第43話:地下の餌場


「マジで、騒ぎにする気はねぇって言ったよな?」

 ワイルドが少し呆れた様子で、そして多少の怒気を含んだ声で、こめかみを摩りながら言う。

「中に潜入できたんだからいいだろ?」

 悪びれる様子もなく、ダミアンが悪そうな笑みを浮かべていた。

 そこは、『終末の羊』の拠点の1つ。その内部にすでにいた。

「外はこの雨だ。どうせ燃え上がらねぇよ」

 せせら笑いながらダミアンは室内を物色している。


 終末の羊が拠点としている場所はいくつかある。ここはその1つで、古い倉庫を利用している。夜はさすがにほとんど人がおらず、信徒が数人だけ残っているようだった。

 真正面から馬鹿正直に訊ねた所で門前払いが目に見えている。第一、ルーヴィックやニックのことを聞いた所で、素直に教えてくれるとは限らない(本当に何も知らないことだってある)。

 どうしたもんかと頭を捻っている間に、ダミアンが手下と倉庫に火を点けていた。

 「火事だ」と騒々しくなり、信徒たちが慌てて表に出てきた所で今に至る。


 信徒らはまだ戻る気配はない。

 倉庫の中も少し焦げた臭いがしている。

 壁掛け灯の明かりで照らされた室内は、広い礼拝堂と言った雰囲気だ。

「あれ、不気味」

 マハが最奥の祭壇を見て眉を顰める。

「十字架、ではないんだね。何を信仰しているんだろ? ん?」

 ジェームズも祭壇を観察しながら呟く。キリスト教にも様々な宗派があるし、キリスト教以外にも宗教はたくさんある。しかし、彼の知識の中にはどれも当てはまらなかった。そして、マハやマトの様子を見ると、アメリカ・インディアンのものでもないようだ。

「何にもねぇな」

 特に目ぼしい物がない。当然、ルーヴィックやニックにつながるような物も。ただの信徒らの憩いの場のようだ。大きなため息が漏れかけた時、ワイルドを呼ぶジェームズの声がした。が、彼の姿が見当たらない。

「教授先生よ! どこだ?」

 すると祭壇の奥からジェームズが顔を出す。

「マーシャル! こっちこっち!」

 手招きされ向かうと、奥には地下へ続く階段がぽっかりと口を開けている。

「なんだこりゃ?」

「ビックリだよね。こんな所に階段だよ」

「俺ガ以前、ポワカニ遭遇シタノモ、地下ダッタ」

 マト・アロが階段を覗き込みながら呟く。

「こりゃ、怪しいな。こんなもん、元の倉庫にはなかったはずだ。後から作ったんだろうが、かなり大掛かりだ。入って確かめるか? そろそろ信者の連中が戻ってきそうだが」

 ダミアンは階段に興味を示しながらも、判断はワイルドに任せるようだ。最終的にはワイルドに責任を取ってもらうつもりなのだろう。

 確かに階下に何があるのか、ワイルドにも興味はある。これほどの物を作るとなると、それなりに理由が必要だからだ。そして地下と言う所が、マトの証言にもあった死体を解体する連中とも重なる。しかし、不用意に飛び込んでいいものか? このチャンスを逃すな、という自分がいれば、危険すぎると、警告する自分もいる。


