第34話:魔女に仇なす血統
顔つきの変わったワイルドに、ホワイトは薄っすら笑みを浮かべる。
「もちろん知っているだろ? 君の故郷なのだから」
そう言いながら3本目の指を立てて見せる。
「3回目。1872年8月、ウッズ・クリークという小さな町。生存者はわずか数名と凄惨な戦いだったようだが、その元凶を撃退した」
「ウッズ・クリークは伝染病で滅んだんだ」
「それを見たのかな?」
「俺は……いや、その時は町にいなかった。町に戻った時にはお袋と弟は死に、町は消えてたよ」
苦虫を噛み潰したような口調でワイルドは答える。
『あの時の赤い目がぁ、追いかけてくるぅんだぁ……』
生前の父の戯言が不意にワイルドの脳内で聞こえる。
「最初は小動物の死骸が道端で多く見られた……」
ホワイトは使い古された黒革の手帳を開き読み始める。
「次に犬が死に、家畜が泡を吐き腐り始める。不気味な現象に違和感を覚え始めた頃には、それは人にも伝播していた。止める術はない。いつ自分がなるかも分からないという恐怖が人々の心を蝕んでいく。生きながらにして体が腐り、虫に肉を食い千切られ死んでいく。こんな病は見たことがない」
ホワイトの朗読に他の者は口を挟むことはできなかった。突如発生した未知の病に蝕まれる町の様子がそこには生々しく記録されている。
そして、その内容は途中から少し変わる。
「『赤い目の女』が現れた……。錯乱した者たちが口々に言っている。シェリフや牧師は否定するが、私は確信した。その女は魔女であると。追い続けた『災厄の魔女』であると」
『魔女に備えろぉ、ルスカー。魔女ぉが来るぞぉ。魔女ぉがすぐそばまで来てやがるぅ』
父の声を追い払う様にワイルドは頭を振る。
ホワイトは手帳を閉じると視線を上げる。
「この手帳の持ち主は、その後、町の住人と協力して魔女と戦い、残念ながら命を落とした。そして、最後まで生き残り、撃退したのがその町の牧師と保安官(シェリフ)だ。確か名前は、パベル・ヘイズとジャック・ワイルド……であっているかな? マーシャル」
ジェームズ、そしてマト・アロは、驚きに目を見張りながらワイルドを見る。あとの者はすでに知っていたらしく、特に反応はない。
全員の視線がワイルドに向いた。驚きと共に。
「マーシャルのお父上が、魔女と……」
『ルスカーぁ! 武器を持ってこいぃ。魔女ぉがいる。あの口笛ぇが聞こえやがるぅ! ウッズ・クリークで聞いた、あの気色悪ぃあの口笛だぁ。みんな、殺されるぞぉ』
生命力に溢れ、威厳のあった昔の面影など見る影もない。やつれ、怯えたように部屋にこもり、目をギラつかせる父親は、周囲を警戒しながらも大きな声でワイルドにどやしつける。
彼はそんな父親の姿に、耐え切れずに口を開いた。
「うるさい」
昔のことがフラッシュバックしていたワイルドの口から、思わず漏れていた。
自分に向けられた言葉と思いジェームズは口をつぐむ。それに気付いたワイルドは、咄嗟に口元を手で抑えるも、訂正の代わりに軽く咳払いをして言葉を続ける。
「もう、うんざりだ。『魔女』だと? バカバカしい。確かに親父はウッズ・クリークでシェリフだった。数少ない生き残りだ。だが、あの出来事以降は精神が錯乱して引退した。もう、死ぬ間際ではまともに会話もできなかった」
吐き捨てるように言う。そこには魔女なんて信じないとハッキリとした決意が感じられた。
「魔女は存在します。マーシャル。あなたのお父上は、本当のことを言っていたのです」
リリーが静かに指摘する。ワイルドの突き刺すような眼光も、彼女は意に介さない。
「あなたがどう思おうとも、これは因縁なのです。この長い月日の中で、魔女がここまで大きな攻撃を仕掛けてきたことはありません。そして、魔女に対抗しうる血統が一堂に会すことも」
ワイルド、ジェームズ、マト・アロを見る。
「あなた方がどう思おうとも、あちらは必ず命を取りに来るでしょう。特にマーシャル。あなたを」
「なぜ?」
「あなたはこの街の人たちに慕われ、頼られている。心の支えがあれば、希望は失わない。この街の絶望こそが、魔女にとって望ましいことです」
『バランスが傾かない』
ワイルドを襲った人間はそう言っていた。
「レディ・リリー。あんたは何者なんだ? ただの金持ちじゃねぇのか」
ニュージョージの資産家の女で、慈善家。他の資産家にも顔が広く、連邦政府にとっても重要な存在で、おまけに魔女に詳しい。まともではない。
「レディ・リリーは、我々の活動の重要な支援者だ。それ以上は知る必要はない」
ホワイトの説明に、リリーはいつもと変わらない笑みを浮かべている。それ以上は何も話すつもりはないようだ。
ホワイトは話を戻してしまった。
「つまりだ。偶然、運命、宿命。何でもいい。事実は、ここに魔女を追い払った家系の者が集まったということだ。我々は、このチャンスを見過ごすつもりはない。今回こそ、魔女を滅ぼす」
ホワイトは満足げに目を細め、周囲を見渡し、ワイルドの所で視線を止める。
「くだらねぇな。いい大人が集まって。勝手に魔女でも何でも相手にしてくれ。俺はやるべきことをやらなきゃならんのでな」
取り付く島もないワイルドは言い終わるやいなや、他の者が何かを言う前に部屋を出て行った。
「強情な奴だ」
静まり返った室内で、それまで会話に参加せず見ていたスティーブが肩をすくめながら呟く。
ホワイトも「いや、まったくだ」と呆れながらも笑った。
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