第30話:救援隊襲撃
皆が口々に話す「牧師様が逃げた」と。
確かに数日前から姿を現さなかった牧師に、救援隊でもさまざまな噂が飛び交っていた。
そしてその日、誰かが言った。
「教会に何もない。牧師は大事な物だけ持って逃げたんだ」
確認に行った人は何もなくなり、静まり返った教会内を見て愕然とした。
それも1件だけではない。ダウナーサイドの牧師や神父が一斉にいなくなったのだ。まるで夜逃げでもしたかのように。
神に仕える者たちは、我が身可愛さに信徒を見捨てて逃げた……。
多くの人が衝撃を受けた。
治療薬もない状況では信仰は心の寄りどころだった。そして、それを先導してくれた牧師らが、自分たちを置いて逃げたのだ。
信じたものが音を立てて崩れていく。
街中でくすぶり続けていた火種が、一気に爆発する。
あちこちで暴動が起きた。
これまで押さえ付けられていた激情を晴らすかのように、物を壊し、人を襲う。
白熱病の人間に容赦をするな。
白熱病の疑いのある者に容赦をするな。
白熱病に関わる者たちに容赦をするな。
白熱病は悪だ。
根絶しろ。
殺せ。
燃やせ。
負の感情が濁流のように人々の心を飲み込み、それは大きなうねりとなって街中に顕在化した。
人々の目は狂気に濁り、善悪の境界は曖昧になっていった。
そして、救援隊がそんな彼らの標的にならないはずもない。
救援隊では自警団が集まり、またスタッフや罹患者の家族、近しい者を可能な限り匿っていた。
ワイルドは暴動の報告を受けて、違和感を覚える。
牧師が逃げた・・・・・・?
彼との付き合いは短いが、何度も救援隊で白熱病罹患者を励まし、死者へ祈りを捧げる姿を見た。彼が自分の命惜しさに、市民を置いて逃げるとは思えない。
しかし、所詮は憶測だ。噂を払拭するほどの確信はない。実際に牧師は姿を消している。
救援隊内でも牧師や神父の知らせはショックが大きい。ある者は怒り、ある者は泣き、失望した。
ここを離れる者もいるが、予想したほどではなかった。
それは一人一人に自分の活動への自覚と責任感が、この緊急事態でより一層高まったからだろう。
そして、暴動に巻き込まれた怪我人や恐怖を感じた者たちが、ショックを受ける暇を与えないくらいに押し寄せてきていることも大きい。
人々は口々に「あそこで暴動があった」や「どこどこで襲われた」などと報告。ダウナーサイド全体がまるで大きな火薬庫のように、次々と新しい暴動が起きている。
勢いが激しすぎる……
報告を聞いたワイルドは、自警団員に指示を出しながらも思った。
突発的に起きた暴動にしては、まとまりがあり、展開が早い。
扇動している者がいる。
ワイルドは喉を鳴らすように唸る。
この街を混乱に陥れたい連中は間違いなくいる。ジェームズらが言う、白熱病を意図的に広めている者たちの存在がチラつく。
途中で合流したルーヴィックを引き連れ、仮の事務所に戻ると、棚の鍵を開けて中にしまってある水平二連式ショットガンとレバーアクションタイプのライフル、そして弾丸を取り出し、準備を整える。
「ワイルド、さっさと片付けちまおう」
「なんだ? メシの予定でも入れてんのか?」
事情を知らないワイルドは、ライフルに弾を込めてルーヴィックに手渡しながら軽口を返す。
受け取るルーヴィックはしばらく黙っていたが、首を横に振り「別に何もねぇよ」と答えた。彼の首に掛けられた十字架に視線を向け、口を開きかけたが、それ以上は何も聞かなかった。
今は目の前のことに集中すべきだろう。
弾丸を詰め終え、準備が整ったところで、ワイルドはリボルバーの弾丸一発をベルトのバックルに挟む。彼なりのいつもの「お守り」だ。
「それ、止めた方がいいぜ。暴発したら、玉が吹っ飛ぶ」
「バァーカ。このお守りは効果抜群なんだよ! 生きるか死ぬか、ギリギリの状況で命運を分けるのは、備えているかどうかだ」
ワイルドの様子を見て、顔を顰めるルーヴィックに、ワイルドは不敵に笑いながら弾丸を手に持ってルーヴィックにも差し出す。が、彼はそれを受け取らずに「ふーん」と気のない返事をした。
その時、外が一層、騒がしくなる。
窓から覗くと、救援隊(酒造工場)の敷地と外界を仕切る鉄の門が暴徒によってこじ開けられ、人々がなだれ込んでくるのが見える。
