第9章:それぞれの決意
第47話:呪いの残滓
降っていた雨も一転し、今では綺麗な夜空が見える救援隊では、地下から脱出したワイルドたちを中心に準備を整えていた。
魔女・エスターとそれに付き従う信者が集まる『終末の羊』の全拠点を一気に叩くため。
自警団、ギャング、ナイトウォーカー。可能な限り全て集める。
そのため、深夜にもかかわらず救援隊は多くの人間が行きかい、殺気立っていた。
武器の点検、計画の調整、人員の配置などが進められ、夜明けには行動に移すことになっている。
夜明けに向けてそれぞれ、不安から人と話す者もいれば、食事を摂る者、眠り体を休める者などさまざま。そんな人々の中、人目に付かない建物前のステップに、ルーヴィックが腰を下ろしてぼんやりと眺めている。
地下から連れて帰られた後、息を吹き返したように意識を取り戻していた。
マハ曰く、邪気の蔓延する地下を逃れ、聖域(救援隊)に入ったことで浄化されたとのことだ。
彼が地下で見た白熱病の感染ルートについての情報は、聞いた全員を驚かせたことは言うまでもない。拠点に攻め込むために集まった者たちにも、終末の羊が白熱病を人為的に広めていたことが伝わり、急な計画にも関わらず士気は高かった。
それに対し、ルーヴィックはまるで生気が抜け落ちてしまったかのよう。知らなかったとはいえ、自分たちが白熱病を広める手助けをしていた。それは親しい者、愛する者を手に掛けたのと同じことだった。
地下で見聞きしたことを話し終えた彼は、それ以外は一切口を開かず、そのまま部屋を出て、今に至る。
救援隊のスタッフは、襲撃に赴く人たちのために急ごしらえではあるが食事を用意して、配り歩いていた。リリーも一緒に手伝っている中で、そんなルーヴィックの姿を見かけ近づこうと踏み出した時、ワイルドが彼女を呼び止める。
「あいつは問題ない。俺が話すよ」
マグカップを2つ持ったワイルドは、そう言うとリリーの横を通り過ぎる。地下から戻ってきた時よりも幾分調子が戻ったようで、顔色もだいぶいい。
「かなり、傷ついている様子です。今は寄り添い、支えとなる者が必要です。優しい言葉をかけてあげてください」
地下での情報はリリーも知っている。それを踏まえてルーヴィックの心労をリリーは気遣っていた。
「うちにはうちのやり方がある」
「あなたも無理をされているのではないですか? 今は休まれた方が……」
「気が高ぶって休んいられねぇんだ。まぁ、ここは大丈夫だ」
ワイルドは軽く笑って見せるとそのまま歩を進める。まだリリーはもの言いたげだったが、ふぅと小さく息を吐くと、優しく微笑んだ。
「あまり無理をなさらないように」
「レディ・リリー。今は無理を、すべき時だぜ」
振り返ることなく答えるワイルドをリリーはしばらく見つめ、そして自分の作業に戻る。
ルーヴィックが近づく自分を視認していると分かると、ワイルドはマグカップを軽く掲げて「飲むか?」と声をかける。
反応はない。視線は気まずそうにワイルドからすぐに外されてしまう。
彼は気にすることなく、1つをルーヴィックの横のステップに置くと、隣に腰を下ろしてマグカップの中身を一口啜る。
お互いに口を開くことなく、ただ無言の時間が過ぎていく。目の前では松明や電気で照らされながら、忙しなく行きかう人々の様子を眺めることができた。
「こういう時は、酒ってのが定番じゃねぇのかよ……」
沈黙に耐え切れなかった、わけではないが、ルーヴィックは横に置かれたマグカップを手に取り、中身のコーヒーを一口飲んでいる。
「しかも、めちゃめちゃ薄いじゃねぇか」
「贅沢言うんじゃねぇよ」
消えそうな声を出すルーヴィックにワイルドは快活に答える。お互い視線は正面を向いたまま、交わすことはない。
「聞いたよ。あんた、大変だったみたいだな」
「お互いにな」
「魔女……か。信じられねぇな」
「まったくだ。だが、この目で見ちまったもんは信じるしかねぇ」
「あっさり信じるんだな。あんなに否定してたのに」
「そうだな。だが、今更意固地になっても何も始まらない。それに、そんな暇もねぇ。どうすれば奴を倒せるかを考えねぇと。まぁ、その辺は軍や教授先生が詳しいみたいだがな」
いつもと変わらない様子のワイルドを、ルーヴィックは横目で確認する。
「怖くねぇのかよ? バケモンなんだぞ」
「実は、腹の底からブルってる」
「そうは見えないけどな」
「表には出せねぇよ」
そう言ってコーヒーを飲むワイルドの姿は、やはりいつもと変わらなかった。
「そうだ。ルーヴィック。いいもんやろうか?」
ワイルドはポケットから煙草を取り出して見せる。
