第20話

「ゴブリン……ですか」


ゆゆねは依頼書から顔をあげる。

酒場のテーブル、正面にはガジュマルが座っていた。


「ああ。小鬼、ボガート、闇小人。初心者冒険者には定番の相手だ」


「初めての依頼にはちょうどいいわ。討伐の基礎が学べる」脇に立つヤシャが言う。

「初めてじゃないですよ。キノコ採ってきたじゃないですか」

「アレは身内の仕事だからね。お手伝いみたいなものよ」


ガジュマルは髭をゆらす。

「でも、歩きキノコ倒したんだろ。大したもんだ。ゴブリンのほうが簡単だ」

「はい、大きかったです。でも、やっぱり倒す必要があったのかと……」

「そうでもないさ。あれらも悪く育ったり、呪われた場合、魔物になる。ある程度の間引きは街のためになる」

「……そうなんですか」


ゆゆねは歩きキノコを思う。

心にあった毒が、すこし楽になった。


ヤシャが口を開く。

「確かに、ゴブリンは弱いわ。でも、群れて悪らつで、馬鹿で小狡い。時には優秀な冒険者の一団も、敗北することがある」

「油断は禁物……ということですね」

「あなたにはまだ早い話だけれど。自信は過信に、余裕は慢心に、容易に変わる」


ガジュマルはうなずく。

「常に全力ってのも無理だからな。適度に力を抜くのは技術なんだが。その加減は難しい」

彼は笑った。

「武芸が極まれば、緊張と弛緩を同時に行えるというが……オレは無理だな」


「そう? 十分使い分けられていると思うけど」ヤシャが言った。

「まあ私は戦士じゃないから、細かいことはわからないけど」


ゆゆねが依頼書をふたたび持つ。

「それで、ゴブリン退治ですが……今回は全員で行くんですよね」

「ええ。ガジュマルが戦士、私が魔術師。あなたはそうね……とりあえずは盗賊として運用するわ」

「盗賊……シーフ。調査とか解錠の役割ですよね。でも……」

「でももないわ。未熟なのはわかってる。なら学べばいい。役割の分担と……あなたのチートを考慮してのことよ」


チート。ステイタスのことだ。

万象を言葉で捉える力。

ゆゆねの初期装備。


「とはいえ、冒険者というのは兵隊ではない。どの役割であろうと、他のこともするわ。盗賊であろうと戦うし、魔法を使えなくても、それを見破る力は必要だわ」

「魔法……あの」ゆゆねは訊いた。「私も訓練すれば、魔法を使えるんでしょうか」


ゆゆねは考えていた。せっかく異世界にきたのだ、できれば火の玉とかを撃ってみたい。


「残念だけれど」ヤシャは言った。「かつて召喚人が魔法を使えたことはない。ただの一人もね」


ヤシャは自分の杖をゆらす。

「この世界で魔法を使うにはね、魔石が入ってないとだめなの」

「……魔石……」

「臓器のひとつだと思っていいわ。それがないと、マナを魔法に変えられない。あなたには魔石がない。だから魔法を使えない」

「そう。そうですか……」

ゆゆねは口をつむぐ。夢のひとつが絶たれてしまった。


ガジュマルがその肩を叩く。

「気にすんな。オレも魔法は無理だ。猫人にも魔法を使えた奴はいない」

「そうね、カランカに魔石は生じないわ。拒否反応が強すぎる。代わりに、マナや呪文を敏感に感知できるんだけど」


「とにかく、ゴブリンを退治よ」

ヤシャは依頼書を仕舞うと、席についた。

「朝食はしっかりとね、たっぷり歩くんだから。ゆゆね、特にあなたはもっと胃を鍛えたほうがいいわ」

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