彼らの仮の事務室は敷地を出入りする鉄門のそばの建屋。しかも、様子を見れる場所に位置している。それは、こういった状況時、すぐに反応できるようにするためだ。
門の所で抵抗する自警団たちに、暴徒は容赦ない。掴みかかり、殴りかかり、刃物で突き刺し、鈍器を振り上げ頭を割る。明確に殺意を殺意が感じられる。
「マジで、ここを襲って来たのかよ……」
「みたいだな。あいつら、何てことしやがる!」
驚愕するルーヴィックに視線を向けながら、ワイルドは暴徒に対する怒りで悪態を吐く。
手に松明や武器を握った暴徒らは次々となだれ込む。スタッフや逃げ込んできた怪我人、自警団の一部までも逃げ惑う。怒号や悲鳴の中には、銃声まで聞こえてきた。
「見ろ、マーシャルだ!」
暴徒の1人が叫ぶと、周囲にいた者たちの目が窓から覗く2人に向けられる。それは異様にぎらついた光を宿している。
「あー、ワイルド。ヤバいんじゃ……っ!」
突き刺すような視線に顔を引きつらせるルーヴィックが隣のワイルドにぼやきかけていると、銃を持った暴徒の1人が躊躇うことなく発砲。ろくに反応できなかったが、ワイルドが咄嗟に彼の襟首を引っ張ったおかげで、凶弾を受けることはなかった。
2人が窓から身を隠すが、銃声はしばらく続き、窓を割り、壁を抉る。
「あの野郎、撃ってきたぞ。どうなってんだ、ワイルド!」
「そりゃ、こっちが聞きたいぜ。お前を狙ってきたんじゃねぇのか?」
身を低くしながら銃声に負けない声で話す2人。「お前が狙いじゃないか?」とのワイルドの言葉に、ルーヴィックも反論できない。思い当たることばかり、と言った顔だ。
しかし、憶測は外れた。なぜなら、暴徒が外で叫んだからだ。
「マーシャルを殺して、武器を奪えー!」と……
外で先頭に立つ者が声を上げ、その後に歓声が沸き起こる。
狙いはマーシャル。つまりワイルドだ。
「マーシャルは、市の奴らと結託して、俺達をダウナーサイドに閉じ込めている。マーシャルはここ(救援隊)を守ってる。奴は白熱病患者を守ってる。そのせいで、俺達は苦しんでいる!」
外から聞こえる意味不明な言葉に、ワイルドは「何言ってんだ、あいつ!」と舌打ちする。
まったくもって支離滅裂で理屈も何もない、勢いだけの大声にも関わらず、周囲にいる者たちは「そうだそうだ」と頷き、同調し、雄叫びを上げている。もはや、まともな思考ができていない。自分らの『敵だ』と言われた者を手荒り次第に攻撃する。その言が正しいかなど関係ないのだろう。ただ、自らの欲望を吐き出すことが大事なのだから。
「あー。クソがぁ」
ワイルドは窓から少しだけ顔を覗かせ、先頭で声を張る暴徒を見て吐き捨てる。感情が高ぶった時につい出てしまう訛りのある口調で。
「知り合いかよ?」
「あぁ前に、俺を殺しぃに来たクソぉどもの一人だぁ」
「そう言えば、そんなこともあったっけ」
ルーヴィックも覗きながら、男を確認する。
「じゃ、今回の暴動は、あんたを殺そうとした連中が噛んでるってことか?」
「あいつをとっ捕まえねぇと分からんが。多分な」
相変わらず外では「マーシャルと殺せ」と声が聞こえる。すぐに押し寄せてくるだろう。もしかしたら、すでに建物の中から回り込まれているかもしれない。
「どうするよ?」
「あぁ? あいつらぁ俺と喧嘩したいんだろ? なら手加減はしねぇ。お前は?」
「久々に暴れてやろうぜ!」
獣が牙をむくように笑うワイルドに、ルーヴィックもライフルを構えて笑う。
ワイルドは保安官だ。だが、聖人君子ではない。本来は荒くれ者たちが震え上がるアウトロー。無意味に牙は見せないが、相手が自分たちを殺しに来るとなれば話は別だ。躊躇いなく反撃する。
奴らに教えてやるのだ。自分たちが狩ろうとした獲物が、誰なのかを。自身を狼だと思い込んだ羊たちに、本物の狼を教えてやろう。
ワイルドとルーヴィックは窓横の棚を倒して、窓を塞ぐ。
「準備はいいか? ルーヴィック」
「あいつらが、いいならな」
2人は残された唯一の出入り口である扉に視線を向ける。
ドアの向こう側では慌ただしい足音がいくつも聞こえてきていた。
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