第12話

「いやだ」

「いやよ」


ヤシャとガジュマルは同時に言った。

ゆゆねの瞳がうるむ。


「でも、でも。……私、ほかに知ってる人が」


「はぁ」ヤシャがゆゆねを制し、亭主をにらむ。

「亭主。どういうことなの、これは。なにを吹き込んだの、迷子に」


亭主は口と目を伸ばし、笑う。

「偏見だヨ。あたちは常に公平さ。ちょいと、背中を押したがネ」


ガジュマルが背を正し、ゆゆねを見た。

「ゆゆね。騙されようが、諭されようが、別にどちらでもいい。己で決めたことだ。冒険者になりたいなら、自由で勝手だ。――だが、俺たちはお前とは組まない。はっきり言うが、実力差がありすぎる。俺たちは子守りをするために冒険者になったんじゃない」


ヤシャも言う。

「具体的にはね、依頼の質を下げることになる。お金も減る、経験にもならない。なぜ、ほとんど初対面のあなたのためにそんなことを?」


あぅあぅ、ゆゆねは下を向く。

もっともだ、と思った。

「でも。なら、なんで最初に守って……」


「前も言ったが、風の取り決めだ。もうひとつは恩人との約束だ。個人的に大書庫に渡すのは嫌だったしな」

だが、とガジュマル。

「そこまでだ。ここまでだ。ご亭主の案内を受けたら、あとは一人で生きてもらう。世のすべての人がしているようにな」


「一人……一人。……また」

ゆゆねは自分の上着の裾を握る。彼女の年齢からは、幼い行いだった。


「まーマーまー」

亭主がガジュマルとゆゆねの間にはいる。大げさにゆゆねの頭をなでた。


「大丈夫ダヨー。よちよち。――ヤシャ、ガジュマル。あなた達がね、この子から得るものはある。なんたって、あれがあるからね」


「あれって?」猫がうさん臭そうに亭主を見上げる。


「権能。天賦。召喚時の付加効果。古いエンチャント」

亭主は長い指を立てる。

「この子たち風に言うならね、そう。チート」


「チート?」猫はなんだそれ、と隣の相棒を見た。


「チート。わだつみ衆も似た言葉を使うわね。古代機(ゴーレム)に関する文献でも見たような……」

ヤシャはそれ以上は知らない、と首を振った。


亭主は言う。

「まっ。チートといっても、ゆゆねんが持ってるのは基礎能力だけどね。昔の召喚人だったら、当たり前。本来はそれとは別の武装とか知識が権能なんだヨ。でもこの子は文字通り真っ裸だったからサ」


ヤシャは「で。それは何なの?」と訊いた。


「ステイタス」

亭主は出来る限りもったいぶってから言った。


「すていたす?」ガジュマルはぽかんと繰り返した。

だが、ヤシャは目を細めて、ゆゆねを見た。

「……ステイタス。概念の言語化。迷い子の道しるべ……」


亭主はついっと、ゆゆねの後ろに下がった。

「そっ。万象を言葉の下に貶める術よ。チープなチート。……これ以上は観客も多いし、喋らないワ」


「……そう。ステイタス」ヤシャは立ち上がった。

「いいわ。ゆゆね、あなたを仲間に加えてもいい」


「えっ。本当ですか!」ゆゆねは目と口を大きく開く。


「けれど、見習いよ。あなたは新入りも新入り。修練は厳しく、賃金は低い。雑用もしてもらう。きっと泣くだろうけど、気にしないわよ」

「うっ、ブラックだ。……でも、がんばります」


「よかったネー。ゆゆねん。ほら、蟲おばさんの言った通りデショー」

亭主は背後から、ゆゆねに抱きついた。

「よしよし、頑張った。じゃ、あとは任せたヨ、お二人さん。……あっ、ガジュマルは特に意見は?」


「ねぇよ。オレの主が決めたんだ。飼い猫は従うだけだ」


「そっ。猫つーか、犬っぽいけどね、ソレ」

亭主は3人に背を向ける。

「んじゃんじゃ。私はそろそろ活動限界なので。せいぜいこき使ってあげてね」


ぶんぶーん、と亭主は唸り、小走りで植物室に戻っていった。


嵐が去り、酒場は静まる。


「やれやれ……こんな気もしていたが」

ガジュマルはぽつり、天井を仰いだ。

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