「タバコじゃねぇか! よく手に入ったな」
「バッカスの馬鹿どもが隠してやがったんだ。一本やるよ」
ルーヴィックがタバコを咥えると、ワイルドはステップの地面でマッチをこすって火を灯すして差し出す。彼のタバコに火を点けると、自分が咥えたタバコにも火を点ける。
2人の吐き出す紫煙が、ゆらゆらと立ち上り消える。
「……キャシーが、死んだんだ」
タバコを半分以上吸った頃、ルーヴィックがポツリポツリと口を開く。
「みたいだな」
「暴動のあった日、あいつを、独りにして……。俺がいれば、街の奴らに焼かれることなんてなかった」
「キャシーは……いや、何でもない。そう、かもな」
「……? それだけじゃねぇ。俺は、白熱病を広げる手伝いをしてたんだ……」
ルーヴィックの話は、彼が地下での経緯を説明する時に全て聞いている。だが、ワイルドは黙って聞いた。彼の罪の告白を。
「俺は……最低だ。取り返しのつかないことを……」
「やっちまったことは、仕方がねぇ」
頭を抱えるルーヴィックに、ワイルドはゆっくりと口を開いた。
「過去をどんだけ悔もうが、変えることなんてできねぇ。お前に変えられるのは、これからのお前の行動だけだろ」
ワイルドの視線は、優しくもあり、突き刺すような鋭さもあった(どちらかと言えば、後者の方が強いが)。
「ルーヴィック。ハッキリ言うが、優しい言葉を期待すんなよ。お前はそれだけの事をやらかした。甘えてるんじゃねぇよ」
「別に、そんなつもりは……」
「だったらいつまでも、落ち込んでるんじゃねぇよ。やっちまったことは、行動で挽回しろ。お前は、これからどうするんだ? この事態を、街の危機を解決するために死に物狂いで尽くすしかねぇだろ。1人でも多くの命を救ってくしか、ねぇんだよ。もう」
ワイルドは一気にまくし立てるが、1度言葉を切って、息を整える。
「悔しいよな。だが、その感情で目を曇らせるな。変えられるものと、変えられないものを見極めろ」
ワイルドだって、ルーヴィックの気持ちを理解できないわけがない。彼が受けた屈辱や絶望を思えば、エスターたちに対してはらわたが煮えくり返る気分だ。
「あんたみたいに、簡単には切り替えられない。俺はダメな奴だから」
「お前はダメな奴なんかじゃない! 自分のことを2度とそんな風に言うな」
そうしなければ、ルーヴィックは2度と立ち直れないだろう。
厳しいことを言っていることは分かっている。落ち込んでいる彼の肩を軽く叩き「可愛そうに辛かったな。お前が悪いわけじゃないさ」と言ってやるのは簡単なことだ。ルーヴィックの心も幾分か和むことだろう。しかし、それではダメなのだ。
ルーヴィックには、自らの意思と力で立ち上がり、乗り越えなければ意味がない。
「夜明けとともに出る。用意しろ。奴らは1人も逃がす気はない」
小さく頷くルーヴィック。完全には納得していないが、終末の羊に対する怒りで彼の目に少し光が戻ってくる。
今はそれでいい。
原動力が怒りだろうと、なんだろうと、それで動くことができるなら。
また2人は黙っていると、同時に痛めた左肩を摩る。
ルーヴィックは解呪の際の脱臼。ワイルドはエスターの爪による攻撃だ。
まったく同じ仕草を同時にしたことで、思わず笑いが漏れる。
「傷、大丈夫?」
「大したことはねぇよ。お前は?」
「俺は不死身の男だぜ」
笑いあっているとワイルドが声を潜める。
「ここだけの話だが、この工場内を調べた時、年代物のウィスキーのボトルを見つけた」
「マジか?」
「隠してある。この件が片付いて街を出る時のために取っておこうと思ってな」
ワイルドはイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「いいね!」
「お前、抜け駆けして飲むなよ」
「飲まねぇよ! ……で、どこに隠したんだ?」
「飲む気じゃねぇか!」
声を上げて笑う。暗い気持ちも少し晴れてくる。
「お前に隠し場所を聞き出される前に、俺は準備に戻……?」
立ち上がって振り返るワイルドの表情が凍りつく。
先ほどまで笑っていたルーヴィックが怪訝な顔をしながら、鼻から血が流している。
「ルーヴィック?」
「急に……体が」
立ち上がろうとしたルーヴィックは膝に力が入らず倒れ込む。支えると彼の体はかなり熱いことが分かった。見る間に肌が白くなっていく。
こんなに素早い現象は今まで見たことがない。しかし、何度も同じ光景は見ている。
それは『白熱状態』だった。
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