第36話:死の真相
ワイルドは雨に打たれながらも、あるテナントの前の残る煤の跡を見ていた。
「で? こんなボロイ建物に何の用があんだよ?」
彼の隣では、傘を差しながらも濡れることに不快感を露にするダミアンが立っていた。そのそばには、彼が選んだギャングが数人控えている。
「俺の補佐官の姿が見当たらなくてな……」
「知るかよ。個人的な要件で呼び出すんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ」
雨の降る中に呼び出された挙句に、自分と関係のないことと知り、ますます不機嫌になった。
「前はある程度足取りが掴めてたんだが、暴動の後からはさっぱりなんだ」
ダミアンの言葉には意を介さず、ワイルドは話を続ける。
「どうにも嫌な予感がする」
「あっそう」
ダミアンは心底興味がないとばかりに気のない返事をする。
ワイルドは気にする様子もなく、テナントの中へと入っていくので、ダミアンも「ああー」とうんざりしながらも後に続いた。
テナントに入ると、住民らはワイルドの姿に驚きながらも会釈するが、そばにいるギャングを見て、すぐに隠れていった。
目的の部屋まで来ると、扉をノックする。
反応はない。
「留守みてーだな。帰ろうぜ」
ダミアンが面倒そうに呟くのを余所に、ワイルドがノブに手をかけると、戸は何の抵抗もなく開いた。
通路から見る室内は暗闇で、静まり返っている。人の気配はない。
「鍵も閉めないで、留守……か?」
「不用心……まぁ、忍び込まれても盗むもんもないだろうがな」
2人は怪訝に思いながらも室内を覗き込み、互いに視線を合わせる。
「……おい、まさかマーシャルが不法侵入か?」
ワイルドの次の行動を予見したダミアンは、からかうように目を細めて指摘する。
「マーシャルに不法侵入なんざねぇんだよ」
フンッと軽く笑い飛ばしながら、ワイルドは室内へと入っていく。
静まり返った室内に明かりを付けると、特に変わった様子はない。
「ここはお前の補佐官の部屋か?」
「いや、キャシー・ヘイズとその兄貴の部屋だ」
「ヘイズ? ニック・ヘイズか?」
「知ってんのか?」
「この辺りで悪さしてるガキどものまとめ役だ。前に使ってやろうと思って声をかけたが、俺らを目の敵にしてるらしくてな。そう言えば、ニックと一緒にいるガキが厄介だって、前に誰かが言ってたな。お前んとこの補佐官か」
ダミアンは顔を歪めながら思い出す。
「補佐官様が街の悪とつるんでるとはねぇ」
「ルーヴィックにはニックの行動を見張るように言ってあった。あまりに度が過ぎる場合は言うようにもな」
「えぐいことさせるなお前も。俺らも気を付けよ」
震える真似をしながらダミアンはおどけて見せる。ワイルドは気にせず、室内を物色する。
ルーヴィックにニックの監視を言ってはいたが、形だけのものだ。キャシーとの関係は本気だろうし、ニックと馬が合うのも事実だろう。補佐官と街の悪ガキの関係に後ろめたい気持ちのあったルーヴィックに、ワイルドが会う理由を付けてやっただけだ。実際に、それで抑止力になれば儲け物程度にしか思ってなかった。
部屋の中は片付けられており、今にも家主が戻ってきてもおかしくはない様子だ。ただ一つ気になるのは、ベッドの脇に水の入った容器やタオル、どこで仕入れたかも分からない薬紙がある。どう見ても、ここで誰かを看病していた。
「誰かが病気で寝てたみてぇだな。もしかすると、白熱病を隠してたのかも。よくある話だ」
ダミアンもベッドに気付き、口を開いた。
彼の予想はおそらく当たっているだろう。
しかし、ここで病人を匿っているとしたら、ニックかキャシーだろう。
暴動時にルーヴィックの胸にかかった十字架を思い出す。
あれは彼の物ではない。ああいった物は身に付けない男だ。
ワイルドの口から深いため息を漏れる。
「問題はこのベッドにいた人物がどこに行ったかだ。救援隊には来てない」
「お前の話しぶりだと、補佐官は暴動以降から様子がおかしいんだろ? なら、ここのベッドの奴は暴徒に見つかって焼かれたんだろ。表に煤の跡があったしな。もしくは、順当に病気で死んで嘆きの火送りか……どちらにしても、燃やされてるよ」
ダミアンは特に感情もなく、思ったことを口にする。それはもちろんワイルドも同じことを考えた。だが、ダミアンにとっては知らない人間でも、ワイルドにとってはそうではない。そう簡単に、その答えには行きつきたくなかった。
「ただまぁ、後者の方だろうけどな」
ワイルドの複雑な気持ちも知らず、ダミアンは続ける。
「なんでそう思う?」
「暴徒に引きずり出されたなら、部屋の中が綺麗すぎるだろ」
確かにダミアンの指摘通り、強引に押し入れた形跡もなければ、争った跡もない。
