第25話:共同戦線

 ワイルドは懐中時計を見る。もうすぐ指定した時間だ。

 ダウナーサイドとミッドサイドの境目。バリケードの所にワイルドは立っていた。

 テレンスとの定期連絡のためだ。

 そこにルーヴィックの姿はない。最近は救援隊に顔も見せなくなった。

「あいつ、何やってんだ?」

 思っていたことがつい口から出てしまった。

「え? 遅かったですか?」

 近づいてきたテレンスが、ワイルドの言葉を聞いて少し焦っている。自分に対して言われたと勘違いしたのだろう。

「悪い。お前のことじゃない。独り言だ」

「そうですか……そんなことより、あまり一人で出歩かないでくださいよ。命狙われたんですよ」

「そうなんだが、やることが多すぎてな。人手不足だ」

「ルーヴィックは?」

「あいつは……最近、見ねぇな」

「感染した、とかですか?」

「それは大丈夫だとは思うけどな」

「じゃぁ、サボりですか。この状況で?」

 言葉に棘が含まれ始めたので、ワイルドは話題を変える。

「それで? そっちはどんな感じだ?」

 ざっくりした質問だが、それで十分だ。

「特に暮らしぶりに変化はありません。眉唾の噂は結構広まってますけどね。あとは、日用品は相変わらず品薄です」

「なんだ、煙草でも持ってきてもらおうと思ったんだがな」

「すみませんがね。煙草は真っ先になくなりました」

「残念だな」

「そういえば、アリシアさんから秋物と冬物の服を預かってきました」

「悪いな。アリシアは変わりなしか?」

「あなたがいなくて寂しがってる以外は、変わりないですね」

 「それならいい」と服の入った袋を受け取りながらワイルドは頷く。

「それで、今回はお前に少し動いてもらいたくてな」

 ワイルドの言葉に、テレンスの表情が引き締まる。

「何ですか?」

「白熱病で死んだ奴らをバラしてる連中がいるのは前に話したな」

「あぁ、保護したアメリカ・インディアンの証言でしたっけ?」

 マト・アロのことや、彼の話した内容はテレンスにも伝えてある。

「そうだ。その死体の首がどこに運ばれたのかを調べたい。地下を通って、ミッドサイドに行ってるようなんだが、こっちからだと限界があってな」

「あなたが言うならやりますけど……まずもってその話、信用できるんですか? 魔女がどうこうって内容でしたよね」

「魔女がどうこうって所は置いておいて、証言にあった場所を調べたら実際に地下が崩れていた。100%嘘と言うことはないだろう。それに……」

 ワイルドは言葉を一旦区切り、無精ひげの生えた顎を摩る。言うか言うまいか、迷っているのだ。

「何ですか?」

 痺れを切らせてテレンスが訊ねると、ワイルドは答える。

「どうにも、俺を襲ってきた奴らと関係があるような気がするんだ。確証はない」

 つまりは勘だ。マト・アロの話した場所とワイルドが襲われた場所は目と鼻の先だ。偶然とは思えない。この2つの出来事は、必ずどこかで繋がっているはずなのだ。ワイルドはこういう時の自分の直感を信じる。だが、それを他人に押し付けるほどの自信は、まだない。

