第26話:罹患者の謎

 救援隊は、罹患者や死亡者が増加するごとに、周囲の住民からの目が厳しくなっていた。

 理解を求める説明はしているが、それでも白熱病という未知の病に対する恐怖は拭いきれない。それは、罹患者やその家族、しまいには看病をする救援隊のスタッフにまで及ぶ。

 さらに救援隊のスタッフの中には、家族からの反対、近所の者たちからの嫌がらせで、来なくなることも少なくない。少し前には不審火が起こるなど、不安な夜が続く。

 マーシャルが自警団を救援隊の区画に配置したことで、幾分かは安心できるが、それでも完全ではない。


「本当に、助かりました」


 ジェームズは罹患者から聞いたメモを見ながら歩き、隣のリリーにお礼を言った。彼女は「いえいえ」と軽く笑みを浮かべ、控えめに答える。

「僕だけでは、どうにも皆さんの口が重くて。牧師様がいてくれたらいいんですが」

 いつも患者への質問を一緒に回ってくれる牧師は、数日前から来てない。彼は救援隊を手伝ってくれてはいるが、街中を歩き回り、人々へ語りかけたり、逆に悩みに耳を傾ける活動もしていた。忙しい身なのだ。

 ただ牧師がいないと、罹患者に警戒され、質問に答えてもらえず困っていた。そんな時に、リリーが協力を申し出てくれたのだ。彼女はダウナーサイドの人間ではない。だが、白熱状態(最も症状の重い)の患者の世話をし、寄り添っていることからも、スタッフだけでなく、患者からも信頼されていた。

 そして温かな雰囲気と優しい声は、多くの人に安堵感を与えた。

「それで、何か分かりそうですか?」

 ジェームズにとって、その問いは一番聞きたくないものだ。


 つまり、何も分かってない。


 感染源の特定、さらには拡大を防げればと思うがいまいち当て嵌まるものがない。人種や宗教、職業に差はない。次に井戸水か、とも思ったが、同じ水源でも病気が広まっている区画と広まらない区画がある。

「いやー、それがなかなか」

「焦ってはダメです。見落としてしまうから」

 落ち着いた言葉。自分よりも年下であろう女性に諭されているが、嫌な気持ちにならない。不思議とすんなり胸に入ってくる。


「目に見える情報が全てでない時もありますしね」


 意味深な事を言ったので、リリーの顔を見るが、それに彼女は気付いて笑う。

「ごめんなさい。私、たまに思ったことが口に出てしまうですよ。特に深い意味はないんですが」

 不覚にもドギマギしてしまった。

「あー、でも、あれですね。あなたは凄い。厳しい作業を率先して引き受けている」

「厳しいと思われるかは、その人の捉え方によりますよ」

「でも、ここは治安も悪いですし、みんな、あなたのことを心配してますよ」

「それはありがたいことです。でも、大丈夫ですよ。私は、信じてますから、皆さんを」

 リリーは祈る様に手を前で組む。

「確かに悪事を働く人はいます。騒ぎを起こす人も。でも、ここで一緒に働いている人や、あなた、マーシャル、それに善良な人たちも大勢いますから。こんな時だからこそ、人の良心を信じて乗り越えるべきでしょ……私は信じることしか、できませんから」

 ゆっくり話すリリーに、思わずクラークは見惚れてしまった。

「まるで、牧師様と話してる感じになりました」

「私たちも、主(しゅ)に仕える身ですからね」

 笑顔で返す彼女は、視線を少しずらした。視線を追うと、そこには救援隊を手伝う女性たちが集まって何かを話していた。

「ご機嫌よう、みなさん。ケイトさんはだいぶお腹が膨らんできましたね」

 リリーは近づき挨拶をしながら、スタッフの一人に声をかける。ケイトと呼ばれる若い女性は、金髪でソバカスが特徴的なかわいらしい人で、さらにお腹が膨らんでいた。そう妊娠しているのだ。まだ出産までは先だが、それでも妊婦を活動に参加させるのには、当初反対意見がほとんどだった。

