第9話

「召喚……」ゆゆねは口の中で、その言葉をかみしめる。

「じゃあ、じゃあ、じゃあ」


「待って。疑問まみれだろうけど、それを説明するのは私たちじゃない」ヤシャは遮った。

「街に。ギルドに。亭主殿に」


ぱぁっと、ゆゆねの顔がほころぶ。

「ギルド! ねこさんも言ってましたね、冒険者のギルドがあるんですね」


ヤシャは「なにか楽しいこと言ったかしら、私?」と。

ガジュマルは「さあな。とにかく街に……あぁ、元の依頼はどうする?」と。


「ああ。ゴブリンの件ね……そうね」

ヤシャはしょうがないと言って、ゴブリンの首の入った袋を取る。


「リーダーは私だわ。私だけ報告に行く。あなたはその子を……ええっと名前は」

「ゆゆね、というらしい。変な響きだが」ガジュマルが答えた。


ヤシャはゆゆねに向く。

「ゆゆね。この猫はガジュマル。この人について、街に行きなさい。そこで後のことは決められるわ」

「えーっと……エルフさんは来ないんですか?」

「私は仕事の始末がある。あとで……あなたがまだギルドにいたのなら、また会えるわ」


ガジュマルはヤシャとゆゆねを交互に見る。

「逆の方がよくないか。長く歩く方をオレが。いっそ別れなくても。一緒の方が安全じゃ」


ヤシャは首をふった。

「リーダーは私だって言ったでしょ。それにその子はできるだけ風の国の奥に行くべき。

 大書庫がその気になったら、私たちが二人いてもどうにもならないわ」


ヤシャが立つ。目は彼方、依頼人の村を見ていた。

「行くわ。あとは約束に従って」


ガジュマルは去る背に言った。

「あー、ちょっと、忘れてないか。このガキ、素っ裸だ。ヤシャ。……替えの服とかないか? 少しデカいだろうが」


ヤシャは首だけで振り返り。「ないわ。それに服ならあるじゃない。ゴブリンの洞窟で拾った」


「服って……死んだ娘のか。おいおい、それは。倫理的につーか、縁起的につーか」

「選り好みしてる場合じゃないでしょ。じゃ、頼んだわよ、私の猫」


ヤシャは森に消えた。


――――――――――――――――――――


「ねこさん。ガジュマルさん、でしたっけ」

「なんだ」


ガジュマルは荷物袋から、ちょっとだけ顔をあげる。

ゆゆねは真っすぐ、その目を見た。


「ガジュマルさんはなんで、なんで」

「質問はギルドでいいか? とてもこの場で答えきれん。だいたいオレは頭が悪い」

「いえ、でも。ひとつ。ねこさんに聞きたい」


ガジュマルはふぅ、と手を止める。


「なんだよ、ひとつだぞ」

「なんで、戦ってまで、私を守ったんですか。……私なんか、全然知らない人なのに」

「……取り決めだよ。冒険者は召喚人を守らなければならない。古いルール、我らの数少ない義務」

「……義務」

「がっかりしたか。残念ながら、かっこいい理由はない。オレは正義の騎士じゃない」


ガジュマルは荷物漁りに戻る。

ほどなく、女ものの衣服を引っ張りだした。


「これを着ろ。靴もちょっと合わないだろうが、適当に加減して履いてくれ」

「はい。……えっと、後ろ向いててくれますか」

「オレは猫人だぞ。……わかったよ」


ゆゆねは服を着る。彼女の知っているものと勝手が違って手こずったが、なんとか入った。


「大丈夫です。それでこれから」

「歩く。半日で宿場町だ。もったいないが、そこで馬を借りて、ギルドの街まで」

「半日? 歩くんですか? 山を?」

「他に方法があるか? 得意だろ、人間は歩くのが」

「……いや、私、運動はホントにぜんぜんダメで……」

「運動? 運動なのか? 道中、やばい魔物はいない。せいぜい、野犬か小熊ぐらいだ」

「野犬!? 熊!?」

「いいから行くぞ。なるたけ、ゾンゾからは離れたい」


荷物を器用に一枚の布にまとめ、ガジュマルは背負う。

「さあ」と、硬直するゆゆねに言った。


「日が沈むとつらいぞ。オレは灯りを持ってない。ヤシャ用のが少し残ってるだけだ」

「うぅ……歩く、歩く。魔法とかないんですか、ぴゅーって飛んでくような」

「ない」


ガジュマルが斜面を下り始める。

ゆゆねは、それによちよちと従った。


――――――――――――――――――――


「ごめんなさい、ほんと」


一時間。それでゆゆねはダウンした。

ガジュマルなりに楽な道を選んだのだが、彼女の足は耐えきれなかった。


結局、またガジュマルが背負うことになった。


「召喚人ってのは、みんなすげー奴だと思っていたが。あんたは軽すぎるな」

猫は嫌味なのか慰めなのかわからないことを言う。


「そうなんですか、他にも召喚された人がいるんですか?」

「かつてはな。英雄、戦士、軍師……。だが、ここ10年は完全に記録にない」

「じゃあ、会ったのは私が初めて?」


「いや……」ガジュマルはうつむく。「一人いる。いた」

「どんな人でした? 日本人?」

「とんでもない奴だったよ、ああ。ぶっ飛んでた。……おっさんなのに、ガキみたいで……まったく」

ガジュマルは笑った。「尊敬している」


「おっさん転生……王道ですね」

「ゆゆね。ここから行くところはな。冒険者ギルドはな」


びょんと。ガジュマルはおんぶのまま、岩を飛び越える。


「そのおっさんが作ったもんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る