第10話:マーシャルの夕食
ダウナーサイドから帰ってきたワイルドとテレンス、そしてルーヴィックは、食卓を囲んでアリシアの作った晩御飯を食べる。
食事前のお祈りはしない。
男3人の食事だ。雑談をしながら、笑いあい、カチャカチャと音を立てながら食べる。決して上品と言えない食べ方だが、不快感は与えない。
「お代わりは、いかがですか?」
アリシアが鍋を持ってくるので、ルーヴィックが空になった器を差し出した。
「アリシア、サンキュー」
「おい、アリシアさんに、ちゃんとした言葉を使えよ」
軽くお礼を言うルーヴィックにテレンスが口を尖らす。
「いいのよ、テレンス君。どうぞ」
彼らの様子に笑いながらも、慣れた手つきでスープを鍋から器へ。
「アリシア。やっぱり、味が薄いよ。塩取ってくれよ」
「お前、毎回それ言ってるな」
「だって、薄いんだもんよ。仕方ねぇだろ」
テレンスが眉をひそめるも、ルーヴィックは構わずにスープに塩を振りながら答えた。
「アリシア、もっと濃く作ってくれよ」
「はい~。濃くしてるつもりなんですけどね」
アリシアは困った顔をしている。このやり取りは、ワイルドらがここに来た1年前から続いている。なので、よくある日常だ。
「ワイルドさんも、薄く感じますか?」
「あー、いや。俺はこれで十分にうまいよ」
ワイルドの器にもスープを入れるアリシアだが、彼の返答に嬉しそうに微笑む。「別に俺も、まずいとは言ってないからね」と言い訳がましく言うルーヴィックのセリフなど、耳に入っていないようだ。
つまり、味は今後も変わることはないだろう。
「そういえば、もうすぐ秋物のジャケットを出す季節ですが、先日確認したら袖のボタンがほつれていましたので直してもいいですか?」
テレンスにもお代わりを入れながら、アリシアは思い出して訊ねる。
「悪いな、アリシア。そんなことまでしてくれなくてもいいんだが、つい頼っちまう。あんまり、俺を甘やかすなよ。ダメになっちまうぜ」
冗談めかしく笑って感謝を述べるワイルドに、アリシアは頬を少し赤らめながら「仕事ですから」と答える。そこにすかさずルーヴィックも。
「俺のジャケットのボタンも取れちまったんだ。頼むよ」
「はいはい。分かりましたよ。一緒にやりますから出しといてくださいね。テレンス君は?」
「いえ、結構。俺は自分のことは自分でやる性格なんでね」
丁重に断るテレンスに、ルーヴィックは鼻を鳴らす。
「使用人だった頃の名残かよ」
「かもな。おかげで一通りのことはできる。お前はどうだ? 喧嘩とイカサマ以外で?」
「あぁ? 糸縫いができなくても、お前はぶちのめせるぜ!」
自分の言った嫌味を軽くあしらわれたことが気に入らず、ルーヴィックは勢い良く立ち上がる。それに受ける形でテレンスも席を立つ。今にも掴みかかりそうな状況の中、「メシの時ぐらい喧嘩すんなよ」とのワイルドの言葉にお互い席に腰を戻して、舌打ちをして食事に戻る。
不穏な空気が解消されたことに、アリシアは胸を撫で下ろすと食卓を後にした。
「アリシアはワイルドに夢中だな」
彼女の姿が見えなくなるのを確認してから、ルーヴィックが呟く。
「あぁ、あの笑顔見たか。俺らのことなんて見えてないか、おまけ程度だ」
先ほどのいがみ合いが嘘だったかのように、テレンスもニヤリと笑いながら首肯する。
「よせよ。俺は所帯持ちだぜ」
補佐官2人が珍しく同調して視線を向けてくるのに対し、ワイルドはため息を吐く。
「でも、ここにはいねぇ」
「アリシアさんはいい人ですよ。美人だし。ご主人には先立たれてるので、相手もいない」
「だからなぁ……この話は無しだ」
