第22話:闇夜から狙う者たち
「ワイルドさん! 誰か、倒れてますよ!」
自警団員が声を上げたのは、夜間の見回りの途中だった。
わずかに揺れを感じたため、被害が出ていないか確認していた。
「おい、あんた。大丈夫か?」
数人の自警団員とワイルドは駆け寄る。
街灯が少ないため遠目には人、程度にしか分からなかったが、近づいたことでハッキリと見える。そこには血を流したアメリカ・インディアンの男がいた。生きてはいるが呼吸が荒く苦しそうだ。
「なんでこんなとこにインディアンが?」
自警団員の疑問ももっともだった。
この辺りでアメリカ・インディアンはほとんど見かけない。その上、倒れていたのは工場地区の付近で、夜間に人が出歩くような場所ではない。
「誰かに襲われたみたいだが……」
少し観察しながらワイルドは呟く。
見れば武器を所持しているため、一般人と言うことはなさそうだ。追いはぎにあったわけでもないだろう。何かの犯罪を起こした、もしくは巻き込まれたと考えられる。
警戒しながらも様子を見るが、倒れる男は意識が朦朧としている。傷の具合を見れば死ぬことはないだろうが?
「どうしますか?」
指示を仰いでくる自警団員に、ワイルドは頭を掻きながら答える。
「救援隊に運んでおくか。怪我をしているから、まずは治療を。だが、素性が分かるまでは、目を放すな。誰かは近くで監視する必要があるだろう」
ワイルドは指示を出しながら、救援隊にアメリカ・インディアンの少女・マハがいることも思い出す。男から話を聞くときは、同席してもらった方がいいかもしれない、と。
数人の自警団員で男の武装を取り上げ、担いで救援隊に向かっていく。
それを見送りながら、ワイルドと残った自警団員の1人は、周辺の調査をすることにした。男に怪我を負わせた連中はまだいるかもしれない。
「警戒しとけよ」
ワイルドは周囲に鋭い眼光を向けるが、今の所は何の気配もない。言われた自警団員は少し顔を引きつらせながらも、強く頷いていた。
ワイルドよりも少し若い男だ。工場で働いていたが、白熱病の影響で工場がストップし、今は無職だという。自警団に入ったのも生活があるからだ。ワイルドのように荒事に慣れているわけではない。
横目で自警団員を見ながら、ワイルドは心の中でルーヴィックがいないことに悪態を吐いた。
だが、表には出さない。いない者のことを言っても仕方がない。
しばらく歩いていると、自分の後を何者かがついて来ていることに気付く。と、言うよりも、かなり尾行がお粗末だ。本人たちは気をつけているんだろうが、バレバレだった。
ただ、隣の自警団員は気付いていないようだ。
少し泳がせて目的を探ろうかとも思ったが、よく分からない。
目前には、馬車を修理する古い工場が見えてきた。
「あれ? 扉が空いてますね……」
自警団員も気付いた。
夜は特に治安が悪くなるため、どこも戸締りはしっかりとしているはずだ。それなのに、正面の扉が開いたままなのだ。
その建物に一歩近づいた時だった。
周囲の暗闇が一斉にざわめいた。ように感じた。
無数の何かがワイルドたちを闇から覗き込んでいるような感覚があり、強い風が一帯に吹き荒れる。
いきなりのことに足を止め、顔を顰めた2人は、自分たちのそばに誰かが立っていることに気付く。
おそらくは尾行してきた者たち。
「何だよ? 夜の散歩か?」
尾行者5人組に自警団員は飛び上がるほど驚いていたが、ワイルドは気さくに話しかける。しかし、呑気にもしていられなかった。
尾行者一人の手には拳銃。そして、その銃口を向けてきたのだ。
「そりゃ、シャレにならねぇぞ」
語気を落とすワイルドに、少し怖じ気づくがそれでも銃口を外さない。
「マーシャルだな」
声を低く迫力を持たせたかったのだろうがワイルドはプロだ。通用はしない(自警団員は顔を白くしているが)。相手は中年、ワイルドと同じぐらいの男性だった。
「悪いことは言わねぇ。怪我する前にさっさと仕舞え」
暗くて相手の持つ銃のモデルまでは分からないが、本物だろう。そして最初の中年を皮切りに、他の4人も銃を出して構える。動きは素人だ。扱い慣れてない。人を撃ったこともないだろう。何人かは動揺して目が泳いでいる。
だが、隣の自警団員も同じような有様。これは使い物にならない。
ワイルドは内心で舌打ちする。近づきすぎた。この距離なら素人が撃っても、五人のうちのどれかに当たる可能性がある。
