第15話

むわり。

土、水、木。

濡れた森の匂いがあたりを包む。


ゆゆねとヤシャは、ぬめり森の入り口にいた。


「ここからは、あなたが先頭よ。己で考え、決め、進む」

「は、はい」


ゆゆねは腰を抑える。似合わないショートソードがあった。

宿を出るとき、ガジュマルから渡されたものだ。


「じゃ、じゃー。出発します」

ゆゆねはか細い道を見つけ、木々の合間に入ろうとする。


「待って」ヤシャは緑色の包みをゆゆねに手渡す。

「これをそこ木のほらにいれて。許しを得るのよ」


「許し?」ゆゆねは包みを見る。葉っぱとつたで出来ていた。


ヤシャは言う。

「森への礼儀よ。もう大事にする人も少ない風習だけど、私は黒いとはいえ、エルフだから」

「……はぁ」


ゆゆねは言われた通り、包みをほらに入れる。

そのあとなんとなく、手を合わせ頭をぺこりと下げた。


「あら、行儀がいいじゃない」ヤシャが感心する。

「いえ、その。元の世界でも、自然の神様を大事にしていました」

「神様……。そうね、だいぶ老いてしまったけど、木々はすべて神だったわ」


ヤシャは近い木に触れる。

「かつては、はるか大きく。考え、喋り、歩くことさえできた。巨人やハイエルフでさえ、彼らには配慮した」

彼女は目を細めた。

「でも今は。動いたとしても、怒りしか示さない。エント、狂い木と。ほとんどの人間は、モンスターだと思っている」


ヤシャはさあ、と杖を持ち直す。

「行くわよ。最初のダンジョン。ぬめり森」

「は、はい」


――――――――――――――――――


きのこは見つかった。

5個も。


「あっさり……」

ゆゆねは平らな地面に、戦果を並べる。

彼女には、しいたけ、エリンギ、しめじ、マッシュルームに見えた。

全部、かさが黒い以外は。


ヤシャはへぇ、と一緒にかがみこんだ。

「のろのろで叩きたくなったけど……あら。目が良いのね、それとも性格かしら」

黒い指で自分のくちびるを撫でる。

「でも見ての通り、種類が違うわ。目的の黒きのこはひとつだけね。……わかる?」


「うぅん。――これです!」

ゆゆねはマッシュルームに見えるのを指さした。


「正解よ。残念、いじめようと思ったのに。でも、ゆゆね。当てずっぽうでしょ」

「そんなことないです。ちゃんと宿にあったのを覚えてて」

「じゃあ、こっち」ヤシャはしいたけもどきを持つ。「これを選ばなかったのはなぜ? これも似てるでしょ」

「えっと。なんか、和風だなと思って……」


「黒きのこというのはね、総称なの。森マナが淀んだり溜まった場所に生えたきのこが変質したもの。だからね、実はあなたが集めたのは全部黒きのこなのよ」

「えっ、なんですかその不意打ち。ひとつって……。……でも。なおいいじゃないですか。大成功ですよ」


ゆゆねはまとめて、きのこたちを袋で包もうとする。ヤシャはそれを制した。

「待って。今回はそれでもいい。身内の依頼だし、亭主には量の方が大事だから。でも余所様には通じないわ」

「えっと。……なにがダメなんでしょう」

「質が悪いわ。そうね、この中で魔道具屋に並べられるのはこれだけよ」


ヤシャはしいたけを、ゆゆねに持たせる。

「わかる? 見かけより、重いでしょ。マナが淀み溜まり、実在を超えた証」


ゆゆねは近い大きさのえりんぎを片方に持ち、比べてみた。

「そう言われれば……でも、きつくないですか。かなり微妙ですよ」

「まぁね。実は私も、重さじゃわからないわ」

「む。またずるい……。じゃあ、ヤシャさんはどうやって」


ヤシャは指にこめかみにあて、まぶたを大きく開く。

高貴な金の目がひとつ。

ゆゆねはその黄金色の深さに、万華鏡を思った。


「……きれい……」

「私の瞳は魔力を視覚化して読み取れる。珍しいものだけど、一定以上の術者なら基礎能力よ」

「えっ。いやいや、魔眼って。まったく参考にならないじゃないですか」


不公平ですよ、とゆゆねは抗議した。


ヤシャは笑った。

「ふふっ。そうね。でもあなたも、それを持っているのよ」

「……えっと」

「権能。天賦。チートと呼ぶもの」


ヤシャはきのこを整列させる。

「金の約定により、あなたは。あなたたち召喚人には道しるべが与えられている。ある種の啓示」

「啓示……具体的には、どういうもので……」

「人によるらしけど。多くの言葉の形をとるわ。見えたり、聞こえたり」

「幻覚とか、幻聴みたいな? 誰かがナビゲーションしてくれるんですか?」

「過去の召喚人の多くはそれを、ステイタスと呼んだわ。……亭主は、こういえば通じるだろうと。ゆゆね。ステイタスってわかる?」


「ステイタス……その」

ゆゆねは戸惑う。

「私にわかるのは、コンピューターゲームとかの機能です。道具を選んだり、地図を眺めたり」


ヤシャはうなずいた。

「そうよ。アイテム、マップ、クエストのガイドライン。あなた達には、それが備わっている」


「備わってるって……。私、機械じゃないですよ。えっ、ですよね、もしかして……」

ゆゆねは自分の両手を確認する。

自分で見る限り、LEDの点滅などはなかった。


「古代機を知ってるの? 確かに、わだつみ衆の上位民なら、ステイタスみたいなものを使えるかもしれないわね」

でも違うわ、とヤシャ。

「あなたはヒト種そのものよ。修繕も拡張もされていない」


ヤシャは人差し指で、ゆゆねの眉間をなでた。

「ステイタス。この言葉からあなたが連想するワードを強く念じて。初めは口に出してもいい」


「ステイタス……。私、ちょっと怖いんですけど。なんかバグったりしません?」

「消耗や副作用はないと聞くわ。あったとしても、あなたの唯一といっていい武器なのよ。……試しなさい」


ゆゆねは唾を飲む。目も閉じた。

「ステイタス……ステイタス……」


思った。考えた。閃いた。

一番最初に浮かんだ言葉、それを口に出す。


「――ノート開いて」

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