第6話

遺跡の出口についた。

外の光が見える。だが。


「……ちっ」


ガジュマルは、腰を落とす。


光の中には三つの影。

全員が、長く重そうなローブをまとっていた。


「大書庫のフクロウどもが」


この距離でもわかる。

羊皮紙とインクの臭い、無意味で難解な言葉遣い。

大書庫と呼ばれる魔術使いの一団の者だ。


「人がいますよ、ねこさん。知り合いですか?」

「黙れ、声を出すな」

「……あっ、はい」


腰の武器を抑える。

とはいえ、さすがに一方的に斬りかかるわけにはいかない。

冒険者(ガジュマルたち)も魔術師も、自分の仕事をしているにすぎない。

互いに何の法も犯していな以上、先制攻撃はできない。


「風の流れからみて、出口はここだけ……やむなしか」


仕方ない。ここはヒト種の端くれらしく、平和的交渉といこう。


「立て。行くぞ」

「……外に出るんですか? あの人たちは……」

「目と耳を澄ませ。自分の目で考え、疑い、信じろ。信じる方を決めろ」

「えっ、それは」

「足下を気をつけろ。ここからは野山だぞ」


―――――――――――――――――――――


「よう。こんにちは、ご苦労さん」


太陽の下に出ると同時。

できるだけ気さくに、ガジュマルは声をかけた。


影はやはり三名。やはり魔術師だった。

深い青のローブ。

大書庫の中級魔術師であることを示していた。


全員が持っていた杖をガジュマルに向ける。


「……所属はいかに、猫人よ。後ろの女は召喚物だな。なぜ我らより先に来れた」


一番老齢の者が訊く。雰囲気から、首領だとガジュマルは察した。


「やれやれ、先に名乗るのが礼儀だろ。……まあいいさ」ガジュマルは瞳を屋外用に慣らしていく。「冒険者だ。セーセラの。風の子だ」


一団の若者が舌打ちする。気に入らない言葉があったのか。


「一端の組織のつもりか、ごろつき風情が。世界は貴様らの遊び場ではない」杖をずいっとガジュマルに寄せる。

「我らこそ理(ことわり)を守るもの。水の子。さあ、後ろの異物を置き、失せろ」


ガジュマルは杖先を遠い目で見る。

「そうせっつくなよ、青いな。それ以上は剣の間合になるぞ」


首領の老人が、若者を制す。杖が少し下がった。

「腕は立つと見た、猫人。我らも血を見たくはない。ゆえ、話そう。いや、買おう」


老人は指を広げる。

「500銀だ。受け取り、君はただ去ればいい。冒険者ギルドには、すでに空だったと伝えよ」


ガジュマルは笑った。

「へえ。じゃあオレの丸もうけってわけか。美味しい話だな」

「ああ、儂らも口は堅い。主もそうだろう?」

「あー……そのつもりだが。ちょっと当人に訊いてもいいか?」

「当人?」


魔術師たちは怪訝そうにする。猫人と我ら以外に、話すものがいるのかと。


「この娘だよ。召喚されたばかりで、わけわからんだろうが。意思は汲みたい」

「……正気か、猫よ。それは異物だぞ。兵器だぞ」

「知ってるよ。だがオレたちは冒険者。風の子。迷い子を導く役目がある」

「……六の約定か。今さら守る冒険者がいたとはな。……好きにしろ。武具に意思があるのか、確かめてみればいい」


魔術師たちは馬鹿にしたように笑う。しかし距離は取った。


「女、娘。名は?」ガジュマルは後ろの少女に言う。

「…は、はい? 私?」少女の肩がはねる。


「そうだ、あんただ。なんと名乗る?」

「……えっ、その、……あれ」


少女は戸惑い、どこか思い出すように言った。


「ゆゆね」最初は小さく。「――私はゆゆね。佐倉ゆゆね」最後ははっきりと。


「ゆゆね……変な響きだな。まあ、遠い外国人みたいのものだしな」


ガジュマルは真っすぐと、ゆゆねを見た。


「分かれ道だ、ゆゆね。オレについてくか、こいつらについてくか」

「えっ?」

「オレは冒険者。風の子。自由に従い、従わぬ者」


ガジュマルは三人組を指す。


「こいつらは魔術師。水の子。古きを貯め、読み、記す者」


ゆゆねは困惑したまま、双方を見る。


「えっと。冒険者になりたいか、魔術師になりたいかってことですか?」

ならなら、とゆゆねは続けた。

「ここって。ねこさんとか、魔法とかがあるの?」


「魔術に興味があるのか? あんたに適性があるようには感じないが」

ガジュマルは目を細めた。

「とにかく、訊いてる。オレか、こいつら。どちらについていく?」


「……冒険者か、魔術師」


「いや。オレは一時的なもんだ。ギルドまで連れってて、あんたに簡単な説明をしてやる。その先はあんたの勝手だ」


ゆゆねは三人組の方を見る。


「じゃあ、あの人たちについていったら……」

「あっちは、そうだな」

「それは儂が話そう。よいか、猫人よ」魔術師の長が一歩近づく。