「なるほどな」と頷きながら踵を返したワイルドは何かを踏んだことに気付く。足を退けると布でできた袋で、摘まみ上げると甘い匂いがする。
どこかで、似た物を見た気がする……。
ワイルドが記憶を辿っていると、ダミアンが覗き込んできた。
「そりゃ、インチキ集団が配ってる香袋だな」
「インチキ集団?」
「『終末の羊』とかいう奴らだよ。終末論者なんて、イカれた連中だろ?」
そこまで聞いて、ようやく思い出した。
パベル牧師が発狂し、暴れた現場のそばに落ちていた物だ。
「なんでそんなこと、お前知ってんだよ?」
「ダウナーサイドは俺らの庭だぜ」
得意げな顔を向けてくるダミアンは、顔を顰めるワイルドを満足そうに見ながら「今の情報で、貸し2だな」と馴れ馴れしく言ってくる。
忌々しいが、確かにワイルドよりもダミアンら、ギャングの方が情報力に長けている。
香袋を手に持ち、『終末の羊』について思いを巡らす。来たる終末の時を乗り切るために備えよ。とかいう集団だ。確かに怪しいと思い、何度か調べたことがあったが、いずれも空振りに終わっている。布教活動に多少の強引な勧誘が見られたがその程度でトラブルになるほどではない。
「そんで、その香袋が今回の件と関係あんのか?」
「知らん」
「何だそりゃ」
「取りあえず、ヘイズ兄妹がどこに消えたかを探る。ルーヴィックも多分そこだ」
暴徒の襲撃にあっていないとすれば、白熱病の影響ですでに死んでいるか、もしくはどこかへ隠れているかのどちらかだ。
部屋を出ると、通路で待機していたギャングの1人が話しかけてくる。そばにはみすぼらしい格好の男が立っていた。聞けば、近隣の部屋に住んでいるという。
「この男が、ここの住人が表で焼かれるのを見たって言ってます」
ギャングに小突かれた男は、身を小さくしながらも忙しなくダミアンとワイルドに視線を動かす。
「おい! テメー。いい加減なことを言ったらぶっ殺すぞ!」
ダミアンのドスの利いた声に男は恐縮してたじろいだ。
先ほど暴徒の襲撃はないだろう。と自信を持って言った手前、それを否定されるようなことを言い出す男の発言に逆上したのだ。
「い、いえ。バッカス・ファミリーの方にはいつも良くしてもらってます。嘘は言いません」
慌てすぎて若干舌が回っていないが、男は言い切る。
「聞かせてくれ。ここには2人住んでたはずだが、焼かれたのは誰だ?」
「はい、マーシャル。妹の方です。なんか、白熱病に罹ってたらしいんですがね、みんなに黙って部屋に隠してたみたいなんですよ」
男の言葉に、落胆の息を吐く。
「そんで、暴動のあった日、表で、ですよ。そりゃぁ、あっしらだって白熱病は怖いですし、気付いてりゃ追い出すことくらいはしてたでしょうがね。ありゃ惨い……。追い詰められて狂っちまったんでしょうね。抵抗できねぇくらいに弱った女の子を」
話しながら思い出したのだろう。男の顔が青くなる。
「じゃぁ、やっぱ、暴徒らが押し寄せてきたってことか」
自身の予想が外れたことにしかめっ面をしながら言うダミアンに、男は「いいえ」と首を横に振った。
「どういうことだ?」
話が見えてこない。暴徒でなければ、誰がキャシーを殺したのか……?
「誰がキャシーを引きずり出したんだ?」
「そりゃ、兄貴の方ですよ!」
「はぁ?」
「ここの兄貴、ヤバい奴だとは思ってましたけど、あの時はホントに正気じゃないですよ」
「ちょ、ちょっと待て。ニック・ヘイズが床に伏せる妹を引きずり出したのか?」
理解が追い付かないワイルドは、一旦、話を遮った。
あの日、ニックは動けないキャシーを部屋から連れ出し、ビルの表で焼き殺したという。
そんなことが、ありえるのか?
どう考えても、信じられない話だ。あの兄妹の仲は知っている。ニックがキャシーを手にかけるとは思えない。いかに、白熱病で妹の寿命が僅かであったとしても、そんなことをする人間ではない。
しかし、男が嘘をついているとも思えない。「何なら他の住人にも聞いてみろ」とすら言っており、多くの者がそれを目撃したそうだ。
そして、妹を焼き殺した後、よく一緒にいる男(おそらく話しぶりからルーヴィックだろう)と合流し、妹の焼死体を抱えてどこかへ消えた。
「どうしてそんなことを……?」
「そいつは分かりません。おかしくなっちまったとしか……でも、なんだか変な連中といました」
「変な連中?」
「へえ。特徴を聞かれると困るんですが……あ、マーシャルが持ってるのに似た物を持ってました」
ワイルドの手にある香袋を指す。
「「……終末の羊、か」」
ワイルドとダミアンの声が被る。
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