第48話:集結した血統
救援隊の敷地内をジェームズとマトは並んで歩いていた。
「マト君。預かったナイフ返すよ」
ジェームズがボウイナイフを手渡す。柄の部分に十字架を模した聖印が刻まれている。
マトは自身の体に聖なる力を帯びているため、魔女にダメージ与えられる。しかし、やはりそれでは効果が薄いということで、ジェームズが武器に細工を施したのだ。とは言っても時間が無い中での作業なので、完ぺきとは言い難いが。
マトはその印に眉を顰める。
「コレハ・・・・・・効果ガアルンダロウカ?」
マトは心配そうに訊ね、慌てて言い加える。
「イヤ、オ前ノ刻印ヲ疑ッテルワケジャナイ。タダ、武器ヲ使ウ俺ハ、オ前タチノ神ヲ信ジテナイ。効果ガ発揮サレルカ分カラナイ」
ジェームズはうんうんと頷き、顎に手を置く。
「確かに、君の心配はもっともだね。それについては、大丈夫。とは言い切れない。ただ、信仰の違いについては少し思うところもある」
マトが首を傾げる。
「前も話したかも知れないけど、魔女に君たちの信仰は通用した。そして地下で、私たちの宗教も効果があると分かった。つまり別の信仰対象でも、聖なる力は発揮されるわけだ。これが何を意味しているか分かるかい?」
訊ねられてもさっぱり分からないと、首を横に振る。
「つまりね、聖なる力とは、人間の信仰心が重要になるではないだろうか。私たちの信じる神と、君たちが信じる聖霊。確かに違う対象だが、根本的には同じ存在なのかもしれない。人間は、自分たちよりも高次の存在を感じ取り崇める。ただ人種や歴史、習慣、風土などのあらゆる要素を混ぜ合わせた眼鏡を通して見ることで、信仰の対象の見え方が変わっているんじゃないかな。魔女や悪魔についても、君たちの言うポワカやウェンディゴと本質的には同じ。だから、聖なる存在への祈りや力は、形は変われど、同じ効果を発揮するみたいな……分かるかい?」
「スマン。結構序盤カラ、分カラナクナッテタ」
首を傾げて、素直に謝るマト。
ジェームズも自分の仮説が必ずしも正しいとは思ってない。可能性があるだけ。大きな声で話せる物ではない。間違っても聖職者の前では無理だろう。
「魔女と戦うことになるって思ってたら、武器になりそうな物をもっと持ってきたんだけどね。少しでも武器にできるなら、それに越したことはない」
「ドコカカラ調達デキナイノカ?」
「教会なら聖水とか、聖油とかを手に入れられるだろうけど・・・・・・焼かれてしまったから」
「ナルホド。アイテムヲ燃ヤス目的モアッタノカ」
マトの言葉に「かもしれない」と曖昧に答えると、話題は徐々に他愛もない話に変わっていった。
ワイルドは外に設置された椅子に腰を掛ける。
あれからルーヴィックは一気に意識を失い、急速に白熱状態は悪化。
今は、エドワードの判断で、マハの調合室に隔離しながら様子を見ることになった。
何もできないワイルドは部屋から追い出されてた。
夜もかなり深くなったため、襲撃に向けた準備はかなり落ち着き、出歩く者も少なくなっている。その様子を眺めながら、ワイルドの口からため息が漏れる。
まだ息が白くなるほどではないが、だいぶ寒くなっている。
白熱病が流行りだしたのが暑くなり始めた頃だとを考えると、かなり月日が流れた。
胸ポケットから写真を取り出し、眺めていると不意に声を掛けられる。
接近にまったく気付かなかった。
何だかんだと偉そうなことを言っても、自分もかなりテンパっているようだ。思わず自嘲するように笑ってしまう。
「え、なんで笑ってるんだい? マーシャル」
暗い通りから現れたのはジェームズとマトだった。
「すまない。特に意味はない」
「一緒に座っても?」
ワイルドはジェスチャーで了承すると、2人は空いている席に腰を掛けた。
「……教授先生よ、あんたには謝らないとな。あんたは、正しかった」
「正しいかどうかは、もう重要ではないよ。実は、マーシャルに聞きたいことがあったんだ」
ジェームズはズイッと前屈みになってワイルドを見る。
「地下で、魔女に攻撃を与えていたよね?」
あの時は必死だったため、不思議に思わなかったが、弾丸も通用しないエスターの腕を切り落とし、その頭蓋に一撃を与えている。
「その斧は?」
ワイルドの持つ狩猟用の手斧を指さす。
「親父が狩りで使ってた。まだ、まともだった頃にもらった物だ」
父親の数少ない形見。ウッズ・クリークを離れ新しい生活が始まって間もない頃、一緒に行った狩りで譲り受けた。結局、その日は何も獲れなかったが、ワイルドにとっては大切な思い出だ。それが一緒に行った最後の狩りになったから。
「見せてほしい」と言われ、ワイルドが渡すと、ジェームズは斧を丹念に観察。木製のグリップ部分には細いロープを編み込んだ物を巻いてあり、彼はそれをワイルドの許可を得てから取る。すると、本来の木製のグリップには綺麗に装飾が彫りこまれていた。ジェームズはそれを見て納得し、ロープを巻き直して返した。