「ゆゆね殿……と言ったか。我らも召喚人を見るのは初めてでな。最初は理知のわからぬものと扱ってしまった」

老人は軽く頭を下げる。ゆゆねも反射なのか、ぺこりと応じた。


「非礼は詫びよう。さて……その猫人が言ったように、君には道が二つある。片方は自由を騙る、無責任の野っぱら。片方は重く深い、知識の海」

老人は孫に話すように、微笑む。

「しかも君は10年ぶりの賓客だ。厚遇を約束する」


ガジュマルは鼻を鳴らす。

老人は無視して続けた。


「我らは魔術師だ。文字と歴史を重んじる者。ゆゆね殿、君が今、途方にくれていることはわかっている。だがその疑問のほとんどを、我らは知っている。我らについてきたまえ。そうだ……もしも魔術に興味があるのなら、よろしい、特例として教えてもいい。なにせ、賓客だ」


老人はずいっと、ローブの下から左手を出した。


「さあ、来たまえ。異界の姫よ」

「……姫……」


ガジュマルははぁーっと、わざとらしく息を吐いた。


「らしいぜ、ゆゆね。いろいろ注釈してやりたいが、面倒だ。……さっ、どうする。野っぱらに行くか、海に行くか?」

「……ねこさん。あの人たちの言ってることは、本当なんですか。なんだか、いい話すぎて……」

「オレは魔術師……特に大書庫の連中には偏見がある。オレに聞いて公平な意見は聞けないぞ」

「……偏見でも、聞きたい。ねこさんが言うなら」


ガジュマルは顎下を掻いた。


「大書庫は……知識の保管者だ。魔術や技術を集め、守る。そして市井に流していい知識の質や量をコントロールする。魔術はこの世界に多くの変化を生んだ。良いものも、悪いものも。時に扱いを間違えた魔術は、多くの悲劇を産んだ。だから大書庫は生まれ、禁呪というものを取り決めた。世界を害する魔術は、海の底に収監すると」


ガジュマルはゆゆねの目を見た。


「お前たちもそうだ、召喚人」

「……召喚……。じゃあ、やっぱりこれは、ここは」


「召喚術は、今では代表的な禁呪だ。世界に無理矢理入り込んだ異物は、その器を割るとされる」

ガジュマルは言った。

「だから、封じる。海の底に納め、自ら滅びるまで監視する」

「…自ら、滅びる?」

「ふつうに考えれば、餓死のことになるな」

「餓死……!」


ゆゆねが一歩、遺跡の暗がりに下がる。


「けっこうだ、猫人よ。確かに、偏った……迷信じみた意見だった」


老人が杖を両手で持つ。


「さて、我らも時間がない。このままでは足の遅い聖会の連中も来てしまう。……ゆゆね殿、よいか。あなたに害は与えぬと確約する。我らについてきてくれたまえ」


老人は底のない目でゆゆねを見た。

ゆゆねは恐れを覚えたが、どこか真摯なものを感じた。


「あの……その……あの!」ゆゆねは精一杯、声を上げる。

「間抜けなこと、言っちゃうかもしれないんすけど、その。今、決めないとダメなんでしょうか? だから、ちょっと……保留? おいといて、落ち着いてから、また決めるというのは。……ダメ? でしょうか、ねこさん、おじいさん」


一瞬の間。全員が黙る。

しかし。

ククッと、誰かが笑った。ガジュマルだった。


「なるほど。オレもせっかちだったな。言葉が悪かった。……いいぜ。というか、オレが言ってるのははなからそれだ。冒険者ギルドに行く、ご亭主さまから講釈を受ける、したらあんたは自由だ。冒険者にでも、魔術師にでも、あるいはお姫さまでも町娘でも、好きなもんを目指せばいい。それが六の約定。風の取り決め。自由に従い、従え、従わず」


「風……自由」ゆゆねはガジュマルの言葉を聞き、かみしめた後、うなずいた。


「私、決めました。決めないことを、決めました」


ゆゆねは魔術師たちに向く。


「おじいさん達、私はねこさんについていきます。でも一旦です。そのあと、考えて考えたら、おじいさん達の所に行くかもしれません」

ゆゆねはぺこりと、頭を下げた。

「優柔不断でごめんなさい。でも、私、今度は。今度はちゃんと決めたいから」


老人はすっと、手をローブの中に戻す。笑みは消えていた。


「……うまく言いくるめたな、猫。この先、この場。どうなるかわかっているだろう?」


「別に言いくるめちゃいねーよ。あんた達ががっついただけだ」

ガジュマルはゆらりと、四肢をリラックスさせる。

「ゆゆね」小さく、少女にだけ聞こえるよう、ガジュマルは言った。

「じき、夜が来る。そしたら、オレに飛びつけ。……いいな」


「……夜?」

ゆゆねは空を見る。太陽はほぼ真上だった。


ガジュマルは脱力したまま、身を下げる。

その柔らかさ、しなやかさ。

彼が見た目以外にも、猫の血を宿していることを表していた。


「さて、青服3人はきついが……頼むぜ、ご主人さま」

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