 しかし、他に行く当てもない。彼女の親類に白熱病罹患者が出たことで、彼女ら家族の生活は一変。住んでる所を追い出された。行く当てもなく身重な彼女が頼ったのが、救援隊だったというわけだ。

 また、人のために動きたいと本人の意志もあった。

 彼女のお腹の子供の成長は、救援隊の者たちにとって最近では少ない明るいニュースの一つだ。

「ありがとうございます。みんなが元気に育つようにと祈ってくれているので」

「でも、無理はダメだよ。お腹の子に何かあれば、ここにいるみんなが悲しむからね」

 ジェームズもケイトのお腹の子に癒されている一人でもある。近づき優しく声をかけた。

「ところで……その子は?」

 ジェームズは別のスタッフの腕の中で眠る赤ん坊に気付いて問いかける。その女性の子供ではない。見たことのない子だった。

 見た所、生後数か月の赤ん坊だ。

「先ほど自警団の方々が保護してきた子です」

 赤ん坊を抱く女性は答えながら、どこか憤っているような様子だった。周囲のスタッフも同じような雰囲気だ。

「保護?」

 ジェームズが首を傾げる。

「この子の家族が全員、白熱病に罹ったのよ」

「それに気付いた住人が、部屋に押し入って、焼き殺そうとしていたみたい」

 矢継ぎ早に女性たちが説明をする。

 テナントで暮らすその家族は、両親と5人の子供の計7人。そして、ここにいる赤ん坊を除いた全員が白熱病に罹患した。自分たちの部屋に籠っていたが、異変に気付いた近隣住民が家族を引きづり出した。マーシャルの率いる自警団が駆け付けた時には、家族は生きたまま焼き殺されそうだった。それは、白熱病ではない子も例外ではなかったという。

 その話を聞いてジェームズは背中に冷たい物を感じる。


 人間は保身のためなら、そこまで非道になれるものなのか……。


 住民らの行動に吐き気すら感じる。

 今回は自警団が間に合ったが、手遅れになることだって起こりえるのだ。『火が白熱病を浄化する』。誰が広めた噂かは知らないが、非常に腹立たしかった。


「こんな幼い子にまで……しかも、白熱病でもない子を手に掛けようとするなんて、この街はどうなってしまったのかしらね」

 スタッフらもジェームズと同じように怒りを感じ、さらに街の異様な空気に不安を覚えていた。

 ケイトも目を伏せながら、お腹を摩っている。


「憎むべきは白熱病、病です。不安や恐れで目を曇らせてはいけません」


 リリーが女性から赤ん坊を受け取り、優しく微笑みながら囁く。

「レディ・リリーの言う通りよね!」

 スタッフも彼女の言葉に頷くが、彼女は続けた。

「それは、私たちにも言えることです」

 リリーの腕にあやされる子は、彼女の顔を見て嬉しそうに笑う。それを見て、リリーの目尻も一層下がった。

「今ある命、一つ一つを大切にしていきましょうね」

 リリーは赤ん坊から目を離す。周囲の者も、完全には納得できているかは分からないが、リリーの言葉に反論などない。

「しかし、乳児は白熱病に罹りにくいのかしらね。以前も、何度かこういったケースがありましたよね」

 リリーは首を傾げながら言う。

「この子のお乳はどうしましょうね? 救援隊でお乳の出る人はいるのかしら」

「それなんですけど、レディ・リリー。前の子たちと同じように、支給品に粉ミルクがあるから、それをあげようと思ってるの。元々、この子の母親もおっぱいの出が悪かったみたいで、粉ミルクをあげてたみたいなのよ。この子も飲みやすいかと……」

「この子は粉ミルクで育てられていたのかい? この子、も? 他の子もそうなのかい?」

 スタッフの言葉にジェームズが引っかかる。

「ええ、それがどうか?」

「家族の中で、その子だけが白熱病に罹らなかったんだよね? しかも、今回が初めてじゃない?」

 ジェームズは確認を取るように訊ねると、スタッフは頷いて見せる。

「何か、気になることでもありましたか?」

 自分のメモを取り出して考えるジェームズに、リリーが声をかけたと、彼は視線を上げて笑みを浮かべる。


「目に見えていなかった情報が、見えてきた気がします」

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