「ありがとう。このグリップにはね。魔除けの聖印が彫られてあったんだ。だから、これの攻撃は魔女に通った」
「……そんな物が?」
「あぁ、おそらくは、それを使って魔女と戦っていたんだろうね」
「どうしてそう思う?」
「その印を彫ったのは、恐らく僕の父だろうから……」
ジェームズは懐かしむように、斧を眺めた。
「まさかこんな所で、父の作品に会うとは思ってもみなかった」
しみじみとため息を吐き、気持ちを落ち着かせると、椅子に座り直してワイルドを見る。
「マーシャル。君のお父上は魔女と戦い勝った人だ。何か聞いてないかい?」
ワイルドはすぐに首を横に振るが、なおも食い下がる。
「どんな些細なことでも構わない。魔女を倒すために必要なことは・・・・・・」
「信じてなかった。全部、狂人の戯言だと聞き流してた」
ジェームズの言葉を遮って、強い口調で答える。
「『いい加減にしてくれ。あんたみたいな狂人の戯言なんて、誰も信じちゃいない』・・・・・・最後に親父に向かって言った言葉だ。あの頃はもう会話になってなかった。だから、ついカッとなってな。だが本心だ。俺が部屋を飛び出し、戻ってくると親父は長年使ってた銃を持ってた。俺は止めたが、結局自分の頭を撃った。今でもその光景が頭を離れない。親父の姿、言葉がな」
重たい空気が流れる。ジェームズもマトも口を開かなかった。
ワイルドの次の言葉を待つ。これは長年、彼が抱えてきた告白なのだろう。
「後悔ばかりの人生だ。親父を信じてやれてたら、もしかしたら。と思わない日はない。だが、同時にあれは仕方のないことだ、とも言い聞かせる自分もいた。親父はおかしかった。どうしようもなかった・・・・・・とな」
「だから、魔女の存在を頑なに否定してたんだね」
ジェームズの言葉に小さく笑って首肯した。
「意識してたわけではないけどな。だが、確かに魔女を認めれば、親父の言っていたことは本当で、俺は信じてやれなかったバカ息子ってことになる。つまらない意地で目を曇らせちまった」
ワイルドは片手で目元を覆う。その様子に「分カルヨ」と返したのは、それまで黙っていたマトだった。
「俺モ、同ジダ」
しばらくしてから、マトは続ける。
「沈黙ノ誓イヲ立テ、白人ヲ遠ザケテイタ。ポワカニ勝ツタメニ仕方ナイト自分ニ言イ聞かカセテナ。歩ミ寄ロウトシテクレタノヲ、俺ハ無視シタ。クリストフガ死ヌ時ニ気付イタ」
マトは大きく溜息を吐く。
「結局、他人トノ間ニ線ヲ引キ、色眼鏡デ見テイタノハ、自分ノ方ダッタ。気付イタトコロデ手遅レダガ、同ジミスハ繰リ返サナイ。そソウダロ? マーシャル」
同意を求めるマトに、ワイルドは小さく笑い「そうだな」と頷く。小さな声だが、重たい言葉だった。その様子を見るジェームズも、何か言おうと口を開きかけたが、特に思い浮かばなかったようで、重々しく頷いてみせる。
「襲撃に参加する奴らには、十字架なんかのお守りを持っておくように指示してある。かなり不思議がられたけどな。それで魔女を見つけ出し、必ず殺す。そのためには教授先生、あんたの知識が必要になりそうだ」
その言葉にジェームズは顔を輝かせた。これまで魔女を倒すために知識を得てきたが、それを頼られたことはほぼない。奇異の目を向けられたり、邪険にされたり。だがようやく、自分のしてきたことが間違いではないと証明できる。
「もちろんだ、マーシャル。それと、僕のことはジェームズでいいよ。父親が共に死線を乗り越えた仲じゃないか。まぁ、僕の親は乗り切れてなかったようだけどね」
ワイルドはブラックなジョークにどう反応していいか困ったが、上着に手をこすってから差し出すジェームズの手を取る。
「了解だ、ジェームズ。なら俺も、ワイルドで構わない。ファミリーネームだが、親しい奴はそう呼んでくる」
「あぁ、前から気になっていたけど、名前のWildeとWildをかけたニックネームみたいなもの?」
「たぶんな。そんな深くは考えたことねぇよ。誰かが言い始めて、広まっただけだ」
「じゃ、よろしく、ワイルド」
それから2人の視線がマトへと移る。
「もちろん、君も必要だよ。マト君。地下で確信したね。やっぱり君の経験は武器になるし、僕たちが知らない事も知っている」
不意に話題の矛先を向けられ少し驚きながらも、ジェームズから寄せられる期待に照れるように頭を掻く。少しの間、押し黙ったが、ジェームズとワイルドの視線に応えるように見つめ返す。
「今マデ他人ヲ拒絶シ、1人デ戦ッテキタ。ソレデモ勝テルト思ッテイタ。ダガ今ハ、君ラノヨウナ勇敢ナ者ト挑メルコトヲ誇リニ思ウ」
3人は笑い合う。
魔女と言う強敵との戦いを前に、3人が本当の意味で仲間になった瞬間だった。
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