第4話:連邦保安官(マーシャル)

 19世紀の終わりが見えてきたアメリカ。南北での対立に終止符を打ち、ようやく一つの大国として人々の意識に根付き始めた頃。その都市では、産業革命によって大いに発展していた。さまざまな理由を抱えて集まる人々の期待や夢の大きさは、立ち並ぶビルに表されるようだ。


『ニュージョージ』


 東海岸に面した都市で、2つの大きな河川で周囲を囲まれ、橋がなければ行き来は難しい。ただ、巨大な港を持っていたことから海外と国内をつなぐ重要な拠点として鉄道が敷かれ、大きく発達する。海外からは物資だけでなく人も多く渡ってきた。大量の移民、そして南北戦争後の奴隷制度の崩壊を受けた自由黒人で人口は急激に増えた。

 街が確立した17世紀には1000人程度だった人口も今では100万人を超えるほどである。

 人が増えれば、さまざまな仕事が現れ、産業として花開く。これからさらなる発展を期待させる街だ。

 

 ニュージョージは格子状に道が分けられており、細かく区分すればキリが無いが、大きく分けると上流階級(アッパークラス)の住宅やまた黒人の集まるハーレムがある北部のアッパーサイド。港や工場地帯、また貧困層が暮らす南部のダウナーサイド。そして、その間に挟まれる形で金融や商業施設、劇場などが集まるミッドサイド。この3つに分けられる。

 街を縦断するように、南北に鉄道が敷かれており、多くの人の足として利用される。



 ミッドサイドとダウナーサイドの中間にある一角に、古い煉瓦造りの3階建ての建物がある。ここは通常、下宿人が泊まったりしているが、この1年は別の用途で使われていた。

 ダイニングの食卓でワイルドはコーヒーを飲みながら新聞を開く。

 ブラウンの髪の毛に無精髭、鋭い目つきに筋の通った鼻は、彼の持つ雰囲気の渋みを強める。窓を開け、風を通しているとはいえ、汗ばむほどの暑い季節だ。襟付きのシャツのボタンは2つ目まで外しており、上から着る革のベストもボタンを止めてない。長袖を巻き上げる先からは、鍛えられた腕が見えた。


「ワイルドさん。お手紙が届いてましたよ」


 建物の管理人であるアリシアが笑顔でダイニングに入ってくる。赤毛でクセのある髪をした彼女は、笑うと八重歯が特徴的な女性だった。夫に先立たれた身ではあるが、まだ若く、魅力も十分にある。言い寄る男の多いと聞く。

「あぁ、コーヒーのおかわりはどうですか?」

 手紙を渡しながら、彼女は空になったマグカップを見て訊ねる。

「ありがとう。だが、結構だ」

 マグカップに手を被せながら笑顔を返して、ワイルドは手紙を開ける。

「奥様からですか? 羨ましいですね」

「2年も会えない男と結婚するのがか?」

 ワイルドは同封されたもう一枚の紙を見て、苦笑いをしながら答える。

「それでも、手紙を送られていますから。奥様からはなんと?」

「娘が2つになったから、写真を送ってきた。もうすぐ帰ると言ってるのにな」

「いち早く、知らせたいものなんですよ。私は、子供はいませんけど」

 モノクロの写真には、綺麗な女性と赤ん坊が写っている。目元の鋭さはワイルド譲りだ。

 2人でしばらく写真を眺めて話していると、玄関を叩く音が。

 アリシアが来客の対応にいなくなると、残されたワイルドはしばらく写真を眺めた後で、それを胸のポケットにしまう。


 戻ってきたアリシアは2人の男を連れていた。

「保安官。ちょっと来ていただけますか?」

 太った男はミッドサイドの外れで青果店を営む店主だった。ワイルドとも顔なじみの男だ。

「保安官(シェリフ)じゃなくて、連邦保安官(マーシャル)だっつぅの」

 店主の言葉に、口を尖らせて訂正する。確かにワイルドの胸に付けているバッジは、この街のシェリフの物ではなく、マーシャルのバッジだ。

 ただ言われた店主は「どちらでも構わんよ」と笑っている。

「それで? 何があったんだ?」

「長年、シェリフをしてきた俺が、見たこともない現象だ」

 後から入ってきたパトリックが頭を掻きながら答える。彼は白髪に白い髭を伸ばしており、胸にはシェリフのバッジ。この街のシェリフの中でもベテランの一人だ。

 その彼が珍しく戸惑った顔をしている。

「なんだそりゃ?」

「来てみりゃ、分かる」

「シェリフが対応してるんだろ?」

「マーシャル様がいいんだとよ!」

 少し不機嫌になりながらパトリックは言った。

 ワイルドはこの街の人間ではない。1年前に裁判所の命を受け、被疑者を護送してきたのがきっかけで、しばらく滞在することになっただけだ。ただ、何か事件が起きた際に、ワイルドを頼りに来るところを見れば、この街での彼への評価が分かる。

「僻むなよ。パトリック」

「ふん。俺らシェリフはこの街じゃ、影が薄いからな」

 ウェスタンハットを被り、ホルスターを腰に巻いて外出の用意をするワイルドの軽口に、パトリックは鼻を鳴らしながらも答える。言葉使いはきついが、彼もワイルドのことを悪くは思っていないのは、表情を見れば分かる。

 「ところで」と周囲を見るパトリックは話題を変える。

「今日はやけに静かだな。いつもいる黒いのはどうした?」

「テレンスなら使いを頼んである」

「で、ダメな方は?」

「あいつは……帰ってねぇな」

「あんたんとこにいるのに、何でああなるかね?」

 店主も話題に入ってくる。パトリックもその言葉には賛同する。

「ワイルドよ。俺が言うのもなんだが、あのガキはもうほっとけ。街のギャングにでも入った方が、似合ってるよ」

「あいつは、あれでいいんだよ。さぁ、行こうか」

 自信満々に答えるワイルドだが、言われた2人は全く納得いってはいなかった。



 ニュージョージの東側を流れる川の縁。

 ワイルドたちが駆け付けると、すでに大勢の市民が身を乗り出して川面を見ていた。

「凄い騒ぎになってるな」

 何が起きているかを知らされずに来たワイルドは、人の多さに驚く。せいぜい、死体でも上がったのだろうと思っていたが、もう少し大事らしい。

 ある者は心配そうに、ある者は好奇心で、ある者は気味悪がって目前の光景を見ている。

 人を掻き分けながら、川縁に着いた時、目を疑った。


「なんだ、こりゃ?」


 それしか言葉が出てこない。

 彼らの視線の先に広がる光景は、いつもの緩やかに流れる川面ではなかった。

 そこには川を埋め尽くすほどの、大量の魚が腹を見せ浮かんでいた。そのほとんどが死んでおり、かろうじて生きている魚も長く持たないことは分かる。そんな異様な光景が、何の前触れもなく起きたのだ。魚たちが何か合図でも出されたかのように浮かび上がり、腹を見せ、そして死んでいった。河口近くに住む鳥たちは、その魚の死骸をついばみ持って行くが、それでは追いつかないほどの数だった。

 何が起きているのか。または起ころうとしているのか。それは分からない。ただ、途轍もない不吉な予感に、ワイルドの背中を寒気が這い上がってくるのを感じた。

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