 それを聞き、テレンスは納得したように小さく頷くと「さっさく、地下道の地図を手に入れて調べてみます」と答える。彼も、こういう時のワイルドの勘の良さを知っている。

「でも、もしも死体をバラしてる話が本当なら、かなりヤバい連中ですよね。何をしてるんでしょうか?」

「さぁな。だが、ロクなことじゃないのは確かだ。それに、話をしてくれたアメリカ・インディアンは殺されかけてるし、連れは死んでる」

「ますます怪しいですね。それに危険だ」

「相手の目的や素性がハッキリするまでは下手に手を出すな。あとお前、一人では動くなよ。シェリフや市警察と連携しろ」

「シェリフはともかく、市警察が動いてくれますかね」

 市警察を全く信頼してない口ぶりだ。

「そんで、俺のことよりもワイルドさんですよ。相手はあなたの命を狙ってるんでしょ? どうするんですか?」

「まぁ、向こうからわざわざ来てくれるんなら手間が省けるな」

「また、そんな悠長なことを。ホントに殺されちゃいますよ。ルーヴィックをちゃんと傍に置いてください。こういう時には役に立つんですから」

 テレンスの言葉にワイルドは声を上げて笑うが、すぐに真面目な顔に戻る。

「相手が組織だって動いてるなら、こちらも準備がいるだろうな」

「準備ですか?」

「こっちも人数を集める必要があるってことだ」

「自警団のことですか?」

「いや、もっといるだろ。この街にしっかりと根付いた連中が」

 ワイルドはニヤリと笑って見せる。獣が牙を剥くような笑み。テレンスは彼の言っていることにしばらく頭を捻るが、理解して素っ頓狂な声を上げた。

「あいつらですか?」



☆   ★   ☆



 ワイルドが部屋に入ると、室内は紫煙で充満していた。思わず顔をしかめる。

 煙草などの嗜好品は真っ先に品薄になっているのだが、この部屋の人間には関係ないようだ。

 内部から向けられる視線は歓迎のものではなく、明らかに敵意があった。普通なら怯みそうだが、ワイルドは敵意を向ける視線の主たちを睨み返す。


「一人で来るとは、いい度胸だな。マーシャル」


 大きなテーブルに上品なスーツを着た男らが何人も座っている。その中で最奥の左側で偉そうにふんぞり返る男はワイルドに一層敵意を剥き出しにして言った。

 だが、ワイルドも負けてない。

「お前ら、まだ残ってたのか。さっさとケツまくって逃げたと思ってたぜ。褒めてやるよ」

 嘲笑混じりに部屋を見渡して言うと、先ほど口開いた男が激怒し、立ち上がりかける。

それを止めたのは部屋の最奥に座り、葉巻をくもらせる初老の男だ。

 薄くなった白髪を後ろに撫でつけ、がっしりとした体格は年齢を感じさせない。深いシワは顔に刻まれ、鋭い眼光は威厳に満ちる。


 ダウンサイドを仕切るギャング。バッカス・ファミリーの頭領(ドン)だ。

 

 ドン・バッカスは片手を挙げると、男はそれを見て渋々といった感じに座り直す。

「んだよ、親父。こんな奴、さっさとぶっ殺しゃいいんだよ」

 不服そうに悪態をつく、ふんぞり返る男はバッカスの息子。三兄弟の長兄・ダミアンだ。

 ワイルドが視線を動かすと、隅に次兄もいたが、末弟の姿は見えない。

 バッカス・ファミリーはニュージョージ、特にダウナーサイドに根付いている組織だ。ワイルドとしても厄介な相手で、この1年で何度か衝突したことがあるが、移民からの指示が高く、下手をすればこちらの立場が危うくなりかねない。そのためなかなか手が出せず、最近では不干渉に近い関係だ。

「ここは我々の家だ。この地を守る義務がある。ダウナーサイドを出る時は、ここが滅びる時だ」

 重たくしわがれながらも通る声をドン・バッカスは発する。彼が話すだけで不思議な緊張感が場に走り、ワイルド以外の者は押し黙る。

「ギャングが生意気なこと言ってんじゃぁねぇよ」

 迫力だけならワイルドも負けてない。空気が凍り付く。ダミアンの目の鋭さがさらに増し、父親の許しさえ得られればすぐにでも飛びかかってきそうだった。

「ま、マーシャル。こ、ここ、ここに来たのには、り、り、理由があるんだろ?」

 隅に座る気弱そうな次兄が、空気に耐えきれずに入ってきた。

 長兄のダミアンとは異なり、吃音で痩せて気弱そうな男だが、ダミアンよりは思慮深いように見える。

「そうだ。お前らにいくつか話がある」

 懐から摘まむようにしてダブルアクションのリボルバーを取り出して見せる。もちろん、弾は1発も入っていない。しかし、それを見て、眉をしかめるドン・バッカスとダミアン。