「『ベットしなきゃ、当たる賭けも当たらねぇ』って親父も言ってたな」


 ワイルドは頭を掻きながら覚悟を決めると、階下へと降りていく。



☆   ★   ☆



 地下は想像以上にしっかりとした造りだ。

 街の宗教団体が保持するには明らかに規模がおかしい。

 幸いにも地下の通路で誰かに会うことはなく、奥まで行くことができた。

 そこは、薄暗い部屋だった。中央には見たことも無い大きな機械があり、部屋の奥にはさらに通路が繋がっている。

 そこにも人の気配がないことを確認しながら、ワイルドらは機械を見る。あいにくだが、彼はそういった物を触れたことも無いので、それが何なのかまったく分からない。

 ダミアンやマト・アロ、少し期待していたジェームズでさえ、目前の物がなんであるのか見当がつかない様子だ。

 円柱状で側面や上面は多くの配管に繋がれ、様々な計器がある。

 取り付けられた小窓を覗くと、中の容器に液体が溜まっており、ちょうど上部から一滴落ち、波紋を作っている。

「こりゃ、なんだ?」

 明らかに場違いな代物だ。宗教団体と言うよりも研究所か工場の方が似合っている。

「アイスティーでも作る機械か?」

 まったく分からないダミアンが軽口を叩くも誰も笑わなかった。

 それだけ怪しい雰囲気がこの場を支配している。

 すると、奥の通路から話し声が聞こえる。

それも近づいてくる。手近な場所に身を隠すのとほぼ同時に、作業着姿の男が2人で大きな鍋を持って現れた。

「あとどれくらい繰り返すんだ?」

「さぁな。ただ、この間、羊飼い様はだいぶ濃縮されたとおっしゃってたぞ」

 男らはワイルドたちに気付くことなく、機械の脇にある台座を登り、機械上部にある開口部に鍋の中身を流し込む。

「どちらにしても、俺らは羊飼い様のご期待に応えるまでさ」

「この街が浄化されて、ようやく正しい世界になるな」

 そう言いながら、男たちは奥の通路へ戻っていく。

 口調こそ落ち着いた世間話といった様子だったが、言葉の端々に異様な空気が溢れていた。

「俺ガ地下デ見タモノト似テル」

 男らの気配が無くなるのを待ってマトは口を開く。

「なら、あいつらが死体をバラしてた犯人ってことか?」

「コノ街ニ、他ニモ団体ガ存在シナイノナラナ」

 そんな連中の組織がいくつもあってたまるか。

 ワイルドは警戒をさらに1段階挙げ、リボルバーを構える。

 ダミアンらギャングも、同様に持ってきた武器をすでに手に持っている。どこから襲われても、対応できるよう周囲の観察も抜かりはない。

 そういう点は、プロだと感じさせる。自警団ではこうはいかない。

 マトはナイフの柄に手をかけ、いつでも引き抜けるような体勢だ。ジェームズとマハは極力、目立たない様に気配を消している。こういった争うごとの空気に慣れていない2人だ。仕方がない。

 できるだけ足音を消し、男たちの消えた奥の通路を進む。いくつか分かれ道があり、分断する案も出たが、未知な場所のため一塊になって進むことにした。

 地下に入った段階から気付いてはいたが、先ほどからいろんな臭いがするせいで鼻がうまく機能していない。それも、不快に思わせるような臭いだ。そしてそれは、奥へ奥へと進むほど、生暖かい風と共に強くなる。生理的に胃の中の物が逆流してきそうだった。


 開けた場所まで来ると、そこにはいくつもの木箱が置かれていた。

 その木箱の集まりに、ワイルドは遠い昔に見た養蜂場を思い出す。蜂蜜を取るために、木箱の中に蜂の巣を作らせる。その並んだ木箱が、眼前の景色と似ていた。

 木箱のサイズは、養蜂場の物よりも格段に大きいが。

「ねぇ、この音……何?」

 広間に入ってから聞こえる甲高い音にマハは気味悪そうに呟く。あまりにも大きな音で、大量に聞こえるのでうまく判別できないが、木箱の中から聞こえてくるようだ。

「一体、なんだろうね?」

 ジェームズは恐る恐る木箱の隙間をのぞき込む。暗い内部には闇が広がっているが、目を凝らせばそこに無数の小さな影が蠢いていた。

「うわっ!」

 得たいの知れない物に思わず後ずさる。

 ワイルドは壁掛け灯を1つ掴むと、木箱の中を照らした。


 ネズミだ。


 中では大量のネズミがまるで1匹の巨大な動物のように塊となって蠢いている。と、言うよりも何かに群がってそう見えている。先ほどから聞こえる、甲高い音は大量のネズミたちの大合唱だった。

 そのことを知り、その場にいた全員の背筋に冷たい物を感じた。


 ここにある木箱全てがそうなのだろうか、何が目的なのだろう?


 ギャングの1人が手近な木箱を無理矢理開けると、弾かれた様に大量のネズミが溢れ、走り去っていく。その光景に思わず身近な悲鳴が漏れていたが、誰も笑うことはできない。

「おい、これって。ウソだろ……」

 未だに多くのネズミが集っている中身を見たダミアンの顔は明らかに青かった。

 ネズミの間から、ある物が見える。


 人の手だ。


 正確に言えば、人の手だった残骸。すでに、肉は食い散らかされ、骨が見えている。

「このネズミたち……人を食わされてるってことかい?」

「しかも、見ろよ。引っ掻いた跡があるってことは、生きたまま入れられたんだ」

 ダミアンの蓋を裏返すと、そこには爪で引っ掻かれたような跡がいくつもあった。

 吐き気に口元を覆うジェームズは、思わず広間の木箱を見渡す。その全てが同じような状況なら、とんでもない惨劇だ。

「どうして、こんなこと?」

 マハも気分が悪そうだ。

「相当、恨ミヲ持ツ相手、敵ノ処刑、ダロウカ」

「それか、裏切りに対する見せしめかだろうな」

 マトの予想に、ダミアンも付け加える。

「どっちなのかは分からんが……」

 木箱の中身のネズミを追い払っているワイルドが、ため息交じりに呟く。低いがよく通る声で、広間に反響する。全員の耳目が彼に集まる。

「誰なのかは分かった」

「本当かい? マーシャル。知っている人だったのかい?」

 ジェームズの問いかけにワイルドは木箱から残骸を取り出して見せた。


「いなくなった聖職者たちが見つかった」


 彼の手には牧師が着るカソックの残骸や使っていた十字架があった。

「見つからねぇわけだ。拉致されて、ここに詰め込まれてたんだからな」

「じゃぁ、ここの木箱って……」

 顔を引きつらせるジェームズの視線は広場の木箱に向けられる。彼のセリフの後の内容は、言うまでもなく全員にも理解できた。

 ダミアンはポケットからロザリオを取り出して口の中で祈りを唱え、ギャングの何人かは宙で十字を切っている。さすがに彼らの顔からも余裕はなくなっている。


 ここはネズミたちの餌場。そしてエサは、生きた人間なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る