「なんで俺を狙うんだ? 心当たりがねぇな」
ウソだ。ありすぎて困る。
ただ、目の前の連中は、雰囲気が少し違う様に感じられる。
「あんたが邪魔なんだ。あんたのせいでバランスが傾かない」
「バランス? 何のことだか分からんが、一応、謝った方がいいか?・・・・・・っ!」
鋭い音が夜の街に響く。
中年の男が引き金を引いたのだ。弾丸はワイルドの近くの地面を抉る。
「俺たちが撃てないと思ってるのか?」
できる限りの威勢を張って怒鳴る男だったが、下手に撃ったことを後悔した。先ほどまでのワイルドとは雰囲気が別人のように変わったからだ。何かにのし掛かられるような圧力を肌に感じる。その鋭い眼光だけで人を殺せそうだ。
「素人がぁ、生意気なことすんじゃねぇよ」
静かな声だが、聞いた者は胃に鉛を詰められたかのような感覚に陥った。
「次に、誰かが引き金に指かけたらぁ、殺す」
自然と銃を引き抜きやすい体勢になる。銃を構える男たちは金縛りにあったかのように動かない。いや、動けない。呼吸が早くなり、怖じ気づき、大量に汗をかく。
「初めて銃を持った時、親父が言ってたよぉ。『銃を持ってデカい顔すんな。それは命の重みを忘れさせちまうもんだぁ』ってな。この中で命を粗末にしたくないやつぁ、帰れ」
そう言うと、男たちの銃口がゆっくりと下がっていく。
ワイルドが内心、ホッとした時だ、最初に銃を構えた中年男がブツブツと呪文のような同じフレーズを呟き始める。何度目か言い終えた時、男の目に狂気に満ちた決意が宿った。
下ろしかけた銃口が再び上がり、引き金に指がかかる。
それにつられた他の面々も再び銃をワイルドに……。
勝負は一瞬でつく。
ワイルドは素早く腰の銃を引き抜きながら、左手で撃鉄を起こし、引き金を引く。そして引き金を引き続けながら、続けざまに撃鉄を素早く二度弾く。ワイルドに対して本気で発砲してきた3人を狙った。男たちの銃も火を噴くが、弾丸は幸いに標的を外れてくれた。
ワイルドの放った三発は、二発がそれぞれの胸に、一発は腕に命中。一気に周囲は黒煙で、視界が悪くなる。ドサと倒れる音が3つと(うち1つは自警団員が腰を抜かした音だ)、痛みで悲鳴を上げる声が1つ、うろたえる2つの足音がある。
ワイルドは撃鉄を引き、まだ立つ3人に銃を構える。
「お前ら、運がいいな。まだ3発、残ってる」
冷たく言い放つワイルドの迫力に、ついに男らは背中を見せて逃げていく。
その影が見えなったところで、ようやくワイルドは銃を下ろして、息を大きく吸い込む。
「ヤバかったな」
思わず呟いた。弾が足りなかった。
持っているのは六連式のリボルバーだが、通常は暴発を防ぐために一発抜いて持ち歩いていた。そのため残数は二発しかなかった。残りの三人が向かってきたらと考えると、ゾッとする。
「クソッ、なんだってんだ?」
緊張の糸が解け、安堵して肩で息をする。
「わ、ワイルドさん……ど、どうしましょうか。お、追いかけますか?」
自警団員はまだ腰が立たない状態で訊ねてくる。
どうするも何も、そんな状態で追いかけられるわけがないのに。
少し吹き出してしまったワイルドが首を横に振るのを見て、自警団員は安堵のため息を吐いた。
ワイルドは、殺した2人の元へ向かい顔を見る。
見覚えはない顔だ。所持品を探るも、身元が分かる物はなかった。
バランスとは何のことだろうか。パワーバランスのことか……。
結局殺してしまったので、分からずじまい。ただ、持っていた銃には釈然としない。
男らが持っていたのはダブルアクションのリボルバー。ワイルドのシングルアクションは、撃鉄を引かなければ撃てないのに対して、ダブルアクションは引き金を引くだけでいい。素人でも使えるが、その分、値が張る。
「なんでこんな高価なもん持ってるんだ?」
誰かがワイルドを邪魔に思っている。それは間違いない。それも個人ではない。やはりギャングだろうか。どちらにしてもいずれはケリをつけなければならない。
「仕事、増やすんじゃねぇよー」
ワイルドは立ち上がり、銃をホルスターへしまう。未だ漂う黒煙をハットで払いながら、騒ぎに怯えて様子をうかがうように顔を出す住人たちを落ち着かせるため片手を挙げてみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます