第3話

虫が鳴いた。

森の道を行くガジュマルたちの横に、黒い甲虫が並走する。


「ヤシャ。手紙虫だ。ご亭主の蟲だ」ガジュマルが反応する。


黒い肌の少女はヤシャと呼ばれた。

耳長、銀髪、黒肌。

この地方では珍しいダークエルフの特徴を有している。


ヤシャは杖を下げ、飛んできた虫を止まらせる。


「わかってる。珍しいわね……蟲を使うなんて」


ヤシャは目を細め、虫の中にある言葉を読み取る。

符丁を知る魔術師同士の連絡手段。


門外漢のガジュマルは虫とヤシャを交互に見ることしかできない。


「どうだ。火急か」


ガジュマルは当然のことを訊く。

この手紙は、貴重な蟲を一匹使い潰す。


ヤシャは眉間にあらん限りの皺をよせ、言葉を紡ぐ。


「ヨ――エレネ――ゾンゾ。……まさかそんな」

「どういう意味だ?」

「ゾンゾの遺跡。わかる?」


ヤシャが杖を持ち直す。虫は痙攣して、地に落ちた。


「ゾンゾ? 先の戦争で使われた遺跡だな。ここから、一里もない」

「ええ。だから私たちに虫がきた」


ヤシャはガジュマルを見る。


「召喚術が、観測された」


――――――――――――――――――――


「召喚術。あの大戦のあれか?」

「ええ。英雄召喚、兵器召喚」


ガジュマルは遠く、ゾンゾのある方向を見る。


「魔術か。オレはよく知らないが、もう使える術者はいないと聞く。……お前でも無理だろ」

「当り前よ。私の影遊びなんかとは比べ物にならないわ。本物の、真に、“まじない“と呼べるものよ」


ヤシャは続けた。


「ゾンゾは大戦時に召喚術が乱用された遺跡。たぶん……その機能を利用したんだと思う。現在、個人で召喚術を扱える人はいないと断言できるからね」


「召喚術。つーと。すると呼び出されたもんがいるんだよな。化け物か……あるいは」

「そう。……人がいるわ。私たちとしては後者の方が重要よ。化け物なら補足したあと、適当な組織に任せればいい。……でも意思の疎通が可能な……人、または人に近いものだったら。……保護しなければならない」


風が吹く。

錆びついた約束を思い出す。


ガジュマルはゴブリンの首を降ろした。


「わかった。オレが走る。速さが大事だ、なによりな」

「ええ。じきに聖会や大書庫の連中が来る。特に書庫の魔術師には渡せない」


ガジュマルは生首の他にも不要な荷物を捨てていく。


「そこらに隠しておいてくれ。……ゴブリンの件の報告も、今は後回しでいいだろう」


ヤシャはうなずいた。


「ええ。助けられるものがいるなら、今度は助けたい。――走ってガジュマル。あなたに山野で敵うものはいない。私もできるかぎり追いつく。」


ダークエルフは杖を真っすぐに持つ。

その杖の頭に、猫人は額を寄せた。


ガジュマルが口を開く。


「この身はあなたのもの。あなたの元以外では、決して倒れない」

「あなたは私のもの。あなたを殺すのは、私だけ」


すこしの静寂。

なにかの意味をもつ所作。二人だけが知る儀式。

どこか、拙い接吻を思わせた。


「やる気が出た? さあ、行って。走って!」


ヤシャは初めて表情をゆるめたあと、叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る