第37話:魔女の倒し方

 マハの調合室には、夜も更けているのにジェームズとマトが集まっている。

「私、明日、早いけど」

 マハがうんざりしながら、地図と睨み合い、熱心に話し合っている2人へ冷たい視線を投げかける。

「それは、大変だね。マハちゃん」

 彼女の意図をまったく察しないジェームズが気のない返事をするのを、マハは余計に顔を顰めた。


 ホワイトらとの会合はワイルドの退席後、互いの情報を交換し合ってから解散した。ホワイトはミッドサイドへ戻るとのこと。リリーも一緒に連れていきたい様子だったが、彼女は救援隊に残ると言って譲らなかった。そのため、スティーブの率いるナイトウォッチの一部は継続してリリー含め、救援隊を警護。そして同時に、マトが魔女と会った場所の調査をするとのこと。

 そしてジェームズとマトは、白熱病の感染源が混入されていると見込まれる食料品について調査しようと、マハの調合室に押し掛けたわけだ。

「でも、驚き。マーシャルが、ポワカと接点あるなんて」

 一通りの話を聞いたマハは意外そうに口を開く。

「そういうの、信じてない感じだった」

「実際、信じてない様子だったよ。と、言うよりも信じたくないって感じかな?」

 ワイルドの様子を思い浮かべながらジェームズはマトに同意を求めるように視線を送り、彼も異論ないと首肯する。

「何かが、彼の中で魔女の存在を否定したがっているんだろうね」

「マーシャルなしで、ポワカをタオすしかないな」

 マトは物憂げに首を振りながら呟いた。

「そう言えば、その君たちが言う『ポワカ』というのが、災厄の魔女を指すのだろうか?」

 ジェームズは地図を広げたテーブルに両手を付きながら疑問を口にする。マトは不思議そうな目を向けながらも、首を横に振る。

「さぁ、ワからない。ワレワレは、ムカシからポワカとヨんでる。でも、スガタをミたの、コンカイがハジめてのことだ」

「でも、私の占い、ポワカこの街にいる。だから、マト・アロ、遭遇したのポワカだと思う」

 マトとマハの話にジェームズは「なるほどね」と、聞いているのかいないのか曖昧な返事をする。

「私の祖父の話では、災厄の魔女はこの大陸に昔からいる存在らしい。魔女は姿を変えられるから。同じかもしれないね。魔女が何人もいるとも思えないし」

「どうして、魔女、たくさんいない?」

 マハは素朴な疑問を呟く。


 どうやら自分たちが呼ぶポワカと、ジェームズの言う災厄の魔女は同じらしい。だが真偽は定かではないが、魔女と呼ばれ殺された者は大勢いる。


「魔女は悪魔と契約をした者を指すんだ。何世紀も前のヨーロッパ、ここアメリカでも魔女と呼ばれて迫害を受けた人はいた。でも、そのほとんどが……いや、恐らく全ては普通の人間だろうね。えん罪って奴だよ。魔女は人知を越える力を持ち、人間に災いを及ぼす。悪魔の力を持っているんだ」

「悪魔、悪い精霊(ウェンディゴ)みたいなもの?」

 マハは分からない単語を、取り敢えず自分たちにもなじみのある言葉に置き換えることにしたらしい。

「史実では自然災害や戦争、疫病など、この大陸で起こる大きな厄災の裏に魔女が潜んでいたという。それが僕の追っている『災厄の魔女』だよ。つまりアメリカができる前から、存在するらしい」

 ここで一度、言葉を切り、息を吐いてなら続ける。

「祖父や父、そして僕は、そうした魔女の生態を調べ、弱点を探してきた」

「弱点って?」

「魔除けや聖水、聖印の刻まれた武器、祈りの言葉、十字架、あと賛美歌なども嫌がるらしい……ただ、マト君の話を聞く限り、君たちの退魔の手段も有効らしいから、非常に興味深いよ。宗教の種類は関係なく、そこにかける信仰心が関係するのかも。まぁ、検証のしようはないけどね」

 ジェームズは一人楽しそうだが、実際に敗北したマトの顔は深刻だ。

「あなたたちの中で、なぜポワカ、魔女は、生まれたと?」

 マハは怪訝そうに眉を顰めながら聞く。

「さっきも言ったように、魔女は悪魔と契約を結ぶんだよ。悪魔が現れるのは、感情の爆発が起因となる、とある。常人では到底、到達できないほどの感情の暴走が、悪魔を呼び寄せ、興味を持たせる……らしいよ。悪魔が興味を示すほどの感情を持つ者はそうそういない」

「感情?」

「ニクしみ、イカり、ウラみ。フのカンジョウだろう……」

 マハの問いに答えたのはマトだ。その回答にマハは納得したように頷いた。

「あながち、間違ってないかも。私たちの言い伝え、ポワカ生まれたの、白人がこの大陸攻めてきた頃」

 かつてスペインがアメリカ大陸を攻めた時、先住民(アメリカ・インディアン)は武器でこそ劣っていたが、圧倒的な数の差で戦闘を有利に進めていた。しかし、ある時から先住民たちが、見たこともない病に倒れ、次々と命を落とした。

 一方の侵略者たちは、病にかかった形跡がない。理由を探して、行き着いた答えが『宗教の違い』だった。つまり神だ。侵略者たちは神によって守られているのではないか……。

「ポワカ、強力なコクーン。部族の者率いていた。でも。多くの者命を落とし、それ以上の者、侵略者に屈服した。彼女、最後まで戦おうとした。でも味方裏切られ、侵略者に捕まった。彼女、侵略者だけじゃない。膝を屈した部族の者、祈りに耳傾けない聖霊恨んだ。そんな時、彼女の耳元、ウェンディゴ囁く……そう聞いてる」

「災厄の魔女のルーツは、聞いたことがなかったよ」

「でしょうね」

 マハの言葉は冷たくもあり、どこか寂しげな響きのある声だった。白人とアメリカ・インディアンの溝の深さがそこにあった。

「ありがとう。君からもらった情報は、必ずどこかで役立ててみせるよ」

 ジェームズは素直に、彼女にお礼を言っていた。ほんの少しでも、彼女らが自分を信頼きてくれたように感じたからだ。

 そんな彼に、マハは少し照れるようにしながら、話題を変えた。

「でも、マト・アロ、結構攻撃を与えてた。でも、倒せなかった」

「クビをオとし、カラダをサいてもタオせなかった」

 マトも魔女と戦った時のことを思い出しながら言う。ジェームズは顎に手を当て、少し考え込む。

「魔女は悪魔の力を持っているから、ほとんど不死身なんだよ。普通の武器では効果がない」

「タシかにクリストフのコウゲキはキいてないようだった。だが、オレのブキはトクベツじゃないが、コウゲキにヒルむトキもあった」

「恐らくだけど、君の場合は武器というよりも、体に彫られたタトゥーに聖なる力が込められていたからだろうね」

 推測の域を出ないが、なるほど、とマトは納得する。


「でも、聖なる力あっても、倒せなかったじゃない?」

 マハの問いを待っていたかのようにジェームズは得意げな顔をして答える。

「確かにね。魔女はね。悪魔と契約をした時、体のどこかに印を刻まれる。マト君、どこかにあったかい?」

 マトは少し考えたが、首を横に振るう。

「その『契約の印』だけには、力が込められていない。つまり人間の状態らしく、そこが弱点……らしいよ」

「らしいよ、って、信憑性ある?」

「こればかりはねー。本物の魔女を殺した。という例がない以上、確証は持てないよ」

 マハの視線に苦笑いを浮かべながらジェームズは答える。

「じゃぁ、効かないかも、ってこと?」

 マハはガッカリしたように言うが反論できない。まったく痛い所を突いてくる。

「だが、タメすカチはある」

 マトはピシャリと言い、地図に視線を落とした。

「ツギにポワカにアったトキ、シルシとやらをサガしてタメしてやる」

「うむ。さすがはマト君。頼もしいね!」

「あなたと、違ってね」

「ん? 何か言った?」

「何、に、も。ほら、さっさと白熱病、感染源見つける。いい加減、眠い」

 マハは面倒そうに自分の机に頬杖を突く。

「そうだったね。でも、やっぱり何度見ても、罹患者はバラけているよね。食事が原因なら、全ての配給品が怪しく見えてくる」

「1つのバショだけからもらっているモノはスクない。いろんなトコロから、ショクリョウをもらっているニンゲンはオオゼイいる。トクテイはムズかしいな」

 地図と睨みあっこする2人はしばらく沈黙する。終わりそうもないので、マハはため息を吐きながら、テーブルまで近づくと地図を見る。

 確かに彼らが言う様に罹患者の分布図はバラけている。これでよく食料が感染源だ。と言い切れるものだと、感心するほどに。

 しかし、マハはひと区画を指さした。

「ここ。白熱病なる人、少ないね」

 何気ない気付きだが、彼女には特殊な力も備わっている。そこだけ異様に目についたのだ。

「第4区画だね。まぁ、確かに少ないけど、0ではないからね」

「ここ……終末の羊いう団体、慈善活動をしてる近く。怪しくない?」

「でも、マハちゃん。僕らが探してるのは、罹患者が発生する場所だよ。白熱病が出てないなら、それに越したことはないよね?」

「こんな全体的に罹患者出ている。なら、ダウナーサイドの人間、ほとんどの体内に病原物質、すでにあると考える。それで、白熱病の発現、操作できるなら、発現させないようにする、できる」

「逆転の発想だね」

 ジェームズは顎に手を置きながら考える。

「あー。つまり、このダイ4クカクは、ヤマイになるモノがホカよりもスクないから、アヤしいということか?」

 よく理解できていないマトが、たどたどしく話しかける。

「怪しいとまでは言い切れなくとも、何かしらの原因があって体内の白熱病が発現しないのは確か。何が他とは違うのかを探せれば、発現に必要なトリガーが分かるし、魔女とその手下にも近づけるかもしれない」

「だが、そのチガいとやらをどうやってサガすんだ?」


「第4区画歩く。そしたら、見つかる。たぶん」


 考え込む2人にマハは軽い口調で言った。もちろん冗談だ。そんなことで、見つかるとは思っていない。しかし、返ってきた反応は予想外の物だった。


「確かに、ジッとしてても始まらないしね」

「ゲンチにイってワかることもある……か」

 2人は名案とばかりに頷き合うと、外出するための身支度を整え始める。

「え、本気? って、今から出る?」

「善は急げと言うからね」

「こんな夜に?」

「マト君が、魔女に会ったのも夜だし、良いんじゃないかな」

 これは何を言っても出かける気だと分かり、マハはそれ以上口を出すのを止めた。2人とも彼女よりも一回り以上も年上の大人なのだ。勝手にすればいい。


 それよりも眠い。と欠伸を噛み殺していると、一向に2人が部屋から出る気配がないことに気付き、視線を上げる。

 彼らの視線がマハに向けられていた。

「なに?」

「マハちゃん。早く用意して!」

 少し非難するような口ぶりに、何を言っているのか初めは理解できなかった。

 

「え、私も一緒に出る?」

 2人の雰囲気から、彼女に拒否権はないようだ。

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