第11話
ガジュマルは酒場のテーブルで道具のメンテナンスをする。
本来は自室で行えばいいことだが、置いてきたゆゆねに気をつかってのことだった。
「はぁ。いい加減、やんなるね」
大刀、小刀、投げ鋲の検品を終える。
どれも切れ味は問題ない。
最後は一番大事な自分の爪を研いでいく。
右手が終わったところで、酒場の外への扉が開いた。
聞きなれた足音に、顔をあげる。
黒肌、銀髪、片目の少女。ヤシャがいた。
「ただいま。行儀よくしてた?」ヤシャがガジュマルの隣に座る。
「ああ。あれから荒事はなかった。お前は?」
「こっちも。さすがに連中も、風の奥に入る勇気はないみたい」
ヤシャは卓上に小袋を置く。小銭の音がした。
「はいこれ。500銀。依頼の半分のお金」
「ああ、ゴブリン洞窟か。……どうも。なんか、ずいぶん前のことに思えるよ」
ガジュマルは小袋を腰布に突っ込む。
「叱られたか。依頼主には」
「怒っていたわ。だから、泣かせてあげた」
ヤシャは目にかかった銀髪を流す。
「報酬と一緒に、村から叩き出されたわ」
「そうか。すまない。本来はオレが受けるべき役目だ。オレの罪はどん底だからな、乗せるだけ乗せて……地獄に捨てられる」
ガジュマルは笑った。
「ほら、なんというか、お得だろ」
ダークエルフは首をふった。
「それはない。あなたの罪は、私が罰する。それで終わり。もう誰も、あなたをゴミ箱にはさせない」
黒い手の甲で、猫人のひげを撫でた。
「さて」ヤシャは卓の上で手をきれいに組む。「あの子は? ゆゆねだっけ? 届けたんでしょ」
「ご亭主と面談中だ。いろいろ教えるみたいだった」
「教育ね……洗脳じゃなければいいけど。ガジュマル、用心してよ」
「用心? 誰に? 召喚人か?」
「両方よ。亭主は、あの通りのものよ。人の形を失ったものは、その中身もいずれ歪む。正直、大書庫に渡すのとどっちが正解だったかわからない」
ガジュマルは並んだ刃物を鞘に戻していく。
「蟲か人か。確かに、食えない婆さんだ。が、今のところは正気にみえるぜ。常に狂気で正常だ」
最後のナイフをブーツに仕込む。
「そんな心配だったら。お前が先に話してやればよかったじゃないか、ゆゆねに。お前だって十分、魔術には詳しいだろ」
「混乱させたくなかったのよ。迷い込んだ先で、見る看板見る看板が、別々のこと書いてあったらどうなる?」
「ふぅん、叩き折りたくなるな」
「どの道、亭主には会わせなきゃいけない。そこで一本、話を聞いた方がいい。私はあとで気にかかったら、注釈する」
「スマートだな。だが……あとがあるのか? あの子とも、もう大した縁はないだろう」
「……そうね。そう願ってるわ。でも……」
奥の扉が開いた。そして奇声が響く。
「はいはーい。みんな注目だヨ。イベント発生だヨー!」
亭主はゆゆねを植物室から引っ張り出し、酒場の中央に立たせる。
少女は小リスのようにふるえていた。
「ユユネ君。どうぞ、遠慮なく」
「……は、はい」
すぅーと、息を吸い、まぶたを閉じるゆゆね。
「私。私は、佐倉ゆゆね。14歳、召喚人」
目を開き、酒場にいる人たちを見渡す。
「私は冒険者になります!」
ぺこり。彼女は大きくおじぎをした。
「よろしくお願いします」
沈黙。場が止まる。
特に一般の客は、ぽかんとゆゆねを見る。
その硬直の中、ゆゆねはゆっくりと頭をあげた。
「えっと。これでいいんでしょうか、亭主さん」
「うん、元気でよかったヨ-。みんな感動サー。でも冒険表明がないヨー」
「あっ、はい。あっ、ごめんなさい、なんでしたっけ、それ。風がどう……とか」
「あらー。一番大事なのに。しょうがないニャー」
ごにょごにょごにょ。亭主は怪しく、ゆゆねに何かを吹き込んでいく。
「覚えたん?」
ゆゆねはうなずいた。再び、酒場一同を見る。
「私は冒険者。私は風。風に従い、従え、従わず。どこまでも、どこへでも」
ゆゆねはそこまで唱え、いったん息継ぎをする。
「私は冒険者。私は風。六の約定を守り、守られ、守らぬ」
それで言い終えたのか、ゆゆねはまた大きなおじぎをした。
ぱちぱち。
静寂の中、亭主だけがオーバーな拍手をする。
「ヨイヨー。これであなたは風の子。何人も否定できぬ旅人。んじゃ、仕上げ」
ゆゆねの背を長い指が押す。
少女はその勢いのまま、ガジュマルたちのテーブルの前に立つ。
「あの、あの、あの」真っすぐ、震える目で、ガジュマルの目を見る。
「仲間に。パーティに入れてください。私を」
がばり。そして今日何度目かわからぬおじぎをした。
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