第31話:燃え盛る中で
ワイルドは自分のテーブルを倒して遮蔽にする。
「ルーヴィック、取り敢えず撃ちまくれ。硝煙であっという間に、見えなくなる。居場所がバレないように動くなよ」
「動くな?」
「あぁ、死体みたくな」
ワイルドが言い終わる頃にはうるさいほど聞こえていた足音がなくなる。
先ほどまで、あれほど騒がしかったのに、一切の音が周囲から消えた。一瞬にして、部屋を取り囲む暴徒が消えてしまったかのような錯覚を起こす。遠くでは相変わらず、悲鳴や銃声が聞こえていた。
外はどうなっているのだろうか……。
自分の心臓の音がやけに大きく聞こえてくる。
ワイルドは無意識に乾いた唇舐める。緊張も恐怖もない、ただ興奮している。隣を見ると、ルーヴィックは彼よりも落ち着いているように見えた。頼りになる男だと、小さく笑みを浮かべる。
それからしばらくは動きがない。扉一枚挟んでの膠着。襲ってくる気配がないことを訝しむルーヴィックを余所に、ワイルドは瞬きもすることなく、全神経を集中させた。
チリチリと小さく爆ぜる音を、微かだが背中に感じ取る。
「クソ、ダイナマイトだ!」
ワイルドは振り返ることなく、隣のルーヴィックを掴むと目前に倒したテーブルを飛び越えて陰に隠れる。その瞬間……。
鼓膜がおかしくなる爆音と共に、衝撃が室内を襲う。窓と壁はバリケードとして置いていた棚ごと吹き飛ぶ。
爆風によって巻き上げられた煙で周囲の視界がほぼなくなる。
すると、扉が勢いよく開き、控えていた暴徒が乱入。加えて、壊された壁からも押し寄せてくる。
視界が悪い室内を見渡す暴徒は床に倒れる2人を発見する。
「見ろ、マーシャルと補佐官が倒れてるぞ」
暴徒の一人が叫ぶ。
「まだ息があるかもしれん、気を付けろよ」
「あの爆発で平気な奴なんて……ぁ」
暴徒は最後まで言うことができなかった。
勝ちを確信し、油断して近づいてきた暴徒らに、ワイルドとルーヴィックは弾かれた様に銃を構えて発砲する。ろくに反応もできずに、何人かが凶弾に倒れる。
ショットガンが四肢を千切り、ライフルが顎を吹き飛ばす。
起き上がる2人は所々に裂傷が見られ、頭からは血が流れるが拭いている暇などない。
手当たり次第に、目に入った者に銃口を向けて引き金を引いていく。
銃声がなる度に、悲鳴が上がり、命が散っていった。
あっという間に部屋中に暴徒の死体でいっぱいになるが、それでも相手の勢いが収まらない。
弾丸を撃ち尽くしても、装填する暇などない。
ワイルドは刃物を振り上げ迫る男にリボルバーを投げつけると、怯んだ隙にその顔面に拳を叩き込む。肉が潰れる嫌な音を立て、後方へ吹き飛ぶ。が、気を抜く暇もなく別方向から別の男が襲い掛かってくる。それを避けながらも相手を床に転がすと、ブーツの硬い底で頭を踏み砕く。
ルーヴィックは弾切れになると、倒れた男のリボルバー(ダブルアクション)を拾い撃ちまくる。それも弾切れになったら、投げ捨て、男が持っていたバールを奪い取り、フルスイングした。勢いに少し体勢を崩した所で、タックルを食らい床に叩きつけられる。
不意のことで肺の空気が一気に漏れ、呼吸ができない。それでも、何とかしがみつく男を足で蹴り離した。が、すぐに別の者が飛び掛かってくる。
振り下ろされたナイフをバールで止めると、刃先はルーヴィックの顔先数センチまで迫っている。なおも体重をかけて押し込まれるナイフの刃はジリジリと顔に近づき、ついには皮膚を切り裂く。ルーヴィックは左の頬が焼けたような感覚を覚えながら、エビ反りをする形で男の体を持ち上げるとそのまま後ろに投げ飛ばした。
