第24話:魔女の存在証明
マハは天井を見上げて大きくため息を吐いた。
疲れた……
口には出さないが心の中で呟く。いや、叫ぶ。
目の前には様々な乾燥した薬草などが置かれている。
そこは、マハに割り当てられた調合室だった。
薬学の知識に長けている彼女は、薬の調合を任されていた。もちろん、アメリカ・インディアンの彼女に任せることに抵抗を示す者もいたが、人手不足なので仕方がない。
マハとしても、恩のあるエドワードやリリーからの頼みでなければ、白人のための薬作りなど引き受けたりはしなかった。ただ、受けてしまったからには、手を抜くことはできない。
少しでも白熱病に効果のある調合を見つけたい。
しかし、救援隊での作業を終えて、眠い目をこすりながら続けてはいるが、結果は思うようにはいかない。何か、決定的な物が欠けているように思う。
また、他にもやることは山ほどあった。部屋の隅に視線を向けると、もう一人の人物が。
マト・アロだ。
マーシャルが襲撃にあった晩に、自警団によって運び込まれた。彼女と彼は同じ部族の出身で顔見知りと言うこともあり、彼女が怪我の面倒を見ることになっている。
怪我は重傷ではあったが、命に別状はなく。今では動けるまでに回復している。
そんな彼は、隅のテーブルでマハが片手間でやっていた作業の手伝いをしていた。
その背中は少し小さく見える。
魔女と戦ったと、彼は話した。そして仕留めきれずに、返り討ちにあった。
多くを語らないが、身体的な傷だけでなく、精神的にも傷を負っているようにマハは予想する。以前、マトを会った時は、熊のような白人と一緒だった。その白人の姿がないということは……。そういうことなのだろう、とマハは納得する。
マハは再びため息が漏れる。
ニュージョージにポワカがいることは、マハの占いにも出ていた。だからこそ、この街に留まり探していたが、部族で最も勇敢なマト・アロでも敵わないとすると、自分が何をしても意味があるとは思えない。もちろん、マトは諦めていない。マハとしても、何もしないという選択はない。命を賭してもポワカを滅ぼす。それが部族の悲願なのだ。
なのだが……。
マハが天井を見つめていると、扉がノックされた。
入ってきたのはジェームズだった。
「クラーク先生。どうした?」
意外な来客に、マハはいつも通りの無表情、片言の英語で訊ねる。
「いやー。マハちゃん。調合は、はかどっているかな?」
『ちゃん』付けするジェームズに少し眉を顰めるが、特に指摘することはなく、ただ「いいえ」と端的に答える。
「それで? 何しに、来た?」
マハの様子を見に来ただけとも思えない。
「はは、相変わらずだね。実はね。新しく来た人に話しが聞きたくて」
そう言って、マト・アロへと視線を向け、歩み寄る。
「こんにちは。僕はジェームズ・クラーク。救援隊の手伝いをしているんだ」
ジェームズの挨拶には反応せず、黙々と作業をするマトの姿に、ジェームズはマハに助けを求める視線を送る。
「彼、マト・アロ。大丈夫。彼、話さないだけ、英語理解できてる」
「そうなのか。良かった……ところで、これ。アサビケシンだね」
ジェームズは感心したようにマトの手元を見て言う。輪っかに糸を蜘蛛の巣のように張り巡らせた装飾品があった。
その言葉にはマトも少し驚いたように視線を上げ、マハもジェームズに興味を示す。
「よく知ってるね。白人、これ『ドリームキャッチャー』って呼ぶ」
アサビケシン=ドリームキャッチャーは子供の魔除けとして使われる。悪夢は網に引っかかり、朝日を浴びて消え去るという。
「確か、オジブワ族の魔除けだと思っていたけど?」
「まぁ、私たち、オジブワではない。でも、魔除けとして、効果、変わらないから」
「これをどうするんだい?」
「救援隊の敷地、端に吊るす。少しでも悪い気、入ってこない様に」
「迷信」だと笑われるかとも思ったが、予想に反してジェームズは「なるほどね。悪夢だけではないのか」と呟きながら、メモ帳を取り出して書いている。
「これはマハちゃんが考えてのことなのかい?」
「うん、そう」
「マハちゃんは、薬学だけでなく、こういうことにも詳しいんだね。凄いな」
ジェームズの一切嫌味のない素直な誉め言葉に、マハは面食らってしまう。大概は、子供だましと馬鹿にされるか、嫉妬されるかだ。そんな風に純粋に敬意を示されたことはほとんどない。だからこそ、対応に困ってしまう。
不器用に、隠そうとはしているが年齢相応の少女のはにかみが漏れてしまう。
「ま、まあね。先生も結構、知ってるね」
「魔除けについてはいろいろと研究をしているからね……あ、そうそうそれでね、マト・アロ。マト君って呼ぶね。君は魔女に会ったと聞いたんだが、それは本当かな?」
マトは魔女という単語に、少し反応したがそれだけ。自分の作業に戻った。代わりにマハが話す。
「先生。魔女、あんまり言わない方がいい。頭、おかしい人と思われる」
実際、マトはあの晩に何が起きたのかをマーシャル含めて説明した(もちろん、マハが代わりに代弁したのだが)。が、案の定、ポワカ、つまり魔女の話になると雲行きが怪しくなった。最後まで聞いてはくれたが、明らかに信じていない様子。ただし、マトたちが戦ったという場所を確認すると、話の通り地下が崩れているのが分かった。
そのため一旦、魔女の存在は別にして、死体を運ぶ怪しげな集団が何かを企んでいる、との線で捜査をしているらしい。
ジェームズはその噂を聞きつけてきたようだが、彼はマハの言葉に胸を張って返す。
「幸いなことに、もう思われてるから問題はないよ!」
そう言って、カラカラと笑う。マハは少し呆れて息を吐いた。
「教えてくれ。君の見た魔女はどんな姿で、どんなことをして、どこに行ったかを」
真剣に尋ねるが、マトは相手にしない。種族の言葉で二、三言、マハと話すだけだ。
「先生。残念だけど、諦めた方がいい。興味本位で、調べてはダメ」
「僕は至って真剣だよ。マハちゃん。誰が何と言おうと、魔女は存在する。それも、恐ろしい力を持った魔女がね」
先ほどまでの緩い顔ではなく、その引き締まった表情には決意のようなものを感じさせた。それにはマハもマトも、少し戸惑う。
「僕はね。いや、僕の一族はね。魔女を倒すために研究してきた。祖父が魔女と遭遇し、命を落としたその日からね。周囲に変人の一族とバカにされても、魔女を倒す」
ジェームズにとって、マトの話はこれまで追いかけてきたものの糸口なのだろう。周りに馬鹿にされ、存在を否定された魔女がいる証明。そして、それとの決着をつけることの。
「この街に魔女がいるのなら、白熱病は奴の仕業の可能性がある。なら、私には止める義務がある。災厄の魔女を倒すのが私の使命だ!」
熱が籠り、大きな声になっていた。
「魔女については調べてある。奴への対策もしてる」
「先生、そんな、熱込めて言われても……」
「ダイガクのベンキョウだけで、あれはタオせない」
いきなり聞き慣れない声が割り込んだ。マハよりももっとぎこちない英語。その正体がマトであることに気付くまで、しばらくかかった。
ジェームズは驚いたが、彼以上にマハが目を見開いて衝撃を受けていた。
「あんたは、あれとタタカったことはあるか?」
驚く周囲を余所に、マトは落ち着いた声で続ける。ジェームズは数泊遅れながらも首を横に振る。
「残念だが、私はない。祖父はあったが、命を落とした。だが、祖父と父が残した研究、そして自分で調べた知識がある」
「ザンネンだが、ムリだな。チシキだけでタオせるほど、アマくはない」
「確かにそうだね。でも、君がいるだろ?」
ジェームズの発言に首を傾げるマト。
「君の話が本当なら。魔女と戦い生き残った。その経験を僕に貸してほしい。お互いに持つ情報を持ち寄り、今度こそ災厄の魔女を倒す」
「……あぁ、先生。それは、いきなりすぎる。初めて会う人、信用しろと?」
黙りこくるマトの代わりに、マハが口を開いた。
「魔女の前に人種は関係ない。一緒に戦う『人間』だよ。マハちゃんはマト君を信頼しているようだし、僕にとってはそれだけでマト君を信じるには十分さ」
手を差し伸べるジェームズに、マトは複雑な顔をしていた。
彼の中では、さまざまな役割を抱えた『自分たち』が一斉に意見を言っているのだろう。「協力すべきだ」「白人を信じるな」「一人では勝てない」「一族の恨みを忘れるな」……など。
しばらくジェームズの手を見つめ、吹っ切れたように頷き、彼の手を取る。
「ユウジンなら……『ミカタ、オオいにコしたことない』と、イうだろう」
マトは少し寂し気に笑う。目的が一緒の人間は貴重だ。
握手する2人をマハが意外そうな顔で見た。
誇り高いマトが、ジェームズ(白人)の手を取ったのが不思議だったからだ。彼の中で何かが変わったのだと分かる。そして、それはおそらく彼にとってはいい変化だ。
ジェームズは表情を明るくし、ポケットからメモとペンを取り出す。
「ではまずは、お互いの情報共有をしよう。できるだけ魔女について細かく教えてくれ!」
子供のようにはしゃぎながら問いかけてくるジェームズの勢いに、マトは瞠目しながらマハへと助けを求める。その様子に、マハは少し笑ってしまった。
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