第7章:魔女の正体

第33話:巡り合う者たち

 ダウナーサイドの暴動が治まり、街は後処理に追われながらも、ようやく落ち着きを取り戻しつつある。

 暴動に参加した者の多くが傷つき、命を落としていた。捕まった者たちもいるが、ほとんどは散り散りに逃げて、日常に身を隠している。一時の感情に身を任せて参加しただけの者にとっては、暴動に巻き込まれ命を落とした近しい者からの報復に怯えて生活することに、しばらくはなるだろう。


 救援隊の一室にワイルドが入ると、すでに面々が集まっていた。

 大事な要件があるとのことで呼び出された。

 室内にはジェームズとマト・アロ、リリー、そして軍人とスーツの男が立っている。

 最後の2人とはさほど面識はないが、誰かは知っている。

 連邦政府から来たホワイトとスティーブだ。

 暴動が起きた際、スティーブの率いる軍隊が鎮圧に動いた。手際よく暴徒を無力化したが、その代わりにかなりの死傷者も出したらしい。

 もちろん暴徒側の話だ。

 そこで出た怪我人も救援隊で面倒を見るのだから、何とも釈然としない。


「待たせちまったか?」


 訊ねるワイルドに、耳に残る口調で役人のホワイトが笑みを浮かべて答える。

「いやいや気にしないでくれ。良かったよ。ここにいる全員が年老いて死んでしまう前でね」

「今のダウナーサイドで老衰できるとはかなりラッキーじゃねぇか」

 嫌味を軽くいなすと、ホワイトは楽しそうに笑って見せた。

 そして、役者が揃ったとばかりに一同を見渡した。

「いやー、さっそく打ち解けることができたようだ。何せ、皆さんとは会ったばかりなのでね。改めて自己紹介をさせてもらうが、私は連邦政府より今回の白熱病の処置を任された。ホワイト、と呼んでくれ」

「本名か?」

「もちろん、偽名だよ」

 ワイルドの問いに、ホワイトは当然のように答える。

「あの、ちょっといいかな? ミスター・ホワイト」

 ジェームズが手を挙げると、彼は「ホワイトだけで結構」と言いながら、続きを促す。

「昔読んだ祖父の資料に、同じ名前の役人が尋ねてきたとあったが、君の親戚かい?」

 ジェームズの発言にホワイトは口元を吊り上げる。

「親戚ではないが、似たようなものかな。クラーク教授。お会いできて光栄だ。おじい様やお父上のことは資料で拝見させてもらった」

 その発言にジェームズは目を丸くしてから、怪しむように眉を顰める。

 が、ホワイトはそれ以上語らず、スティーブの紹介に移った。

「彼はスティーブ大尉だ。私と共に派遣され、このニュージョージにやってきた。彼の率いる部隊、ナイトウォッチはポトマック軍をルーツに持つ」

「ポトマックは南北戦争後に解散しただろうが」

 口を挟むワイルドに、ホワイトは余裕を持って返す。

「確かに。でもそれは人と戦う部隊だ。彼らの敵は人ではない」

「どういう意味だ?」

 ワイルドの問いに、ホワイトは吊り上げた口元をさらに吊り上げ、もったいぶって言う。

「災厄だよ。マーシャル・・・・・・我々、アメリカ人を古くから苦しめてきた災厄。魔女だ」


 「魔女」という単語にワイルドは顔をしかめるも、ホワイトは構わずに説明を続ける。

「この合衆国は、幾度となく災厄に見舞われてきた。戦争や災害、そしてコレラや天然痘などの感染症。多くの者の命が奪われた出来事の裏には、必ず魔女の存在がある。我々が戦っているのは、この合衆国にとっての宿敵だよ」