突然のことに目を白黒させる男に、ルーヴィックは飛び掛かると馬乗りになって何度も殴りつける。
残るのは暴徒を扇動していた男。
彼の顔からはすでに色が消えているが、殴るのに夢中になっているルーヴィックに銃口を向ける。ルーヴィックは気配に気付き振り返るが、もう遅い。
引き金が引かれる瞬間、ワイルドが男の銃を蹴って軌道を逸らすと、そのまま男の腰に手を回し、持ち上げ、そのままテーブルに頭から叩き落とした。
「このゴミクズ野郎が」
動かなくなった男にワイルドが吐き捨てる。
「これで終わりか? おかわりは? かかって来いよ!」
ルーヴィックは息を上げながらも吼える。
部屋で立っているのはワイルドとルーヴィックの2人のみ。暴徒らは全員、床を舐めている状態だ。追加で来る気配はない。
「外に出るぞ。弾を込めろ」
しばらく様子を窺いながら息を整えるワイルドは、ようやく動き出す。
ライフルを拾い上げてルーヴィックに渡すと、自身の銃にも素早く装填。注意深く、ぶち抜かれた壁から外の様子を見る。
襲われ死んでいたり、瀕死だったりで倒れている者を除けば誰もいない。
「今の所は大丈夫だ」
「あいつら、めちゃくちゃやりやがる。俺は自警団の連中をまとめる。お前は白熱棟(白熱病罹患者を看病、隔離する建屋)に行って、スタッフや患者を守れ」
「俺は外れクジかよ」
「レディ・リリーもいるだろうよ!」
「俺に任せろ!」
現金な奴だ。美女を助けることにやる気を出している。
呆れて笑いながらワイルドは部屋から出る。
「行くぞ。気合い入れろよ!」
☆ ★ ☆
救援隊の敷地のどこかで、銃声や爆発音が聞こえる。
「大変なことになったね」
荒事に慣れていないジェームズは青い顔をしながら、マトに話しかけた。彼は慎重に視線を巡らせて警戒するが、恐怖などの色は見えない。
「もう最悪。こういう状況、私ら、大抵、真っ先に狙われる!」
一緒にいるマハもグッと恐怖を堪えたような顔をしながらぼやく。ジェームズとマトはマハと合流して外へと逃げるために通路を足早に進んでいる。
通路に惨い状態の死体や血だまりがあり、暴徒も何人かいたが、マトのおかげで事なきを得ていた。
「クラーク教授! こちらに避難してください」
何人かの自警団員がジェームズ達を見つけると手を挙げて呼びかけてくる。
「よかった。味方は多いに越したことはない……?」
安堵の息を漏らしながら近づいていたジェームズは、自警団員に駆け足で近づいてくる女性に気付く。真っ赤になった服を着た女性は、何の感情もない目をしながら走る。ジェームズがその異様さに背筋が凍る思いをして「後ろの女性」と言い終わらぬうちに、彼女は持っている刃物で一番近くにいた自警団員を背後からメッタ刺しにする。
悲鳴と鮮血が上がり、崩れ落ちる自警団員。女性の背後からは、他の暴徒たちが続々と押し寄せてきている。
「ニゲろ!」
マトが短く叫ぶと、それを合図に全員が走る。
しかし、前方にも暴徒の影が……。
マトは舌打ちをすると皆の前へ躍り出て、逆に暴徒に襲い掛かった。
暴徒の攻撃を躱し、いなし、逆に殴り、蹴り付け、投げ飛ばす。
相手は素人ばかりだ。1対1ならばマトが負けることはない。しかし、人数が多いと話が変わる。彼は額に大量の汗をかき、その表情には余裕などない。
しかも、その間に追いかけてきた暴徒も合流。自警団員たちも覚悟を決めて交戦し始める。
「クラーク教授、男なら、戦うべき!」
「あー。無理無理無理。マト君マト君マト君! 助けて助けて!」