「なんでだよ。アリシアが可哀そうだぜ。なぁ?」
「奥さんが大事なのは分かりますけどね……うん。いろいろと世話になりましたしね」
「なんでお前らは、こういう時だけ息を合わせんだよ。この話は無しだ。お前ら、アリシアに失礼なことを言うな。はしたないぞ」
呆れながら首を振るワイルドは話題を変える。
「そういえば、あの鳥見たか?」
もちろん、空を埋め尽くすほどにいた鳥のことだ。夜になる頃には、どこかに降り立ったのか空には1羽もいなかった。
「ありゃ、何だったんだ?」
ルーヴィックは首肯しながら尋ねるが、もちろん他の2人にも答えなどない。
「最近はおかしなことが続くな」
「今回の鳥や魚の死骸。動物の死に流行り病。最近のダウナーサイドは明らかにおかしいです」
「流行り病って?」
「新聞を読めよ。ルーヴィック」
「お前、ホントにムカつくな」
ルーヴィックの質問にテレンスは呆れながら首を振る。代わりにワイルドが答えた。
「風邪に似た病気だそうだが、薬が効かないらしい」
「へえ~。あの魚の死骸と関係あるのか?」
「それは分からん。公害の線も含めて、そっちはテレンスに任せてある」
「まぁ、市警察に邪魔されてますけどね」
ワイルドがテレンスと捜査の進捗について話すのを、ルーヴィックは不愉快そうに見ていた。
「黒人なんかに務まるわけがねぇよ」
吐き捨てるように言うルーヴィックに、会話が止まる。
ワイルドは小さくため息を吐きながら、ルーヴィックに視線を向ける。その鋭い眼光には少し怒気が込められており、ルーヴィックは少し委縮して目を逸らす。
「ルーヴィック。お前のそういう所はよくないぞ」
「なんだよ。『考え方は人それぞれ』って、いつもあんたが言ってんじゃねぇか!」
「自分の都合のいいように受けとんじゃねぇよ。いいか、俺の親父が昔っ言ってた」
「いーよ。いーって、親父さんの話は・・・・・・」
親父さんの話はワイルドの口癖だ。
「いいから、聞けって。親父が昔『いつか、とんでもない化け物と戦う時が来る。そん時に、人間同士で出身だの、人種だの、宗教だのと言ってる場合じゃない。協力し合わなければ、太刀打ちできないのだから』ってな」
「なんだよ、化け物って? 19世紀ももうすぐ終わって、科学と進歩の20世紀がすぐそばに来てるってのに、どこにそんなもんがいんだよ?」
「そりゃ比喩表現だろ」
「『比喩』ってなんだ?」
「だから少しは勉強しろって!」
「テレンス、お前は黙ってろよ。分かんねぇんだから仕方ねぇだろうが」
「比喩ってのは、分かりやすいように言い換えてるってことだ」
「あぁ、なんだ。そういうことか。最初からそう言ってくれよ。で、何を比喩してるんだ?」
「そりゃ、自然災害とか、病気とかだろう。人知を越えたもんはいくらでもある。人は皆、神の前では平等だからな」
「どうだかねぇ。仮に化け物が現れたって、俺は黒人、インディアン、移民、金持ちとは手を組まねぇ」
ツンと意地を張る様に顔をそむけるルーヴィックに、半分呆れながらワイルドは首振ると彼の頭を小突く。
「いつかお前にも分かる時がくる。お前は理解する力のある人間だから」
「殴って言うことじゃないだろうが!」
頭をさすりながら、威嚇するように怒鳴るルーヴィックに、ワイルドは笑顔を返した。
その時、アリシアの「困ります!」との声が聞こえ、同時に食卓にズカズカと近づく足音が。
食卓の扉が開いた瞬間、その人物は声を張り上げた。
「魔女の仕業だ!」
食卓に現れた人物の第一声がこれだった。
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