 唐突に非現実的なことを言うホワイトに対し、ワイルドは苛立ちを覚えながら鼻で笑い飛ばす。

「いきなり大真面目に話すことかよ。戦争は所詮、人の欲が生み出すものだ。先住民とは土地を奪うために戦い、イギリスとは自由を勝ち取るために戦った。領土を広げるためにメキシコと戦い。主張の違いによって南北で争った。人のエゴが人を殺すんだ。それだけだ。そこに摩訶不思議な力なんてない」

 ワイルドはため息をつく。

「人は自ら、争っている。この国に起こる災厄は魔女の仕業? 冗談だろ。もうすぐ20世紀だぜ。蒸気機関が大地を走り、白熱灯が夜を照らす。雷は電気、病気は細菌。神の怒りと思われていた時代は、終わったんだ」

 熱を込めて話すワイルドをホワイトは冷ややかに見る。

 「いや、でもマーシャル。魔女は」と口を開きかけるジェームズだが、ワイルドの鋭い眼光を受け止めて素直に口を閉じる。

 ホワイトはオーバー気味にため息を吐いて見せる。

「そう思われても仕方がない。確かに夢物語のような、何世紀も前のような話しだろう。ただ、げんにこうして戦ってきた歴史、何よりも人間がいる」

 ホワイトは部屋の隅に置かれたデキャンタから水をコップに注ぎ、口を湿らす。

「長きに渡る魔女との戦いは、いつだってこちらに分が悪い。遭遇した記録はいくつもあるが、残念ながら勝利した記録はない。数多の優秀な者たちが魔女の思惑を阻むために立ち上がり、滅ぼすために戦いを挑んだが、未だに勝ったことはない。つまり我々は数百年間負け続けている」

 「しかし」と一拍置いてホワイトは続ける。

「辛くも魔女を撃退した、つまり引き分けた例もなくはない。3例だけだがね」

 ホワイトは皆に向かって指を3本立てる。

「まずはずっと昔、16世紀のこと。まだアメリカどころか、ピルグリムファーザーすらこの地に来ていない。酷い冷害で開拓に来たヨーロッパ人が死んだ。その時、魔女を退けたのが、彼女と同じ部族の原住民……そう、つまり君の祖先だな」

 ホワイトに指さされて驚くマト・アロ。

 彼の言ったことは事実で、マトの部族の中でも有名な話だ。しかし、白人に伝わっているとは思っていなかった。マトの驚きに、満足そうに鼻を鳴らして笑うホワイト。

「その驚きはいいねぇ。白人は君ら原住民を殺す以外にも、能力はあるんだよ」

 バカにしたような口調が耳に残る。

「2回目は、時代が進んだ1829年11月ボストン。住人が凶暴化して隣人を殺害する事件が多発。その捜査をして解決したのが、オリバー・クラーク教授。あなたのおじい様だった。つまりは、初めて魔女を撃退したアメリカ人ということだ。あぁ、正確にはアメリカに来たばかりのイギリス人だがね」

 ジェームズもまさかここで祖父の名前が出るとは思ってもいなかった。


「もういい。うんざりだ。こんな話が続くなら、俺は帰る!」


 ワイルドがぴしゃりと口を挟んだ。顔には不愉快と書いてあり、言葉からは苛立ちが滲み出ている。

「災厄だの『魔女』だの、正気かよ。勝手にやっててくれ。俺にはやることが山ほどあるんでな」

「でも、マーシャル。魔女は実在するんだ」

「教授先生よ。あんたの研究にケチを付けたくはないが、現実を見ろよ」


「現実を見ていないのは、あなたではないですか?」


 それは今まで黙っていたリリーだった。

「なんだと?」

「なぜ、この場にあなたが呼ばれているのか、本当は分かっているのでしょう?」

 リリーは相変わらず優しく、諭すように話しかける。

「ここにいるのは、皆が魔女と深く関わっているからです」

「あいにくだが、俺は魔女なんか知らねぇな」


「ウッズ・クリーク」


 ホワイトの呟きに、ワイルドの表情が変わる。

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