「少し前に、命を狙われてな。別に珍しくはないが、こんな高価な物を持ってるとなると話は別だ」

 そこまで言って、眼光が鋭く一同を見る。

「うちらじゃねぇよ」

 答えたのはダミアンだ。

「だろうな。ギャングが送ったにしてはお粗末だった。だが、銃は売ったんじゃねぇのか?」

「知らねぇな」

「しらばっくれんなよぉ。テメーらぁ全員、丸裸にしてぇ調べてやろうかぁ!」

「知らねぇっつってんだろうが!」

 声を張り上げるワイルドに劣らぬ声量で、ダミアンは返した。


 場が凍り付き、しばらくの沈黙。


 それを破ったのは、落ち着きをはらうドン・バッカスだった。

「それで、マーシャル。私らに何を求めてるのかね?」

「白熱病で出た死体を使って、何かを企んでる狂人がいる」

「死体を使って?」

「切り刻んで、鍋で煮るような連中だ」

 今日一番のざわめきが起きる。死体を利用することは、珍しくない。解剖などの用途で使われる事だってある。しかし、どの利用方法でも、食材のように扱うことはない。思わず顔を顰めて伏せる者もいた。

「そんな不遜な輩が、このダウナーサイドに?」

「見たって奴はそいつらに殺されかけてるし、そいつの連れは殺されてる。で、その狂人と、俺を襲ってきた奴らは繋がってる」

 またざわめきが起きる。

 もちろん両者のつながりに確証はないが、ギャングにそれを教える気はない。


「そいつらをぶっ潰すから、協力しろ」


 これまでワイルドがギャングに協力を求めたことはない。

「珍しい提案だが、我々への見返りは何だね?」

「何もない」

「マーシャル。君はどう思っているかは別にして、我々はビジネスマンだ。取引には対価が必要なのだ。君に協力してもメリットがなければ」

「メリットならある・・・・・・その期間は、俺はお前らを捕まえない」

 空気が音を立てて凍り付く。ふざけた提案だが、ワイルドは大真面目だ。誰一人、口を開かない。

 どれだけ時間が経っただろうか、小さな笑い声が聞こえた。

 ドン・バッカスだ。

 そしてその声は二つになる。ダミアンが加わった。最後にワイルドも笑う。

 何人もの男らが顔を強ばらせる中、3人は小さく笑っていた。

「頭がおかしい奴だとは思ってたが、これは傑作だ」

 ダミアンがテーブルを叩きながら笑う。

「いいぜ。その死体を嬲るクソどもを潰すの、俺が手伝ってやろう。もし本当にそんな奴らがいるなら、胸糞が悪いかなら。それに、ついでにお前に恩を売るのも悪くねぇ」

 ダミアンが言いながら視線を父親に向けると、彼は小さく息を吐きながらもゆっくりと頷くだけ。

 ワイルドは誰にも気付かれないよう、小さく安堵のため息をついた。


 賭けだった。


 殺されるか、袋叩きにあって表に捨てられるかの二択が濃厚な博打。どうやらまだ自分にも悪運が残っているらしい。

「少し前にな。我々に武器を売ってくれと言ってきた連中がいたらしい」

 用が済んだと踵を返したワイルドに、ドン・バッカスが唐突に話し始める。

「金に糸目は付けないとのことだ」

「で? 売ったのか?」

 ワイルドの目が鋭くなるが、ドン・バッカスは平然としながら、首を横に振る。

「我々はビジネスマンだが、敬虔なクリスチャンだ。あんな奴らには売らん」

「どういう意味だ? ユダヤ人だったのか?」

 ワイルドの発言がおかしかったようで、ドン・バッカスは今日一番の笑いをする。

「あの聖人君子のワイルドが、差別主義者とはね・・・・・・だが、残念だがそうじゃない。ユダヤ人は確かにイエスを殺したが、彼らの多くは優秀なビジネスマンだ。大切な商売相手だよ」

「じゃぁ、そいつらは誰だよ?」

 自身の発言に嫌気がさし、同時に笑われたことに不機嫌に成りながら、ワイルドがぶっきらぼうに聞くと、バッカスは汚らわしい言葉を吐くように顔をしかめて言った。


「奴らは悪魔崇拝者だった」

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