第22話
ゆゆねは竪穴を覗く。
底で明かりがついた。合図だ。
ハシゴを下る。
風の音が遠のいていく。
5メートルほどで、足が地面に触れた。
「ほいよ」
先に待っていたガジュマルが、ゆゆねにランタンを渡す。
「どうも。見張りはいなかったんですか?」
「いたよ、ほらそこ」
ランタンを掲げる。
壁際に、ゴブリンが崩れるように座っていた。
首からは赤。どす黒い血が流れていた。
「うっ」
「慣れろ。居眠り中だったからな、そのまま眠ってもらった」
「いえ……すみません。斥候は本来、私の役目のはず」
「猫人は忍びに長ける。お前は盗賊といっても、アイテム管理やモンスター鑑定に期待している」
でも、と思ったがゆゆねは頭を振った。
切り替えて、周りを確認する。
通路のようだった、左右に暗闇が広がっている。
「隠密は成功ね。ラッキーだったわ」
ヤシャが下りてくる。
彼女はまず杖先に息を吹いた。するとその先端が淡く光る。
ガジュマルが耳を立て、首を動かす。
「左がうるさいな。集団がいる。右はわからんが、臭う」
「左からいきましょ。じき気づかれる、奇襲は出来るうちに大きく」ヤシャが言った。
ガジュマルが小刀を抜き、先行する。
残りの二人は灯りを弱め、ぎりぎり彼が見える距離で追った。
扉の前にきた。
ゆゆねの耳にも、騒ぎが聞こえる。
キーキーと甲高い音。ガチャガチャと金音。
どちらも意味はなさないが、なぜかひどく下品なものに感じた。
「酒くせぇな。宴会中だろ。さて……準備はいいか?」
「待ってください。この扉……」ゆゆねが示す。「蝶番が痛んでます。ちょっとでも動かすと、うるさいんじゃないかと」
「細かいな。そうだな、いつもスピード重視だったからな。じゃ、お前はどうしたらいいと思う?」
「サビてるなら……油でも差せばいいんじゃないでしょうか?」
ヤシャが「じゃあ、やってみなさい」と袋から燃料の油をゆゆねに渡す。
ゆゆねは扉に一歩、近づく。
うるさい心臓を鎮め、息を殺す。
彼女は戒めた。
これが私の初仕事だ。盗賊として役立つときだ。
正確に、慎重に、しかし素早く。
大丈夫、手先は器用だ。
油を差し終える。上下ふたつ。
時間はかかったが、音はなかった。
「お疲れさん。じゃ、次は戦士の仕事だ」
ガジュマルがぽんと、ゆゆねの肩を叩いた。
ゆゆねは小さいが、ひとつ認められた気がした。
ガジュマルがかがむ。
「滑り込んで、気付かれない範囲で刈っていく。騒ぎになったら、参加してくれ」
ヤシャが無言でうなずく。ガジュマルは続けた。
「ゆゆね、お前も戦え。だが、無理に攻めなくていい。注意を惹き、守りを重視しろ」
ゆゆねも小さく、はい、と答えた。
そこからは早かった。
ガジュマルは扉をわずかに開け、滑り込む。無音。本当に猫のようだとゆゆねは思った。
ヤシャが扉に寄り、中を確認する。
感情のない金の一つ目。沈黙。
そして前を見たまま言った。
「行くわよ、ゆゆね。――はい!」
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