第42話:雨の中の教会

 第4区画。

 他と変わらず静まり返っている街並みを帆馬車が走る。

 見すぼらしくはあるが、頑丈な造りだ。

 強く振ってくる雨が帆にぶつかり、音を立てて地面に落ちる。

「おい、少し止めろ」

 台車から外を窺っていたワイルドが、いきなり馬車を停めさせる。

 一緒に乗るダミアンたちは何事か分からない様子だったが、指示に従った。

「どうした? もう少し先だぞ」

 ヘイズ兄妹の家から一番近い『終末の羊』の拠点へと向かっている途中だ。目的地にはまだ遠い。

「教会に明かりが見えた」

「そりゃ、明かりぐらい見えるだろうよ」

「この間、燃やされて廃墟になった場所にだぞ」

 停車した場所から飛び降りながらワイルドはリボルバーを構える。

 その教会は救援隊を手伝いに来ていた牧師の教会だった。機会があれば、調べたいと思っていたがなかなか来れていない。その教会から明かりが漏れている。

 牧師が戻ってきている、とは思えない。暴動に参加した者が身を隠しているのかもしれないし、家を失った者が住み着いているのかも。どちらにしても、気になる。

 ワイルドが歩み寄ると、その明かりは消えた。

 近づいていることに気付いて、慌てて消したのかもしれない。ワイルドは警戒を一段階引き上げる。後ろに控えるダミアンも、明かりの存在に気付いたようだ。

「気を付けろよ」

 背後からダミアンの声を聞きながら、ワイルドは太もものホルスターに固定した手斧の留め具を外す。

 雨音のせいで教会(といってももう廃墟だが)の気配を探ることができない。ゆっくりと歩み寄り、外れかけた扉を勢いよく押し開けた……。



   ☆★☆



 廃墟となった教会は壁こそ残っているが、床には穴が開き、屋根は所々崩れた酷い有様だ。奥に掲げられていたはずの十字架は無残にも床に転がり、燃やされて炭となっていた。焼け跡からは未だに煤の臭いがする。


「ヤバい。誰か来た!」


 出歩く者などほとんどいない深夜にもかかわらず帆馬車が教会の前を通過したかと思ったら、いきなり停車し、中から人が降りてきたのだ。

「だから、明かり付けたら人目に付く、言った! クラーク先生、早く火消して!」

 マハの叱責にジェームズは慌てて持っているランタンの火を吹き消した。

「いや。だって、暗くてよく見えないからさ」

 悪びれながらジェームズは頭を掻く。

「馬車カラ何人カ降リテキタゾ」

 マト・アロも隙間から外の様子を窺うと、先に降りた男(シルエット的に)の後に何人もの人影が降りてくる。

「裏から逃げる? それとも外に出て、誰か確かめる?」

「こんな時間にうろついてる連中、まともな奴じゃない!」

「もしかして、牧師様がいなくなったことに、関わりがあるのかもしれないね」

 ジェームズは牧師が自ら逃げたとは思っていない。

「もしそうなら、余計に危険な奴ら」

「でも、何か重要なことが分かるかもよ」

 逃げるか、残って相手の出方を見るかで言い合っていると、マトがおずおずと会話に割り込む。

「話シ合ッテルトコロ悪イガ、外ノ連中、銃ヲ持ッテルゾ」


「「逃げよう!」」


 ジェームズとマハは声を揃えて踵を返すが、マトは冷静に言った。

「無理ダナ。モウ来テル」

 腰のボウイナイフを手にして身を低くした。いつでも飛び掛かれるように体勢を整えた時、教会の扉は勢いよく押し開かれた。


「おい、だ……」

 入ってきた影が何かを言いかける途中で、マトは弾かれた様に飛び掛かった。

 誰かは分からないが、相手の動きを封じて優位に立ってから判断した方が安全だ。


 影は舌打ちをしながら銃を向けるが、引き金が引かれるよりも早く叩き落とす。そしてボウイナイフを影の首筋へ。もちろん殺す気はない、脅しのためだ。

 しかし、影の動きは速く、マトの腕は捻られてナイフを落とされ、さらに足をかけられ、視界が回転。背中に強い衝撃を受ける。自分が転ばされたことに気付くのが数瞬遅れた。

 見下ろす影がさらに攻め込もうと踏み出したその足を蹴り込んで転ばせると、マトはトマホークを掴み掲げる。

 目前の影は手加減できない相手だ。

 見れば、影も手斧を掴み掲げる。

 お互いに振り下ろせば頭蓋を叩き割れる構えだ。そこでようやく拮抗して動きを止める。

「2度は言わねぇ。武器を捨てろ」

「オ前ガ捨テロ」

 暗闇の中で睨みあう両者。

「おい、ぶっ殺されたくなきゃ、さっさとその野蛮な武器を捨てろ」

 後から教会に入ってきた新しい影がマトに銃を突きつける。

 ここまでだ。

 勝ち目はない。

 影たちが持ってきた明かりに照らされ、視界が真っ白になった時。

「マト・アロか?」

 正面の影が驚きの声を上げた。マトも自分の名前を呼ばれたことに驚く。

 視界が慣れてくるとランタンの明かりで正面の影、男の顔が見えた。

「あ、マーシャルか」

 ワイルドは手斧をしまいながら立ち上がっている。

「なんだ? この先住民。お前の知り合いか?」

「あぁ、大丈夫だ」

 ワイルドの言葉に納得しきれてない様子だが、ダミアンは銃を収める。

「なぜ、こんな所にいるんだ?」

「ソレハ、コチラノセリフ。ジェームズ。マハ。マーシャルダッタ」

 マトの言葉に隠れていた2人が顔だけ出して様子を窺い。それが本当だと気付くと、安心したように出てくる。

「いきなり襲ってくるやつがあるかよ。もう少しで殺す所だった」

「コンナ時間、出歩ク連中、危ナイト、マハが」

「そりゃ、そうだが。誰か分からねぇのに」

「シルエットデハ分カラナカッタ。銃ヲ持ッテイタシ」

 「そうかい」とぼやきながら、ワイルドは自分のハットを取る。自分で言うのも何だが、割とこの街では特徴的なシルエットをしていると思うのだが。



 ジェームズとマハも加わり、夜道を歩かせるわけにもいかないと、ワイルドは3人を馬車に乗せる。

 その中で、ジェームズは白熱病罹患者が第4区画に少ないこと、何かしらのヒントを求めてきたことを説明した。そのついでで牧師の教会を調べていた、とも。考えることは同じだったようだ。

「それで、マーシャルたちはどうしてこんな時間に?」

「ああ、終末の羊の拠点に向かうところだ」

「あの団体、何か悪さでも?」

「いや、それは分からんが、暴動に関わっていたかもしれん」

 ワイルドに言葉に、ジェームズは顎に手を持っていき少し考えた仕草をしてから口を開く。

「僕らも一緒に行っていい?」

「は? なんでだ?」

「白熱病の感染ルートは食品かもしれない、って言うことは前にも説明したよね。終末の羊も食料を配っているし、そのうえ暴動にも関わっているかもしれないなら調べてみたい」

「門前払いされて終わるかもしれないぜ」

「構わないよ。こんなチャンスはなかなか無いからね」

 馬車に置いていってもジェームズ達が付いてくるのは彼らの様子を見れば分かる。特にジェームズ。

「あんま、無茶なことはすんなよ。今はまだ騒ぎを大きくする気はない」

 ため息交じりにワイルドは言った。

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