――――――――


「ケガはないか?」

ガジュマルが二刀を拭ったあと、鞘に納める。


「何発か投石は。かすり傷だけど」

ヤシャが乱れたローブを整える。


「私は何度か叩かれました。でも斬れてはないとみたいです」

ゆゆねは手を服の中にいれて、確認する。

うん、確かに血はでていない。


「お前に着せたのはハードレーザーだ」ガジュマルが言う。「ゴブリンどものなまくらじゃ、なかなか斬れんはずだ」

「でも痛いです。鉄で殴られたのは変わらないんですね」

ゆゆねはいてて、と顔に出して笑った。


辺りを見る。

ゴブリンどもの死体が――数えにくい形になっていたが――20はある。


「勝ったんですかね。ほとんど倒したんじゃないですか?」

ゆゆねは二人に訊いた。

依頼人の話では、多くても20くらいだという。


「村人の報告ってのはテキトーなもんだ」ガジュマルが手をふる。

「こと、ゴブリンの数に関しちゃな。倍いてもおかしくないし、半分なこともある」


「でも過半数は取ったと思うわ。あとはシラミ潰しよ」ヤシャが言う。「部屋をひとつずつ確認して、残党を刈る。索敵、調査、探索。ゆゆね、あなたの仕事よ」


ゆゆねはうなずいた。

「はい。できる限り、やってみます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る