乱戦の中、マトの視界の端で助けを求めながら逃げ惑うジェームズとマハの姿がある。
マトは、目前で包丁を振り下ろす男の刃を掻い潜り、その手を捩じって取り上げながら、頭を掴んで地面に叩きつける。止まることなく、別の暴徒の攻撃を先ほど取り上げた包丁で受け止め、弾いて、斬りつけ、相手が倒れるのを確認しながら、その包丁を投げつけた。
包丁は回転しながら飛び、ジェームズとマハに襲い掛かろうとした女の背中に突き刺さる。女は短い悲鳴を上げて絶命した。
「ジェームズ。マハ。ブジか?」
息を上げながら尋ねるマトに、2人は頷いて見せる。
「ハシれ。まずはソトへデるんだ」
数の減った暴徒をマトと自警団員が蹴散らしながら進む。
「このままじゃ、救援隊が……」
「諦めたらダメだ。まだ生きてる人もいる!」
嘆くように呟くマハに、ジェームズは精一杯の笑みを浮かべて言った。
☆ ★ ☆
「四方の門が破られました」
広場でワイルドの姿を見た自警団員は、安堵の顔を見せながらも報告する。
「結構、あっさり突破されたな」
「すみません」
別に謝る必要はないのだが……。ワイルドはため息が出そうになるのを堪えながら、指示を出す。
「まだ比較的安全なところにバリケードを張れ。まずはこの暴動を何とかするぞ」
「火事や怪我人はどうしますか?」
「手を回す余裕がない。後だ」
「見捨てるのか?」と言いかける自警団員だが、すぐに思い直して頷くと行動する。
躊躇している暇などない。全てがギリギリなのだ。ワイルドの強張った表情にもそう書いてある。
自警団員が手当たり次第に物を積み上げ、バリケードを作ると、急に広間の一角が騒がしくなる。
盛大に舌打ちがしたくなった。
見れば築きかけのバリケードを越えて、数十人の暴徒がなだれ込んでくる。
異常に目をギラつかせながら、手当たり次第に襲いかかってきた。
迎え撃つ自警団員らとぶつかり、もはや誰が誰に攻撃しているか分からんくなるほどの混戦に。
ワイルドのその波に飲まれ、向かってくる者に対応する。敵味方が入り混じっており、下手に銃は使えない。
捕まれ、殴られた、蹴られ、刺され……。
叫び声と悲鳴、罵声に奇声が飛び交っていた。
何とかワイルドらが優勢になってきた時、けたたましい銃声が響く。広場ではないが近い。次の瞬間、新たな暴徒らが広場に駆け込んできた。その数を見て、血の気が引く。
多すぎる。
それでなくても疲弊しきっているのだ。
自警団員らに撤退することを叫ぼうと口を開きかけるが、違和感を覚えた。
新たに来た暴徒の様子がおかしい。
戦闘に参加するふうではなく、何かから逃げてきたようだった。その理由はすぐにわかる。
「あいつら……」
暴徒を追いかけるようにして現れた黒い集団。
それぞれに銃を手に持ち、荒事に慣れた雰囲気を醸し出している。
「手を組んですぐに死なれちまったんじゃ、世話ねぇからな。これはデカい貸しだぜ。ワイルド」
先頭に立つ男がワイルドの姿を見つけて、いやらしく笑って言った。
それはダミアン・バッカスだった。
「おい、勝手に暴れやがってよ。抵抗する奴らは、ぶっ殺すぞ!」
ダミアンは威嚇するように暴徒に怒鳴ると、ギャングたちは銃を構える。その迫力に押され、暴徒らの目から狂気が消え、怯えた様子で手に持つ武器を捨て始める。
内心、助かったことにホッとして、ダミアンに感謝しながらも、ワイルドは鼻を鳴らして言った。
「助けに来るのが、遅すぎるんじゃねぇのか?」
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