第4話
それはまさしく猫だった。
樹木のうねる斜面を、すべるが如く、とぶが如く。
上へ、下へ。
目的地への最短を。
ガジュマルは猫人だ。
背格好は人間に近いが、その柔軟性は比較にならない。
必要とあれば彼らは四足を地面につけ、豹と変わらぬ動きをする。
「――シッ!」
普段は他の人型種に馬鹿にされる走りだが、幸い、ここは山中だ。
森の荒野。
思う存分、獣性を発揮できる。
土を、木を、時に水面を蹴り、猫は走った。
正直、ガジュマルには事の重大さというのはあまりわかっていなかった。
召喚術。それが古く、禁じられ、歪みをもたらすものであることは知っている。
ただそれは一般的な冒険者として、最低限の知識でしかない。
取り決めとして。
冒険者ならば、召喚人を守られねばならい。
自由を標ぼうする冒険者たちだが、これだけは約束として科せられている。
だが、ガジュマルにはそのルールはあまり興味はなかった。
彼には恩があった。そして約束した。
――もしもまた、この世界に迷い子がきたら。次は君たちが守ってくれと。
飛び出した幹から跳躍し、川を越える。
ゾンゾはもうすぐだ。
――――――――――――――――
遺跡を進む。
内部は古代の照明がまだ生きいていた。
助かる。
猫人とはいえ、暗闇を見通し続けるのは、疲れるものだ。
五感を澄まし、探索を続ける。
今のところ、異様なものは感知しない。
ガジュマルたちの目的は召喚人だが、
召喚獣がいる場合も考えなければならない。
過去の大戦において。
召喚されたものは兵器として使われた。
人の場合は、強力な異界の武器を持つ戦士、または特異な知識をもたらす賢者だった。
獣の場合は単純で、戦場に投下され、その身が滅びるまで暴れまわる。
人も曲者が多かったというが、まだ意思の疎通は可能だろう。
だがもし、獣の場合、それは災害の如きものだ。
少々腕が立つとはいえ、一介の冒険者であるガジュマルには手に負えない。
特級の召喚獣はまさに神話の怪物であり、英雄でなければ倒せない。
角を曲がる、石の扉があった。
猫の手で押す、重いが動いた。
扉はその細工に積もったホコリを落としながら、開いた。
灰色の四角い部屋。
その中央、台座のようなものの上には、奇妙なものがあった。
異様なまる。わずかに黄ばんだ白い球。
人の背丈ほどもある。
「……たまご?」
ガジュマルは恐る恐るそれに触れる。
確かにそれは、卵に見えた。
湿り気を帯びた表面は、カメやトカゲなのど卵を思わせた。
しかしあまりに大きい。
話に聞くドラゴン族の卵とて、ここまでのサイズはないはずだ。
だって、これはまるで、大人がそのまま……。
「だ! 誰か! 誰かいるんですか!?」
ぎょっとする。
ガジュマルは手を引く。
声がした、若い女性の声。
もちろんヤシャはいないし、自分でもない。
部屋にも、中央の異物以外になにもない。
だから、つまり。
「……中に、いるのか? このたまごの」
大刀に手をかけ、卵に訊く。
応答は一瞬の間をおいて、あった。
「た、たまご? わ、わかんないですけど。私ずっとこの玉の中に。たまごなんですか、これ?」
ばんばんばん。中から叩かれているのか、卵が鳴る。
「オレには卵に見える。デカすぎるがな。……お前は喋れるようだが、種族は?」
「種族? えっ? いや、日本人ですけど。だから……弥生? 縄文? どっちだろ、わかんない……」
「日本人? 意味がわからない。ヒト、エルフ、ドワーフ、コビト……なんでもいいが、どれかだろ」
「コビト? エルフ? ゲームの話ですか?」
「……」
ちぐはぐな会話。
ガジュマルは理解した。飲み込みにくいが、こういうものだと。
そう。これがきっと、召喚人なのだと。
かつて、あの人は言っていた。僕たちは迷子で赤子なのだと。
わからず、暗闇の中に捨てられるのだと。
「……わかった。なんとなくの状況は」
ガジュマルは大刀を抜き、刃を返す。峰打ちの状態にした。
「詳しく説明してやりたいが、時間がない。……卵の女。頭を庇って、できるだけ小さくなれ」
「えっ? えっ?」
「かがめと言っている。剣でぶっ叩く。殻を砕く」
「えっ? ええ!?」
「わかったな、叩くぞ」
「――はっ、はい」
気配が小さくなるのを確認して、ガジュマルは大刀を振りかぶった。
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